第3話 廃神さん...再会する(2)
毎月...3日...13日...23日......更新予定です。
●アルグリア大陸暦千五百三十八年二月十三日
【ハルベルト山脈~渓谷の洞窟~花水晶の間】
【エンプレス】
(なんじゃ、......この赤ん坊は!?)
禁忌の【ハルベルト山脈】の主にして、【十の災厄】の一角、【氷狼エンプレス】は、空中を短距離転移しながら、自分のある一点だけを見つめながら、畏れもなく進んで来る、真っ裸の赤ちゃんを唖然として見続けていた。
【カルマ】
「あぅあぅあぅあぁぁ~♪ (母さん...いただきます~♪)」
そして、徐に自分の乳房に吸い付いた赤ちゃんに対して、【氷狼】エンプレスはされるがままだった。
何故なら、十の災厄である彼女に対して、ここまで無防備に接して来た存在は今まで居なかった事と、この極寒の地を人の身で、況してや、生後間もないであろう赤ちゃんが、真っ裸で短距離転移しながら近付き、一心不乱に自分の乳房に吸い付く姿に、不覚にも完全に思考停止していたからだった。
【エンプレス】
(か......か......可愛い♥)
【システムメッセージ】
『ずきゅ~ん♪ ......特異個体名【エンプレス】の個体名【カルマ】への好感度が一定の値に達しました!』
それが、【氷狼】エンプレスの母性が目覚めた瞬間だった! ......その瞬間から、一心不乱に赤ちゃんは母乳を飲み始めたのだった。
【システムメッセージ】
『ぽ~ん♪ ......個体名【カルマ】が称号【氷狼の加護】を獲得しました!』
従来、【創造神の試練】時の、【氷狼】エンプレスとカルマの邂逅は、一つの奇跡だった。
極寒の中、放り出されて死の時間制限の制約を課せられ、徐々に減っていく生命力と寒さで悴んで思う様に動かない身体で、匍匐前進しながら、【氷狼】エンプレスに辿り着いた時には、カルマの生命力は残り僅か【1】ポイントだった。
カルマは【氷狼】エンプレスに辿り着き、母乳を飲む事によって、称号【氷狼の加護】を獲得して、何とか生き延びたのだった。
FHSLG【アルグリア戦記】は、体感レベルを調整出来る仕様になっている。
体感レベルを上げると、現実の世界以上に体感(触覚・痛覚等)が研ぎ澄まされて、より緻密で繊細な動作を行える反面、生命力・魔力・精神力・持久力・満腹度が減る行動時には、体感レベル相応の体感(触覚・痛覚等)を伴う、体感レベルを下げると体感(触覚・痛覚等)が鈍くなっていき、動作は大雑把になる反面、戦闘時には殆ど痛みを感じ無くなり、それに伴う恐怖感が薄れ、ステータス管理を怠ると、簡単に突然行動不能になってしまう、所謂ゲーム感覚に近くなっていくと言う事だった。
高難易度シナリオをクリアした廃人達の多くは、体感レベルを最大値により近付けて、PSを磨いている。
廃人の中の廃人、【廃神】と呼ばれるカルマの体感レベルは、勿論最大値で設定しているので、現実の世界以上の敏感な体感(触覚・痛覚等)がある。
他の仮想現実ゲームでも常に、体感レベルと痛覚レベル機能の設定調節(ゲーム毎に体感と痛覚との詳細なゲーム設定が各々違う)は最大値設定にして、格闘系、射撃系、隠密系、恋愛系等のゲームの最精鋭達と日々凌ぎを削っていたカルマのPSは、現実で実現可能なレベルまで、技術として修得しているのだった。
それが、【廃神】と呼ばれる所以の一つでもあった。
しかし、単純に体感レベルを上げれば、ゲームが上手になる訳ではない。
研ぎ澄まされる感覚を使い熟し、痛みとその恐怖に打ち勝って、技術に昇華してこそ上達していくのだった。
但し、体感レベルを最大値に近付けると言う事は、現実世界で実際に痛みを伴う行為と、同義以上に近付けると言う事(小さい痛みが体感レベルの上昇値により、数倍の激痛として感じる事)をまず理解しなければならない。
体感レベルの設定値の制作運営会社の推奨は三十パーセント(現実世界の体感と同等設定は五十パーセント)で、それ以上の設定にするには、ゲーム規約にある体感レベルによる障害事故及び死亡事故等はプレイヤーの自己責任で、制作運営会社は一切の責任を負わない旨に了解のサインをした、廃人だけが挑める変態達の狂宴なのだ。
極寒の寒さで身体が悴み、思う様に動かない生後半年ほどの赤ちゃんが、最適解を導き出す為に、凍死を三百十九回繰り返し、試行する【鬼畜の儀式】を、体感レベル最大値設定で、嬉々として潜り抜けた。
ゲームに人生の全てを捧げた変態が、【廃神】と呼ばれるカルマの正体だった。
【カルマ】
(ウグウグっ! ......母さん! 母乳が美味すぎる......ゲポっ!)
