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優秀な執事はここでは……

すいません。それ以外に言える言葉がありません。

(*前回更新したのは5月の頭です……)

「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私には大層な土地も権力も御座いません」


私が朝支度を済ませ、居間にいる両親と突然やってきた執事――騎士・ナガノハラさんとの話し合いをする前に、「先に言っておくことが」と言ったのが、今の内容。

尚、騎士さんがここに来た理由は私が退席中に済ませていた。

両親に「その運を何故宝くじに使わなかった?」と嘆かれた。……知るか、それ以前に宝くじ買ってないんだから……。



話を戻し、騎士さんが何を言いたいのかといえば、簡単に言ってしまうと騎士さんの家にお嫁入りをして、C級ランク家庭を脱することは出来ない。――ということだ。

 男女関わらず、裕福な家庭に嫁いて今以上のランクになることが目標だったりするのだが、よっぽどの理由がない限り下のランクの人と結婚することなんてない。

 

 それがこの帝国のルールだ。生まれた時から、決められたレールを走り続ける。見えない先に理想があると信じて……。


「――それで、お金の話だがもう一度確認してもいいかな?恥ずかしい話キツキツなのでね」


「はい。私はカトウ家からお給金は頂きません。衣食住さえ有れば結構で御座います。もし頂けるのなら杏樹様と同じ様に御小遣いを頂戴出来れば、きっとお役に立てるしょう」


「なんだか家族みたいですね」


「そう言って頂けると有り難いです。周りの体裁のことを考えても遠い親戚といった立ち位置が好ましいでしょう」


「そうね、我が家に執事がいるとなれば周りからの視線も痛くなるでしょうし」


「で、住む場所はどうする?生憎、部屋は空いていないが……」


「私のご主人は杏樹様です。杏樹様と同じ部屋で寝泊まりはどうでしょう?」


「えええっ!!」


 突然何を言い出すのだ、このイケメンは!?嬉しいけど、緊張して気が休まらないって。


「流石に公然と娘と寝泊まりさせるのはどうだろうか?君のような優秀な執事との子供は嬉しいところだが、君には家がないのだろう?」


「ちょっとお父さん!?」


 真面目な顔をして何の話をしてるんだよ。


「まあ、そうなりますね。杏樹様の部屋に魔法で隠し部屋を作成致しましょう。プライバシーを守りつつ、お嬢様の傍でご奉仕が出来ます。どうでしょうか?」


「そんなこと出来るの?」


「はい。杏樹様のお部屋は2階でしたよね。その上の屋根裏に空間を広げる魔法を施すことで寝泊まりする部屋が完成します」


「流石執事……魔力も桁違いなのね。顔も良いし、杏樹にお嫁に行かせたかった……」


「申し訳ありません。出来る限りのことは致します。家事からお嬢様の全面的なサポートなど、ご命令があればなんなりと申し付け下さい」


「それは助かるわ。騎士さんが家事をやってくれれば、私は出稼ぎに行けれる。少しは家の足しになるわね。それで……期間はいつまでになるのかしら?私達C級クラスには縁のない話でね」


「基本的に一生で御座います」


『えっ』


 私達家族は同じ反応をする。一生って、人生全てってこと?


「雇い主が解雇しない以上、私はずっとここにいます。それが執事と言う者です。この契約書で契約した瞬間から……です」


 私は喉を鳴らす。素敵な顔の持ち主なのに、その作り笑顔からは何か恐ろしいものを感じてしまう。魔力が高いのだろうか?


「騎士さんって……何級ですか?C級家庭にくる執事の魔力ってそんなにも高いものなの?」


 ランク制度と同じ様に、魔力が低い人物は高い人物に頭が上がらない。動物の本能のようなものだ。どこかで畏怖してしまう。

 本来、こんな絶世の男子が眼の前にいたら甲高い声を上げて喚き散らすだろう。しかし、騎士さんを相手にするとそれが出来ない。何か分厚いガラスを隔てて会話をしているような感覚なのだ。


