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王子様に告白されましたが、突き放したら何故かイケメンになって帰ってきた件

「図々しいのよ」



 あまりに端的な私の物言いに、侍女として仕え隣で侍っていたメイドは唖然とした様子で私を見つめてくる。



「ありのままの僕を受け入れて欲しい? なによ、それ。そんなの、何も努力しなかった人の言い訳じゃない。貴女もそう思わない? ……ほんと、立場が上ならなんでも手に入ると思ったら大間違いよ」



 彼女が驚いたのは私の発言に対してか。

 はたまた普段の柔らかい声音の面影すら感じられない刺々しい口調に対してか。恐らく、両方なんだろうなと頭で理解していても私の感情の吐露は止まらない。

 『ありのまま』

 そんな言葉一つで今までの積み上げてきた努力を丸ごと否定されたような気がした。だから、心の中で蟠る感情をこうして吐き出さずにはいられなかった。



「え、えと……あの、その……」



 喉の奥が引き攣って声も出ないのか、彼女はたじろぎながらも必死に答えを口にしようとしていたが、ちゃんとした言葉として私の耳に届く事はなかった。

 息を呑み、心なし身体は震えて目は泳いでいる。

 きっと、彼女じゃなくて他の誰かだったとしてもたぶん似たような答えが返ってきただろうなって私は自覚していた。だから、彼女の返答を責め立てる事はしなかった。なにせ———



「……ごめんなさい。ちょっと意地の悪い質問だったわ。でも、何も行動に移してない癖に言い訳がましい言葉をさも当然のように並べる。勿論、それが何も背負うものがない人間の言葉なら私も何も言ってないし腹立てもしなかったでしょう。でも、信じられない事に将来国を背負う王子の言葉なのよ? ……呆れてものも言えなかったわ」



 実際は相手からの申し出を断り、面目を潰す行為をしたにも関わらず、更に追い討ちとも言える言葉を突き付けていたのだが、それはそれ。言葉の綾だ。



「言葉に逃げていいのは何もかもをやりきった時だけ。惚れた腫れた言うのなら、相応の努力をしてから口にするのが礼儀と思わない?」



 それは、つい数時間ほど前の話。

 ここ、カレンドュラ公爵家で開催されていたパーティの終わり際、ひとりの青年が私の下を訪ねて来た。

 ヨシュア・フィベルグ。

 彼は私の前でそう名乗り、ざわりと会場内で驚愕の波紋が生まれたのは記憶に新しい。



 フィベルグとは王族にのみ許された姓である。

 ヨシュア・フィベルグとは、現国王の嫡男にあたる天上の人物だ。そんな彼がろくに護衛もつけず、私に何の用があったのだろうかと思うや否や、彼は片膝をついて私に向かって手を伸ばしたのだ。



 そしてあろう事か、堂々と愛の告白を始めたのだ。

 それは私の容姿を褒めることから始まり、性格やら、領民への態度やら、ストーカーかよと思わず突っ込んでしまいたくなるほどに長々と彼は私の事を語り、10分ほど続いた頃だったか。

 事態を認識した周囲から黄色い声が上がり出したあたりで漸く彼は言う。




『貴女には、一番近くで僕を支えて欲しい。ありのままの僕を見て欲しい受け入れて欲しい。どうか、手を取っては貰えないだろうか』



 照れる様子もなく、そう言い切ったのだ。

 周囲の者達から向けられるキラキラとした視線。きゃあきゃあと姦しい歓声が溢れんばかりに場に満ちていたが、私は場に流されることもなく、私に向けて手を差し伸ばす男性を注視した。



 ヨシュア・フィベルグ。

 ここ、フィベルグ王国の第2王子であり、性格は温厚。民からも慕われており、武芸については不明であるが、政治についても明るいと評判の王子様。

 欠点らしい欠点は見当たらない優しい王子様であるが、あえて欠点を述べるならば



 不細工。

 その一言に尽きた。



 王子という立場だからだろう。

 誰もがその指摘をできない事もあってか、彼には自覚する機会はなく、不養生の結果か、ぶくぶくとお腹はたるみ、空気にさらされた凹凸のあるニキビ肌。

 はっきり言って不細工の一言に尽きた。



 今の王様。つまり、彼の父親や母親である王妃様は絶世の美男美女などと言われ持て囃されていた人達だ。

 素材は恐らく誰よりも素晴らしいものを持ってる。でも、容姿に対する無関心さが災いしてか彼の容姿は不細工そのものだった。



 容姿がその人の全てだというつもりはない。

 でも、容姿はその人を判断する上でなによりもはじめに認識する要素であるはずだ。そういった考えを持っているからこそ、私自身もずっと努力を重ね容姿を始めとした身なりには細心の注意を払っている。だから『ありのまま』という言葉には少しだけムっとなった。