FHSLG【アルグリア戦記】に於いて、七段階中最高難易度のシナリオ【創造神の試練】が、鬼畜無理ゲー(超難易度過ぎて攻略が不可能、無理でしょうって言うゲーム)と言われるのは、単純にクリアしたプレイヤーが誰一人として居なかったからである。
その要因は、余りにも【鬼畜仕様な縛り】要素と、選択キャラクターの【苛酷な運命】にある。
その鬼畜仕様な五つの縛り要素のうち、身体限界成長能力値の全てを【1】ポイントで固定(※固定なので筋力・耐久力・知力・敏捷・器用・魅力は一切成長しない)と才能枠を【0】ポイントで固定(※固定なので才能を一切修得出来ない)の二つは、年齢を重ねて色々な経験を積んでも、生まれた赤ちゃんと同じ能力値(能力数値は筋力・耐久力・知力・敏捷・器用・魅力で、生命力・魔力・精神力・持久力は状態数値で育成可能である)で、加えて無才能(スキルシステムの恩恵を、一切享けられない)だと言う事だった。
そんな状態で、苛酷な運命の数々を乗り越えて、大陸制覇する事はほぼ不可能である。
その不可能に挑戦した廃人達が余りの苛酷さに、現実の世界で現実に廃人になる、それが【アルグリア戦記】の最高難易度シナリオである、【創造神の試練】だった。
その試練を攻略するには、あらゆる全てのものを活用しなければならない。
その一つが、【称号の効果】である。
【アルグリア戦記】には、登場キャラクターが元々所持してる称号と、行動によって獲得出来る称号があり、行動の結果で、所持称号が上位称号に書き換えられる場合もある。
そして、カルマが最初に獲得した称号【氷狼の加護】の効果は、寒冷耐性と狼系生物への威圧と魅了だった。
お腹一杯になりスヤスヤと眠る赤ちゃんを、白い巨狼が己の尻尾で、愛おしく包んでいた。
巨狼は、何故この普精霊人種の赤ちゃんは己に対して、こんなに無防備でいられるのか自問自答する。
そして、己への絶対的な信頼と一途な愛情を感じ、理由を考える事を放棄したのだった。
十の災厄の一角、【氷狼】エンプレスは運命の設定上、【群れない孤高の狼】だった。
狼は群れる習性があり、それが本能でもあった。
それをある意味、強引に螺子曲げた設定との不条理が、【不具合】を生んだのかもしれない。
赤ちゃんの寝顔を見ていると、その存在を守りたい無償の欲求が高まっていく。
その熱い眼差しを感じた赤ちゃんが目を覚し、自分を見つめる巨狼にくしゃっと笑いかけた。
【システムメッセージ】
『ずきゅ~ん♪ ......特異個体名【エンプレス】の個体名【カルマ】への好感度が上限に達しました! ......特異個体名【エンプレス】の個体名【カルマ】への好感度が愛情度に書き替えられました! ......愛情度が上限に達しました! ......達しました! ......達しました! ......愛情度が、......限界突破しました!』
【エンプレス】
(か...か...可愛い♥)
【システムメッセージ】
『ぽ~ん♪ ......個体名【カルマ】の称号【氷狼の加護】が【氷狼の寵愛】に書き替えられました! ......称号【氷狼の寵愛】が【氷狼の愛息】に書き替えられました!』
【カルマ】
「......あぅ!? (......え、マジ!?)」
極寒の洞窟の中、巨狼の尻尾で包まれながらカルマが真っ裸で呟く!
その視線の先には、慈愛の眼差しで見つめる、蒼い目のもう一人(?)の母親が微笑んでいた。
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アルグリア大陸の北北東の中央依りに位置する、【エルブリタニア帝国】は【森妖精人】種が統治している尚武の国で、皇帝も皇族の中から武力・統率力が優れた者が選出され、元老院と呼ばれる九名の元老からなる、皇帝への支援機関が統治を支える軍事国家である。
また元老院は皇帝選定の決定機関でもある為、元老は上位貴族の各派閥(皇族派・貴族派・中立派)から三名づつ就任する。
近年、皇帝【ビクトリアス・エルブリタニア】が病で体調を崩している為、近々元老院で、新皇帝が選出され譲位が実施されると言われている。
最有力は帝国遊撃騎士団を率いる、文武兼備の嫡男【ラクトリウス】で、彼を筆頭に六人が選出される見込みである。
対抗馬としては、北部帝国騎士団副団長の豪勇無双と言われる、次男【レクトリウス】が挙げられる。
大穴は冒険者をしている、閃光の異名を持つ六男【カリトリアス】だろう。
皇族の身で冒険者をしている変わり者だが、エルブリタニア帝国では民衆からの人気は一番高い。
但し、今回の新皇帝選出は従来と違い、【森妖精人種純血】の血統統治国家から、【他種混合】の、血統統治国家への脱却の意味合いもあり、混迷を深めていたのだった。
To be continued! ......
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最後に、読者の皆様に感謝を、お読み頂き、ありがとうです!
【2020/07/11 改訂しました】
【2020/07/29 改訂しました】