第一話
初めに感じたのは、まず雑草の……汁の、匂い。続いてざわざわ、と、まるで漣のような、木々の擦れ合う連音。そして、そして、……そし、て、て、て──いっ、
「──てえええぇええええぇあっ!」
……そして! 全身を走る、針の付いた布で包まれているかのような、刺すような大・大・大・大激痛!!
「い、っあ、なにが……」
頭。特に頭が痛い。もう全体の皮膚が丁寧に剥がされているみたいにびりびりと痛むが、しかしそれとは別に、頭の後ろ側が、重い何かで思いきり叩かれたように、痛い。
一体、これは──と、まだ比較的痛みの少ない手で頭を、おさ
「……あれ、兜……」
兜。あの、俺の頭部を常日頃から守ってくれていた兜が、無い。
ああ、道理で声が響いてこないわけだ……いや、いや、違う。今はそんなどうでもいいことより、
「まさか、っ……」
無い。無い無い。無い無い無い!! 兜どころか籠手も鎧も、ああ、気に入っていたあの盾も! 盾も無くなって──
「あ゛あ、ああああああああぁ!?!?」
盾! 盾が! 俺の盾がぁ! こんな、こんなずたぼろ、ああ、こんな、こんな半分にまでなって……!
ああ、くそ、融けてる、融けてるじゃねーぇかあ! 一体何が、なにがあっ
「っつ……」
……、……、…………──あ。あ、あ、ああ、ああ。
そうだ。そうだそうだ思い出した。確かあの魔王との決戦中に何かすっげー攻撃……何だっけな、こう……爆発……そう、爆発する炎の玉みたいなやつを、雨やアラレみたいにさんざん降らされて……あ、そう、そうだよ、このままじゃ近付こうにも、ってんで、俺が全部引き受けながら魔王に向かって走ってた、ら……
「殊更でっかい、それこそ部屋全体を覆えるぐらいの玉を……あ、そうだ、発射する直前に盾で叩いて弾こうとしたんだったな……」
……。そっから、記憶が無い。無いが、しかし流石にここから先が分からぬほど、俺の頭は鈍くない。
恐らくその後、あの玉の爆発をもろに食らい、当然そのまま吹っ飛ばされて、この場所に叩き付けられたのだろう。
……にしては、まあ、周りの自然が無事にすぎるが……ああ、何回か身体が跳ねたのかな? なら防具の欠片が散らばってないことにも納得がいくし、この、さっきから鬱陶しいぐらい身体中に走っている、濃くて激しい痛覚にも頷ける──っと、冷静に現状を分析してる場合じゃねえな、さっさとあいつらのところに……いや、
「……無理か。無理だな、さすがに……」
盾を潰された盾持ちが戦場に戻ったところで、果たして何の役に立つのか。駆けつけて、立ち塞がって、だからどうしたというのか──ただ無駄に死に逝くだけだ。いや、無駄ならまだマシで、どうせあいつらの事だ、そんな足と手をまとう枷となった俺を、それこそ背に庇ってしまうに違いない。
それは──盾持ちにとって──どれほどの──
「っち……」
ひとつ、舌打ち。そこで思考を切り替える。
今、ここで俺が起こすべき最善、は……あいつらの無事を祈りながら、それでもどうにかなってしまった時に備えて、身体と装備を整える事。こんな状態じゃ何もかもが立ち行かない。
なら、そうするためにはどうすべきか。簡単だ。最寄りの町や国……最悪村や集落……とにかく人と資源がある程度存在するどこかで必要な全てを出来うるかぎり揃えていく──
「……。よし」
そうと決まれば早速行動あるのみ、だ。
不幸中の幸いと呼ぶべきだろう、身体全体の激痛とは裏腹に、どうやら手足の骨は折れておらず、試しに曲げたり伸ばしたりしてみたところ、問題なく可動した。のでさっさと立ち上がって……っと、盾を回収。
しかし……これは、かなり……ひどいな……確かこの盾、ドワーフとかエルフとかホビットとか、その他治金だの鍛冶だの細工だのが得意な奴らがよってたかって技術の粋を込めた特注品だったはずだが……こんなぼろぼろに……本当に気に入ってたのに。それなりに固くて、まあまあ重くて、結構大きくて。
まあ、魔の頂点に立っている奴の魔の一撃を受けて、こうして半分だけでも残ってるだけ御の字か。一応、道中使う、には……
うん、まともに受けなきゃ問題ないだろう。取っ手も何とか潰れてないし。
さあ、ちゃちゃっと行くか──できるだけ近くにあるといいんだがなぁ……