まず闇へ、そして光?
連載小説です。初投稿ですので、誤字脱字や、拙い点があると思いますが、温かい目で読んで下さると嬉しいです。
私は生きていた。少なくとも肉体はまだ呼吸を止めなかった。しかし、心は瀕死の状態を何年も漂っている。
正直言ってこの真っ白い、無機質で面白味の無い部屋の角を、壁にもたれて見続ける事に飽きた。もう私の人生は頭打ちなのだ。
幸せになることを目標とした生き方をしたくない私にとって、"幸せ"を無理矢理にでもこじつけ、作り笑いを浮かべて喜べと強要してくるこの社会にはとてもでは無いが、適応することなど出来ない。否、したくない、と言うべきだろうか。
この世界に救い等と呼べる物などあるだろうか。学校はずっと行っていなければ、唯一の家族である母とは連絡をとっていない。友達、とは言っても所詮知人程度の仲だが、その中でもとりわけ仲の良かった奴からはまだ連絡がやって来る。
「大丈夫か?がんばれよ」
という、まるで無知で無責任を体現しているとまで言い切れるほどの、首を絞めるようなメッセージがやって来るのだ。いい加減放って置いてはくれないのだろうか。
そう考えると、この生と死の詰め将棋は、生の詰みであるが、幸いにも、私の目の前には、強い睡眠薬と、水が置いてある。更に薬は大量にある。これを全て飲み込んで、フローリングの床に横たわれば、後は死が私を迎えに来てくれるのを待つのみだ。
そして右手に取った瓶の蓋を開けて、左手に沢山の錠剤を移す。そして錠剤を次々と口に運び、ペットボトルの飲み口に唇を付けた。錠剤が喉を通るのを感じた。ただ、一度に飲み過ぎた様で、硬い錠剤は喉の奥につっかえそうになり、少し痛みが走った。そして、あくびが出てくる予感がして、睡眠薬が効き始めている事に気が付いた。急がねば。もう頭がふらふらと、くらくらとした。
なので横になって、顔を横に向けると、壁に立て掛けられている赤いエレキギターが見えた。
そうだ、ギターは私の趣味だった。しかし音楽で表現をして自分を表すという事が出来ないほど、心は壊れていた。それは救いにはならない。そのピックアップが増幅させたのは私の自己への嫌悪と否定のみだった。その真っ赤な色を瞼の裏に焼き付けたまま、意識は遠のいた。次第に目の前は真っ暗になった。
脳味噌だけはまだ健在である様だ。そう言えば今日は私の誕生日だった。誕生日に生まれて、誕生日に死ぬ。潔い人生と言うか、皮肉な人生と言うか。まあ、それも私が産まれたことに意味が無いのならその日の潔さなど価値がないのだろうか。
感覚は消えたが、まだ意識は消えていない。てっきり、絶命した場合、意識は無に還ってくれるとばかり思って居たのだが。それに期待していた。もう一度生まれ変わるなど御免被りたいと言うのに、まさか自殺した場合来世で酷い目に遭うと聞かされて来た言葉は本当だったのだろうか。だとするならばこれからまたあの地獄をまた一からと言うのか。
目を開けると真っ暗な中に一人の人間が見えた。その人間は何処かで見た顔だった。
私は彼の元に走っていき、首に手をかける。感触はなく、その姿は私に酷い嫌悪感を抱かせてきた。自分によく似た彼を殺すことは、自分を殺すことと同義。彼を殺せばこの生き返ってしまう、または生まれ変わってしまうという恐怖から解放されて消えてしまえるように感じられる。しかし、彼の首を絞めて彼の意識が遠のくのを見て居たが、彼が息絶える前に私はそこを追い出されてしまった。
真っ暗になった。もう何も居ない。次に待つのは死のみのはずだ。
しかし、急に目の前が明るく白んで来て、感覚も戻ってきてしまって、まるでただ眠っているだけの様な感じがする。なにやら耳には外の音が聴こえてきた。何故だか足音がより大きくなっていく。
「はぁ」
すこし大きな溜め息をついて、自分自身にうんざりした。つまり死に損ないである訳で、満足な結果ではない。
「おい!」
重い声で不安そうに誰かが言った。突然何者かとの接触が始められた。
すると恐らくその重い声の主であろう、何者かに右の頬を軽く2回ほど叩かれる。目を開けたくは無かった。しかし辻褄が合わない。私は自分の部屋から出ては居ないはずだ。それにカーテンは閉めきっていて今よりもずっと暗いはず。
それに何よりも、私は死んだはずでは?
