閑話 賊の行方
「はぁはぁ…」
(なんなんだあいつは!絶対殺す前のレナードより強くなっていやがった…エージェントエグゼキューターとか言ってやがったな。ボスに聞けば何かわかるか?畜生、この俺が負けるなんて…)
俺達は城の地下水路を通りこの街から脱出しようと行動していた。
「ダグラス中佐!」
「なんだ?」
「我らはこれでよかったのですか?」
「は?何が言いたい?」
「いえ、折角城の兵士たちをやっつけたのに城主を殺さなかったことに関してです。目的は城主の殺害ではなかったのですか?」
「ああ、そのことか。城主を殺るにはあの強くなった副隊長を倒さないといけなかったしな。あれを倒すのは俺でも無理だ。腕も一本やられちまった」
ダグラスは忌々しそうに切断された右腕を眺める。
すでに止血もされており回復役による痛み止めも行われている。
きちんと吹っ飛ばされた右腕とダガーも回収しているし、ボスのところに戻れば右腕は何もなかったかのように元通りにしてくれる。
ボスの魔法やスキルは並外れた力を持っているのだ。
「それに城主の殺害はついでの案件だ。今回の襲撃の最重要は軍隊の弱体化。隊長には逃げられちまったが副隊長は殺せたからな。まぁ結果としては上々だろう。下っ端は数人残っていたようだが、あんな戦闘力じゃろくに戦えもしないだろ。ってことで今回の作戦は成功だ。」
「なるほど。そうでありましたか。てっきりもっと徹底的に攻め滅ぼして機能不全にでもするのかと思っていました」
ダグラスは内心ため息をつく。
今回の作戦の内容はしっかりと作戦に関与する者たちすべてに通達されているはずなのだ。なのにこのケビンという奴は頭が悪いのか天然なのかはたまた全く通達を見ていないのかとことん作戦の内容を理解していない。こんなことならいつか重大なミスを犯しそうで困るのだ。絶対に教育しなおしたほうがいいに決まっている。なのに上層部に掛け合って再教育の機会を作ろうにも、なかなか改善されないのだ。いくら荒くれ物の集団だからってここまで馬鹿だと嫌気がさす。それに他の隊員のメンバーは比較的まともなのだ。頭の悪すぎる奴はいくら強くても実行部隊には編隊されていない。どうしてこんな奴が実行部隊に所属しているのか疑問に思いつつ、今回もこいつの言動について上に報告するか。と考えダグラスは地下通路を進む。
地下通路はなかなか入り組んでおり正しい手順で進まないと凶悪な罠が仕掛けてある。
魔法罠や物理罠、ガスや警報系の罠などてんこ盛りだ。
その上、一個一個の解除法も難解で潜入するときはかなり苦労した。
どうやら特製の宝石を持っていると罠が発動することなく素通りできるというのだから忌々しい。
城主の部屋など隅々まで調べたが対応するものは発見できなかった。恐らくこの城に住まう重要人物がそれを持っているのだろう。
しかし帰りは楽だ。《超速のトラッパー「カルム」》によって罠の位置はすでにすべて見抜かれているからだ。
カルムは優秀な隊員だ。二つ名の通り罠を使った戦術にたけている。超速というように見えないくらいのスピードで罠を作り目の前で遭遇した敵であってもその罠にはめてやっつける。罠解除も罠の察知もお手の物で今までに何百何千と罠を作ってきた経験による賜物だ。攪乱、攻撃、防御、暗殺、時間稼ぎ。なんでもござれのエキスパートだ。
ちなみに俺の二つ名は《ダークダガーの悪魔「ダグラス」》だ。俺が自分で付けたわけじゃない。戦闘訓練や実践の時に俺の戦いを見たやつが悪魔のような殺し方だと言って言い出したのがきっかけだ。
別に組織内で二つ名をつけるのが流行っているということはなく二つ名がないもののほうが多い。
俺は二つ名なんて気にしてはいないが悪魔悪魔といわれるとなかなかうざいと思うこともある。
殺し方が悪魔的なことは認めるが…
暫く地下通路を進むと城下町を守る防壁の外へと出た。
通路の出口は茂みでうまく隠されており町の防壁からもそこそこ離れている。
「よし、近くに人らしい者はいない。出てきていいぞ。一人づつ順番にな」
俺はメンバーを誘導して声をかける。
「よし、やられえちまった奴以外はいるな。じゃあアジトに帰るぞ。フェルミン、術を起動してくれ。」
「了解で~す」
フェルミンと呼ばれた青年のような男はカバンに入れていたスクロールを広げると謎の液体を数滴、そのスクロールに垂らしその後笛のようなものを吹く。音は出ていないが術を発動させるのに必要な手順だ。
笛を吹いてからしばらくすると魔方陣が淡く光りだし魔法が発動する。
魔方陣の上に現れたのは黒紫色の薄い円盤だ。地面と垂直になるように立ち円盤はぐるぐると渦を巻いている。
これはいわゆる転移門だ。
二つの離れた地点を空間圧縮によってつなぎ合わせ瞬間移動を可能にしている。
「よーし。準備ができたようだ。入るぞー」
俺が声をかけ隊員達をくぐらせる。最後に自分だけなのを確認して転移門をくぐった。
その後、転移門は闇へと消えスクロールも端から燃え灰となって消え去った。
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広い空間に据え付けられた玉座。
一人の男がその玉座に座り不敵な笑みを浮かべていた。
「【代理執行者】が現れたと聞いたが?」
「えぇ、ダグラス自ら戦ったようです」
「そのようだな。腕を吹き飛ばされたらしく治して下さいと懇願しに来たよ」
「みっともない話ですなぁ」
「そう言うてやるでない。【代理執行者】と出会って生きてるなど幸運であろう。腕の一本で済んだだけマシという話ではないか。まぁその腕も再生してやったわけだがな」
「それほどのものなのですか?エージェントエグゼキューターとやらは」
「あぁ、一度会ったことがあるがな。あれは規格外であるよ。恐らく我の知る者とは関係はないだろうが。ダグラスが生かされたのはただの慈悲か、もしくは策略か。まだ生まれたてでダグラスを殺すほど強くなかったとも考えられるな…なんにせよ警戒しなくてはならない」
「ほうほう。面白そうな話ですねぇ」
「あぁ恐らくそやつはこれからも成長するであろう。【代理執行者】の脅威は何といってもその成長。どんなふうになって我の前に現れるか楽しみじゃな」
「くれぐれも無茶だけはされぬようお気を付けください」
「あぁ、分かっているよ。そう心配しなさんな。フハハハハ」
男の笑いは広間の隅まで響き渡った。
その笑いはこれからの波乱と享楽を表しているようだった。
次回は【代理執行者】などの能力の確認です。