エピローグ
「――神聖緋乃鳥帝国、帝国執事学校。最優秀生徒は……騎士・ナガノハラ!」
「はい!」
「貴殿は帝国執事学校において、最も優秀な成績を収めた。よって、ここにその栄誉を称える」
俺は屈み、紐で吊るしているメダルを首にかけてもらう。
こんなものが何になる、と言ってしまいそうだったが言うわけにはいかない。言ったらこの場で首と胴体が分かれることになる。
「――以上だ!これからの貴殿らの主への忠誠心を信じよう」
理事長の挨拶と共に、執事学校卒業式が閉会した。
帝国執事学校。貴族に相応しい召使を育てるために国が作った。
入学審査も厳しく、授業内容もさらに厳しい。その中で選ばれた1部だけが、この【特別生徒執務室】――所謂VIPルームに入ることが出来る。
「やっとここからおさらば出来ると思うと清々するな」
赤い髪に野獣のような目つきと身体をした執事、漣・ダイドウジが溜息と同時に吐き出す。
執事服をソファーに投げ、ネクタイを緩める。みっともない格好のはずだが、この男の場合は肌が見えるほうが映える。
「しかし、この後と言うとご主人に一生仕えるのでしょう。皆さんと会えなくなると悲しいような気もしなくもないですね」
人数分の紅茶を入れながら塔矢・アズマヤが苦笑いをする。サラリとした髪質に白い肌をしている塔矢は執事の鏡のような男だ。
「貴方にそう言われても皮肉に聞こえてしまいますよ。体力・筋力・教養・魔力・魔法……全てで最高点をたたき出した貴方には」
「俺は1回生の時に諦めているから悔しかないね。もういないが他の2人もそう思っているはずだ」
このVIPルームには、選ばれた執事5名のみが腰を下ろせる場所である。俺のことを褒めてくれる2人も一流の執事である。
この世界に存在する自身の存在証明を現す級――ランク制度と呼ばれるものが存在する。
同じ階級だから会話が出来る。下の階級――ランクの人間は上には決して逆らう事ができない。嫌な世界だ。
「俺達は気にすることはねぇだろうさ。なにせ――」
漣は自身のランクカードを出して、「俺達はS級なんだからさ」と誇らしげに言う。
一般的にランクはAからDまで存在する。しかし、王族や優れた者には最高の印――Sのランクが授与されるのだ。
それを俺達VIPルームにいる執事たちは有している。
「――ああ、そういえば騎士。お前はどこの貴族の家に配属されるんだ?ずっとしらばっくれてるままじゃ気分が悪い」
「そうでしたね――まあ、貴方ほどの執事なら王族、夢・アマクサ嬢のところでしょう」
「ああー、そうだよな。この国の頂点のご令嬢だ。かなりの色物好きと聞くぜ。そうなんだろ、騎士?」
「いや、違うよ」
俺は眼を瞑り首を横に振る。
「――俺の家はもう名家ではない」
「……あの事件か。でもよ、お前の才能ならご指名はあるだろう?」
この2人になら言ってもいいかもな。もう会うことはないのだろうし、少し博打要素はあるが、言ってしまい、気持ちを多少楽にしたい。
「――これ、何か知っているか」
俺は1枚の紙を見せる。
「なんだそれ?」
「……えーと、たしか帝国市民向けにという名目の執事派遣活動ですよね」
「なんだそれ、聞いたことないぞ」
「それはそうでしょう。これはランクがB以下の執事――嫌な言い方をすると、貴族などから引き取ってもらえなかった執事を宣伝も兼ねて市民に配属させるのですよ」
「……身請けみたいなものか?」
「ええ、意味合い的にはそうなります。ランクが低くても執事学校を卒業出来た者達です。十分な報酬は貰えるかもしれません。貴族で雇われるよりかは楽かもしれませんが、周りからは良い眼では見てもらえないでしょうね」
「ふーん、で?」
それが俺と何の関係があるんだ?と言わんばかりに顎で俺をしゃくる。
「――分からないのか?」
俺は2人の眼をじっと見つめる。
一瞬の静寂の後、2人は眼を丸くさせる。流石に分かってくれたか。
「ば、馬鹿かお前は!自ら下のランクの人間を一生の主とする気か?」
「漣の言う通りです。貴方の御家騒動は知っていますが、それでもAランクの貴族の執事になるべきだ。平民に仕えるS級執事が何処にいると言うのです!?」
「此処にいるではないか」
俺は微笑を浮かべて自分を指差す。
「――本気なのか?いや、もうこの時期だ。もう決まっているのか?」
「ああ……C級家庭の女の子が俺の主となる。抽選応募だからな、我儘は言えないし、言うつもりもない」
「C級……ありえない」
塔矢は侮蔑な眼で俺を見る、生まれながら上の階級にいる人からすれば信じられない話だからな。
例えるならば、偉い人がどこかの使用人の召し使いになるようなものだ。
「見損なったぞ、騎士。お前がそんな愚かな奴だとは……いや、何を考えている?」
ギラリと茶色の瞳が燃えるように光る。魔力が漏れ出しているのだ。
……何を考えている、か。――流石にこの面子相手に嘘は通用しない。塔矢も口に出さないだけで同じことを考えている顔だ。
俺は紅茶を飲み干し、塔矢に「ご馳走様」と笑い、颯爽と部屋を出て行く。
「騎士!」
「騎士くん!」
「俺は、お前たちが思っている程賢くはないし、失うものはない。今までありがとう。もし会うことがあれば、敵になっているかもしれないな」
俺はそう言い残し、振り返ることなく部屋を出て行った。
***
「――というわけで、この度は執事派遣に応募頂き誠にありがとうございます。今日から貴方様の執事になります騎士・ナガノハラと申します。よろしくお願いします杏樹・カトウお嬢様」
「…………は、はあ?」
玄関を開けるとそこには世にも美しい執事服を着た美少年が反則級の作り笑顔を向けて私を見ていた……。