にこにこ
日曜日、新しい甘味屋を見つけようと、
トシ子が、ネットを触り始めた。
時間をかけて、遠くへ行くつもりはない。
かといって、いつもの桜屋は避けたい。
私も、退屈しのぎに話に乗っていた。
見つかれば良し、見つからなくても、
外の空気が吸える。
「あった、ここいい、ここいい」
よほど気に入ったらしく、
トシ子が絶賛し始めた。
「どこ、どこ、どんなとこ?」
私も、首を伸ばしてみる。
隣町にある甘味屋だった。
こじんまりとした、写真が見えた。
日曜日の夜は、七時までのようだ。
早く行かないと、閉まってしまう。
トシ子は、甘味屋が好きで、
和風が好きで、和菓子に目がなかった。
「さあ、それでは用意しましょう。
今日は、どれにしようかな」
トシ子の目が光り、隣の部屋に入ってゆく。
やはり、普段着ではダメなようだ。
襖が開いた。御香の匂いが漂った。
和風に拘るトシ子は、家のあちこちで
御香を焚いていた。
悪い匂いではないが、たまには外の空気を
吸いたくなる。
気ままに出かけてもいいが、
どこへいったのかと、正座して、
こんこんと尋ねられるのは、苦しい。
和風の女は、そういうところが厳しいのだ。
「おーい、そろそろ行かないと、
甘味屋さん、閉まってしまうから、
先に車、玄関に回してくるから」
私は、襖越しにトシ子に声をかけ、
玄関から、駐車場に向かった。
車に乗り、座席をゆったりさせてから、
玄関前に停めた。敷物は、竹細工だ。
夏はいいが今は冷たい。
トシ子が出てくるのを待っている間に、
私は、自分の格好をもう一度確かめた。
今月は、白い法被だ。トシ子が喜ぶ。
「お待たせしました。よいしょっと」
町娘に扮して、着物姿のトシ子が、
後部座席に乗りこんできた。
思っていたより、用意が早かったので、
ほっとした。いつもなら、あと半時間は、
待つことが多い。
甘味屋に行くからか。恐るべし、甘味屋。
お目当ての甘味屋には、畳敷きの部屋があった。
トシ子と私はその部屋に通された。
正座して、白玉あんみつを注文するトシ子。
機嫌がよく、にこにこ、としていた。
あっ……私は、店員が去ったあと、
トシ子の首筋にある、スイッチを切った。
和風が好きな私は、和風好きに設計された
トシ子を手に入れたが、
機嫌よく、にこにこ、する顔だけは、
からくり人形のようで……
トシ子、ごめん、まだ、ちょっと怖い。