『どうして、私なんでしょう? 殿下には他国の王女から縁談が舞い込んで来ているとお聞きしていましたが……』



 これは有名な話だった。

 ヨシュア王子殿下に多くの縁談が寄せられているという事実は確たるものとして宮中に留まらず話題に上がるほどであった。だから私は疑問に思った。

 どうして私なんだろうか、と。



『貴女にしか僕は興味がありませんから』



 彼は逡巡なくそう述べた。



 刹那嗚呼、殺し文句だなと思った。

 それと同時に、私はお生憎様とも思ってしまった。



 相手は王子という立場。

 だからここは素直に頷くべきなんだろう。

 両親だってきっと喜んでくれる。王族と縁が生まれるのだ。諸手をあげた事だろう。

 でも私は、どこまでも気に食わなかった。



 私のことを見てくれてる。

 それは嬉しいし、容姿だけ見て一目惚れをしたとほざくような男でないところも好印象だ。

 だけど……それだけだ。



 他国の王女との縁談を蹴ってまで私を求めてくれている。キッカケは一目惚れだったらしい。その日より、私という人間を知りたいという欲求が抑えられず目で追っていたらしい。

 嗚呼、嗚呼。素晴らしいと思う。

 それは衆人が好みそうな物語そのものだ。

 でも私の思考は冷め切っていた。



 お生憎様だけど、私はそんなに安い女じゃないの。

 そんな言葉が浮かんでいた。



 私に惚れた。

 だから私のことを知ろうと思った。

 知って、より一層想いが膨らんだ。気持ちを抑えきれずこうして一人走ってしまった。

 それらの行動理由は私にも理解ができる。

 でも……。



 私がさも受け入れると信じて疑っていないその態度が物凄く気に食わなかった。



 王子という立場だから受け入れると思ってるんだろうか。お生憎様だけど、私は権力に興味はない。

 純粋に私を知ろうとしてくれたのは素直に嬉しい。でも、一目惚れをしたと言う割に私に惚れて貰おうと努力はしてませんよね、と。傲慢にも私はそう思ってしまった。

 相手は一国の王子。

 対して私は一介の公爵家令嬢。



 私が求められる立場でないことは分かってる。

 だけど、本当にこの人は私の事が好きなのかなと疑問に思ってしまった。疑念に心を囚われてしまえば、あとはなし崩し。好意的ではない感情だけが私の中で増幅していくだけだった。

 渦巻いて、渦巻いて、渦巻いて。

 押し寄せる感情の波に悩まされながらも、私は彼への返事を決めた。


 きっと、非難や罵声が私に投げ掛けられるだろう。

 両親からも怒られてしまうだろう。

 でも、答えはもう決まってしまった。

 一度決めてしまった答えは、私の中ではもう覆らない。



 これ以外、あり得なかった。




『————ごめんなさい』



********



 時間が経つのは早いもので、私が一方的にヨシュア王子殿下をフったあの騒動から既に一年が経過していた。

 私はといえば、王子殿下のメンツを衆人環視の中で潰してしまったその日の夜にこれ以上殿下のメンツを潰さないよう一生独身でいろとまで怒鳴られた事もあり、面倒臭い縁談話はパタリと止んでくれて清々した一年を送っていた。



 私はカレンドュラ公爵家の一人娘。

 兄弟は兄が二人と弟が一人いるけれど、あの騒動があるまで権力目当ての鬱陶しい貴族子弟から鬱陶しいまでのアプローチであったりと悩まされていた身。

 そんなヤツらと添い遂げるくらいなら独身の方がよっぽど良かったので悲観する気にもならなかった。



 縁談の話がなくなったとはいえ、依然として身なりに私は気を使っている。メイクなどは使用人さんに任せているけど、体型や美容には細心の注意を払わないとどうしようもないし、何より誰かからだらしないなどと思われたくないから。きっとこれが一番の理由だ。



「楽で良いわね」



 一年前と同様、カレンドュラ公爵家主催のパーティにて、私は隅っこで置物のように立ち尽くしながらなんとなしにそう呟いた。

 隣には王子殿下の告白についての愚痴を聞いてくれたメイドが一人。苦笑いをしながらも彼女は「そうですね」と同調をしてくれる。



 なにせ、私にちょっかいをかけてくる男は一人もいないどころか、私が歩けばモーセの海割りのように道が勝手に開かれるから。誰もが関わらないようにと目を逸らし、道を開けてくれるのだ。これを楽と言わずしてなんという。



 ただ、現状を後悔しているわけではないけれど、ヨシュア王子殿下には少し悪いことをしてしまったかなと私は罪悪感を抱いていた。

 もちろん、断ったことに関してではない。

 もう少し言葉を選べたんじゃないか。そういった後悔だ。聞いた話ではあるけど、私がばっさりと愛の告白を拒絶したその日よりヨシュア王子殿下が表に出る事を拒むようになったらしい。

