第二話 化け猫チュートリアル
ボルン城と隣街である徒歩で半日程の距離であるリゾート村の途中の街道に一匹の三毛猫が途方に暮れていた。
「ニャー‥‥」(ここどこよ‥‥)
猫が周囲を見渡しても、いつも寝床にしていた木箱以外は見慣れぬ風景に馴染みの無い匂い。
「ニャー‥‥」(転移?あの白面にそんな能力があるなんて聞いてないわよ‥)
「ニャー‥‥」(それにしても魔素の濃い場所だわね。)
「ニャー‥‥」(まあ、そのうちご主人様が何とかしてくれるでしょ‥‥)
三毛猫は飼い猫である。
名前はミーシャ。
何を隠そう妖怪猫又だ。
まだ若いので尻尾は分かれていないが、ミーシャの祖母は鍋島家の由緒ある猫又の血統なので、ミーシャは生まれながらにして妖怪なのであった。
ただ、妖怪としての経験不足で妖力や妖術の類いは殆ど使えない。
現状使える能力は人間化と物を空中に一時的に固定する程度だ。
ミーシャのご主人が「おお!クラフトワーク!」と言っていたが、ミーシャは何の事やらサッパリ解らない。
ミーシャは妖怪仲間と一緒にとある邪悪な妖怪と争っていたのだが、気付けばこんな有り様であった。
困ったら寝るに限るを座右の銘にしているミーシャは木箱でふて寝をしていると、目の前に変な女がほふく前進しながら移動している。
「ニャー!」(何をしてんの?)
ほふく前進女‥もといリリアンは、先ほどから目の前の汚い木箱からニャーニャーと鳴き声が聞こえていたものの、自分に置かれている状況を考えたら猫ごときに構っている場合では無かった。
ボルン城を旅立った後で、魔法学校の寮に小銭を貯金していたブタ箱を思い出したので取りに行くと、城の衛兵達に捕まりそうになったのだ。
そこでリリアンがブルークリスタルロッドを持ち出した罪で指名手配されている事を初めて知った。
「くそう!教官のケチ!かよわい美少女の護身に杖の一本くらい良いじゃないのよ!」
「ニャー!」(何それイグアナの物真似?今時昔のタモさん知ってる人なんて居ないわよ!)
「さっきからニャーニャー煩いわね!!教官の策敵魔法に見つかったらどうするのよ!!」
黒魔法に属する策敵魔法は、地面から一メートル以上の人間を感知する特性がある。
一メートル以下だと大地の魔力に同化してしまい、人物の特定が出来ないのだ。
「ニャー?」(あら?私の言葉が聞こえないのかしら?テレパシー無効かしら?)
ミーシャの鳴き声は普通の人間が聞くと「ニャー」と言う声と()の言葉が同時に聞こえるはずであった。
テレパシーが聞こえないのを察したミーシャ、ポン!と軽い音と煙を発生させると木箱に座る少女が現れた。
ミーシャが人変化を使ったのだ。
茶色と黒ブチと白の体毛のミーシャが変化した場合は、着ているフリフリなドレスの色が白地の茶色と黒ブチ模様のドレスとなる。
「街道らしき道端でほふく前進してる女って時点で人生終わっちゃってる感すごいわよ。」
「うわ、人間に変化した!ケットシー?」
「その名前はどっかで聞いたことあるけど私は違うわよ。猫又よ?知らないの?」
「猫又?キャスパリーグとケットシー以外に猫系のモンスターって聞いたこと無いよ。」
カルラーム大陸におけるモンスターとは亜人種族、つまり生き物なのだが、ミーシャの言う妖怪は人の思いや概念で存在するので根本的な食い違いが生まれる。
「あーもう説明メンドイからそのキャスパーとやらでいいわよ。そんな事より何してんの?」
「見て解らない?村まで移動してるに決まってるじゃない。」
「芋虫みたく地面這ってるほふく前進の女を見て状況を理解できる訳無いわよ!私ゃエスパーか!」
とりあえずリリアンの事情をミーシャに簡潔説明した。
ただ、簡潔に説明すると(魔王退治はじめました→国宝を拝借しました→指名手配されました。)ダメ人間まっしぐらな説明となる。
「解ったわよ、あんたの事はダメアンと呼ぶ事にしたわ。そんな事より日本に帰る方法を知らないかしら?」
日本と言う単語にはリリアンに覚えがあった。
「へぇ~教官が言ってたけど、召喚魔法で稀に繋がる世界の一つが確か日本とか言ってたよ。教官なら何とかなるんじゃないかな?」
「ちょっと!!私にその教官とやらを紹介しなさいよ!!」
「いや‥だからその教官、つまり国王から逃げる途中だし。」
「なんて使えない娘なのかしら‥‥」
ミーシャは天を仰いだ。