「私はS級ランクです。手前みそな話ですが執事学校を主席で卒業出来ましたので、他の執事よりもお役に立てれると思います」


「え、S?」


 何それ、Sってなによ。


「実はA級の上にあるのです。貴族の中でもトップに立つような人はSのランクを授かるのです」


「ちょっと待って!?そんな凄い人が私の――C級の家庭に一生をかけるって言うの!?」


 ありえない。と言おうとしたが思いとどまった。騎士さんだって、好きで私の家に来たのではないのだろうから。

 何か理由がなければ、そんなことしないだろうに。


「……友人にも同じことを言われました。私は幸せ者です。友人だけでなく、これからお仕えする方に心配して頂けるのですから。――大丈夫です、覚悟は出来ておりますので」


「……そ、そうなんだ」


 そんな笑顔を向けられるとぐうの音も出ない。――と思ったらお腹の音が鳴る。……うう、恥ずかしい。勘弁してくれー……。


「朝食がまだでしたね。早速お作りしましょう。契約ですが……1週間猶予があります。少し様子をみてからにしますか?」


「そうして下さい」


「かしこまりました」


 騎士さんは胸に手を当て頭を下げる。


 驚くほど急ではあるが、S級と呼ばれる最強執事が私の家にやってきた。

 これからどうなるのだろうか……。


 気を落ち着かせるために飲んだお茶は絶妙な甘さと渋みだった。そして、普通の朝食で号泣するとは思わなかった――。


***

「――おはようございます、お嬢様」


 半眼を開けると、騎士さんがニコリと微笑んで立っている。

 身体が一瞬にして覚醒する。最高の目覚ましだ、S級恐るべし……。

 何が恐ろしいかと言えば、何も変なことをしている素振りがないことが恐ろしいのだ。

 ただ普通に起こしているはずなのに、寝起きがとてもいい。髪を櫛で丁寧にとかしてもらうだけで艶が出るのだ。


「主に気を遣わせることなく、最大限のご奉仕をする。当たり前のことしかしていませんよ」


 申し訳ないのだけど、十分気を遣っていますよ、私は。


「今日の朝食はサワラの古都漬けと香草のおひたしです」


「ああ~、いい匂い。2階からでも漂ってくる。じゃあ、早速――」


「先にお顔を洗われては?」


 ……身体が勝手に洗面台に向かって行く。優秀な執事というよりも、私が操り人形となっていて、操り師である騎士さんに思うがままに動かされているのではないか?と思うほどに抗えないのであった。


 顔を洗い、絶品の朝食を平らげ学院に行く準備を――騎士さんが済ましてくれていた。私、こんな幸せでいいのか?


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


「行ってきます」


 矢絣袴(やがすりはかま)に黒いブーツ。肩にはお弁当と学習道具を入れた鞄をせおい、C級専用帝国学院へと向かう。

 

 石畳の道をブーツの音がカツンカツンと鳴る。黒と灰色の2色の石畳は私の住んでいる帝都の象徴だ。


 ここ帝都は、西にある和を重んじる古都と、新たな異国の風を纏った東の新都の要素が混ぜ合わさっている。

だが、混ぜ合わせ過ぎでもある……。古都造りの家と新都造りの家が軒を連ねると違和感しかない。


「私の家は新都造りだけど、古すぎて古都みたいだけどねー」


「何を独り言を言っているの杏樹?」


「ああ、おはよう祈里(いのり)


 私の友人、祈里・ニイミが細い眼を覗かせて私を見ている。

 やや短めの黒髪を束ねず下ろしていて、紫柄の小袖を着ている彼女は私とは印象がまるで違う。

 私は髪を伸ばして後ろで束ねているし、赤柄の小袖を着ている。

 同じなのはC級ランク家庭というところだろう。


「おはよう……今日はぼーっとしてるね?寝不足?……って何か綺麗になった?」


「どうしたの急に?」


 祈里は身体を忙しなく動かして私の身体を観察する。


「髪……凄く綺麗。艶があってキラキラしてる。それに……いい香りがする」


 私は思わず絶句する。そうだった、祈里は変なところで鼻が利くのだった。


「……知り合いからシャンプーを頂いてね。それのお蔭かな……?」


 当然嘘である。騎士さんが櫛で私の髪をとかしただけだ。まあ、それをシャンプーと言う事で、どうかここは一つ頼む。


「どこで売っているの?私も欲しい」


「貰い物だから分かんない。もし分かったら教えるね」


「頼むよ」


 祈里の追及を逃れて、他愛のない会話をしながら学院を目指す。


「――あっ!杏樹、頭下げて。ナンジョウ家の馬車が通る」


「やばっ!」


 私達はその場で足を止め、頭を下げて馬車が通り過ぎるのを待つ。

 ナンジョウ家は同じC級家庭の中でも家柄が良くお金もある。噂ではB級クラスに昇格出来るそうだが……それをしない。

 なぜなら、B級に上がったところでB級の中では下の方、威張れなくなる。それならば、下のランクで威張っている方がよっぽど楽しいだろうからだ。

 同じ学院にいる息子の顔も相まって、正に『井の中の蛙』だと私達……というか、周りはそう陰口を言っている。


 その時、馬車が通り過ぎるかと思ったら……()()()()。うわ、最悪……!