 詳しい理由はしらないけれど、その理由に私が関係している事は疑いようもない事実だろう。



「でも、あれ以外返事が思い浮かばなかったのよね」



 あの騒動は……ちょうど一年前のこの日だったかしら。と、ふと思い出した事実に感傷めいた感想をつい抱いてしまう。



「ま、過ぎた話だから何を言っても仕様がないのだけど」



 珍しく過去に思いを馳せているとどうしてか、世間でアンタッチャブル扱いを受けている私の下に一人の男性が近づいてくるのが見えた。けど、恐らく私が目当てというわけではないだろう。自業自得とはいえこんな歩く時限爆弾みたいな人間に好き好んで近づく人間はいないだろうから。

 でも、やる事がなくて暇をしていた事もあり私は近づいてくる男性を観察することにした。



 身長は180cmくらいだろうか。

 無造作に麦穂色の金の髪が伸びているにもかかわらず、彼自身の雰囲気と相まってか、不潔さを感じさせないどころか良いアクセントとなっている。

 程よく日焼けした肌と合わさって、溌剌さのある好青年といった印象だ。

 あまり服装にこだわりはないのか、いたってシンプルな正装でもう少し着飾れば良いのになあ、なんて感想を思わず抱いてしまう程であった。



 とはいえ、あまり見つめ過ぎているのもいざ目があってしまった時に気不味くなってしまうので私がじっと注視していたのは精々5秒やそこら。

 相手が凝視していた事に気付いていないうちに私は視線を彼から逸らした。



 貴族らしくないサバサバした感じの青年だった。

 そんな事を思っているとどうしてか刻々と足音が大きくなっていく。一応、彼の姿は視界には入っているが視線は逸らしたまま。でも、心なし笑んでいるような気がした。



 待ち人でも見つけたのだろうか。

 私には関係ない話だけど、ちょっとした暇潰し感覚で気になった。どんな人を待っていたんだろうか、と。



「ん」



 彼の歩く先につられ、私は反対側を見る。

 ……壁があった。

 そうだ。私、隅っこでじっとしてたんだったと己の状況を思い出すが早いか、声が聞こえた。



「ソフィー嬢」



 少しだけ掠れた声だった。

 男性の変声期によく見受けられるような声。

 不思議と心地が良かった。



 ……って、ソフィーって私の名前じゃんと慌てて振り返る。視界に今度ははっきりと飛び込んでくる男性の相貌。

 やっぱり初対面のようで身に覚えはなかった。



 だから私は眉をひそめ、怪訝に口を歪めた。



「……失礼ですが、どなたでしょうか」



 そう言うとああ、と得心顔で小さく頷いてから彼は「良かった」と嬉しそうに笑った。

 私に覚えられてない事がそんなに嬉しい事なのかと面貌に不満の色を僅かに刻むが、彼はそんなことは御構い無しに言葉を続ける。



「一目で看破されてしまう事は勿論、嬉しく思いますが今回だけは、気付かれなかった事の方が僕はずっと嬉しい」



 どう言う事だろうかと私の中の疑念は更に膨れ上がる。

 すると程なくして目の前の青年は何故か片膝をつき、片手を差し伸ばした。

 


「僕ですよ」



 どこか既視感を覚えるやり取り。

 あの日の再現のようにざわりと周囲までもがざわめいた。



 だから誰ですかと思ったがそれも刹那。

 ここまであの日の再現をされれば流石に私でも気づく。

 じっと不躾に相手の顔を覗き込んで見てみると端正に整った素顔の中にどこか見知った面影が入り混ざっていた。



 いやいや、待って。

 これはおかしい。というか、私突き放したよね? なのになんでまだ諦めてなかったの? 粘り強いにも程があるでしょう!? と、思い浮かんだ一つの答えに対して必死に私は反論を繰り広げる。

 そもそも、どんな魔改造を受ければここまで大変身してしまうのか。一年前の面影なんて殆どない気が……。



 と、目一杯の否定をしても現実は変わってくれなかった。



「一年前の僕は……非常識でした」



 そう言って彼の独白が始まる。

 自分の愚かさを語り、どうしてかその引き合いに私を持ち出してくる。私がどれだけ素晴らしくて、そんな私とつり合う男になる為の努力がどーのこーのと。

 嗚呼、間違いない。



 この感じ、このやり取り、申し訳程度に残った面影。

 全てが失われていたパズルのピースのようにカチリとハマった。



「貴女の隣に立つに相応しい男になる為にこの一年、自分磨きをしてきました」



 魔改造したのかと思ってしまう程の変わりようからどれだけその自分磨きが過酷であったか、それは私でもわかる。だから不思議で仕方がなかった。

 私、結構ひどい振り方したと思うのにと誰よりも自覚があったから。



「愚かだった僕に、もう一度だけチャンスを頂けませんか」



 一年前とは似ても似つかない精悍な顔つきで彼は言う。

 男らしい少し掠れた低めの声で私の鼓膜を優しく揺らした。



「この手を、取っていただけませんか? ソフィー嬢」



 ……どうしてこうなったんだろう。



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