「……おはよう御二人」


 馬車の小窓から小太りの男、与四郎・ナンジョウが顔をにゅっと出して挨拶をしてくる。


『おはようございます与四郎さん』


 私達は手をお(へそ)付近に添えてもう一度頭を下げる。格上の相手に対して行う所作だ。もっと格上だったら違う所作があるんだけど、この人だとこれで十分。一様同じC級だからねー。あんまり丁寧過ぎると馬鹿にしてると思わせてしまうのだ、ああ面倒。


「何か噂話をしなかったかい?」


 小窓では全てが見えない大きい顔を覗かして聞いてくる。……こいつは祈里以上に鼻――いや耳が利く。


「いいえ、他愛の無い、今さっき話した内容ですのに(おぼろ)げできちんと思い出せない様なつまらない話ですよ」


 祈里はこれまた綺麗な作り笑顔を向ける。私には真似できないなと思いつつ同じように愛想を作る。


「……ふん。そうかい、ならいい……おーや?」


 与四郎は丸い眼を大きくさせて私達を見てくる。私は顔を引きつらせないように力を込める。


「杏樹くん、髪が綺麗じゃないか?いつもと違うね」


 やばい!騎士さん……、貴方のお蔭で早速窮地なんですけど!


「……そうでしょうか?母が隠していた化粧品を試してみたお蔭かもしれません。お褒め頂きありがとうございます。まあ、何日も使っていたら怒られてしまいます。今日だけですよ」


 ……よし!上手い感じで言えた気がする。さっさと学院に向かってくれよ。


「ほお……。それじゃあその綺麗な髪を触れるのは()()()()()()


「…………!!」


 嫌な汗が顔から落ちる。


 与四郎は唇を下で舐めると馬車を下りる。

 馬車の御者(ぎょしゃ)は驚いて御者席から降りて、キャリッジのドアを開けて頭を下げる。……余計なことを。


 馬車から降りたのは、丸い顔と胴体の蛙のような男だ。ああ……本当に生理的に受け付けれない。


「さぞや触り心地が良いのだろうね……」


 与四郎は「どゅふふ」と汚らしい笑みを浮かべて手を伸ばす。


 私は苦い顔を祈里に向けるが、祈里は「我慢しなさい」と言わんばかりに苦い顔をで返す。


 ここは我慢するしかない……!


 私は覚悟して眼を瞑る…………が一向に悪手が伸びてこないので、薄目を開く。そこには……、


「あ……ああ!せ、精霊獣……!!」


 ……蛇に睨まれた蛙とはよく言ったもので、口をぱくぱくと動かして空に浮いている大蛇を呆然と見ている……って大蛇!!


 白い鱗に朱い眼をした大蛇の周りには青い光輝が纏っている。これは魔力によって動いている精霊獣と呼ばれる精霊!授業でしか聞いたことがなかったけれど、本当に実在したんだ……!


 でもどうして急にこんなところに……?

 私は一つの可能性が頭に浮かんだ。ま、まさか……!


『シャァァァァァ!!』


 大蛇が与四郎を威嚇すると、泡を吹いてその場に倒れる。


「よ、与四郎様!!」


『速くここから立ち去りなさいな』


 私の耳……と言えばいいのか……どちらかというと頭の中に直接言った獲る様な女性の声が響く。


 私は太鼓の音の様に鳴り響いている心臓の音を手で押さえながら大蛇を見ると……大蛇は頭を少し下げる。


「祈里!逃げよう……!」


 腰を抜かしてその場でへたり込んでいる祈里の腕を引っ張り学院に走る。


「……はあ、何だったの……!」


 学院のベンチに祈里を無理やり座らせて、口を震わせる。祈里は青い顔をして気を失っていた。


「……申し訳ありませんお嬢様」


「わあ!!……騎士さん!?」


 ベンチの後ろの木影から騎士さんが姿を現す。


「……生憎、私が契約をしている中で一番大人しい精霊を呼んだのですが……驚かせてしまいました。すいません」


「…………色々言いたいことがあるけれど、今は一つだけでいいや。C級ランクの土地に精霊を呼ぶなーー!!」


 優秀なのは分かっていたけれど、優秀過ぎても駄目なこともあるのだと学習した。

 

 S級ランクの最低限は、C級ランクにとっては最上級だということを……!

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