「おい。生きてるか?」
死んでいる。そう答えたい。だが、その声の主が際限無く私の右頬ばかりを不規則なリズムで叩き続けるため、僅かに怒りを含んで目を開ける。
「おぉ、良かった良かった。何とか生きてるみたいだな」
視界に飛び込んできたのは、眩い太陽の光……では無く、それを遮る、先程からの声、それと頬を叩き私を苛立たせた張本人であろう男だった。
彼は太い眉、丸い目つきをした優しそうな顔の、小柄で中肉、白髪にカイゼル髭で、初老ほどの年齢を想像させる風貌だった。少々血走った目で、白衣を着ており、まるで研究者か何かに見える。
「本当に大丈夫なんでしょうか?病院にお連れした方が良いのでは無いですか?」
私の右手から美しく穏やかな声が聞こえてきた。
そこには明るい茶色の長い髪の女性がこちらの顔を不安そうに覗き込んでいた。顔は良く見えない。しかし、腰の辺りまである髪がふわふわと揺れるのが見える。それは私の視線を惹き付けそうになった。しかし、まだ視界は揺れており、彼女の姿をはっきりと捉えるには少し距離が離れていたのだ。
だが、病院とはどういう事だろう。別に怪我はしていないはずだが。
「まずは彼の話を聞こうじゃないか。君、名前は?」
名前、名前···自分の名前が出てこない。
何故だろう? 思い出せない。
「分かりません」
干からびそうなほどに渇いた喉から声を振り絞る。
「うーん···分からないのは質問の内容か? それとも自分の名前か?」
すこし私の答えは相手を困らせてしまった様だが、言われた言葉を痛む頭を回して理解する。
「自分の名前……です」
「立てるかい?」
「はい。大丈夫です」
立ち上がると、今度は背中が痛んだ。どこかから落とされた様な痛みが続く。背中の骨に、痛みがまるで雷の形の様に走った。
これは先程の彼女が言った病院についての事と関係して居そうだ。
「まあ、道のど真ん中で話をしているのも難だし、取り敢えず私の家まで行って、そこで休ませよう」
そう言うと、歩き出したので、後に続いて歩く。この男の家がどんな所なのか、家族は居るのか、どうして私に声を掛けたのか、と、疑問は尽きない。それよりも皆が私の体を心配している理由を知りたい。しかし訊ねるのは後にしよう。
「あぁ、そうだ」
男が、白衣の中に着ていたシャツのポケットに手を入れて、音を立てて何かを探し始めた。
男の手の指は太く、あまり器用には動かないらしく、中々手間取っており、申し訳ないがほんの少しばかり滑稽に見えた。
「レーア、この金で何か美味しい物と、男物の綿のシャツとズボンを買ってきてくれ。流石にあの麻布の様な服で過ごさせる訳には行かない。これで恐らく足りるはずだ」
一瞬こちらを見てからそう言うと男は、名前はレーアと言うらしい、その女性に紙幣数枚と銀と銅の硬貨を差し出した。どうやら探していたのはお金だったようだ。
「わかりました。叔父さんは何か必要な物はありますか?」
「いや、私は大丈夫だよ。取り急ぎ彼を休ませる事を優先する」
その会話の後、すぐに彼女は脛の丈まであるスカートや、長い後ろ髪を跳ねさせる様に走っていった。先程の穏やかな声からは想像し難いが、思いの外活発な女性なのだろう。
この男は先程のレーアと言う女性の叔父だったのか。
取り敢えず彼は歩みを止めなかったので、そのまま着いていくことにした。
ふと、周囲に視線をやると、急に私の背筋を氷を入れられたように冷やし、体中に鳥肌を立たせ、後頭部から血の気を奪い去った。
それは他でもない、この今目にしている全ての物が原因だ。私はこんな奇妙で気分の悪くなるような体験は初めてであり、夢にさえ見なかった。
まず周りから入ってくる情報を整理する。皆、暗い色の少々毛羽立ったスーツに、シルクハットや山高帽を被って居たり、シャツに茅色のズボンを履いた若者たちや、淡い色のシンプルなドレスを来た女性が目立った。中には絢爛豪華な装飾が施された、上流階級であると言わんばかりの格好をしている人も居た。
次にこの街。煉瓦や、石造り、木造の2、3階建ての建造物が建ち並んでおり、道には石畳が敷かれて、その上を馬車、自転車、煙を撒き散らして進む自動車と思われる乗り物が走っていた。蒸気自動車を見たのは初めてだ。
誰もスマートフォンなどを見ていないし、誰もイヤホンやヘッドフォンを耳に着けていない。誰もTシャツやパーカーを着てい無い。
これは質の悪い冗談か何かだろうか。ハロウィーンにしては、季節からして違うし、それにしてもやり過ぎであるように感じる。ましてやここが元居た日本の様にはとても見えない。まるでパリを模した様な街並みに見えなくも無いのだが、所々何か別の物が混ざりあっている。
足を進めると、時折懐かしさを感じさせる建物に良く似た建造物があるし、まるでネオ·ルネッサンス、ロマネスク、ゴシックに大正ロマンをごちゃごちゃと纏め上げてしまったかの様。所々、城の様に規模が大きかったり、古臭かったり、尖っていたり、カラフルだったりする。
しかし、そう考えると、これはタイムスリップの類いでは無いように思える。平行世界か、天国か、地獄か、夢か。
だが、こんなに出来の良い夢を見たことが無いし、感覚が鈍らない点からも違うだろう。
いつまでも斜め下を見て、考え事をしつつ歩いて居ると、声が掛かった。
「さあ、ここが私の家だ。入ってくれ」
「お邪魔します」
顔を上げて目に入ったのは、木枠のある白い壁に、暗い赤茶色の高い屋根で、4階建ての木造住宅だった。3、4階は屋根裏部屋になっていて、まるで合掌造りのようにも見える。
そして開けられたドアから中に入った。
内装も、外観と大きく違わず、白い壁紙に暗色の木が張られていた。家具はテーブル、ソファ等、限られた物しかなく、目立つものは中央に配置された薪のストーブのみだった。
「ゲストルームは二階なんだ。まあ、色々聞きたい事があるが、ゆっくりして行ってくれ」
「ありがとうございます」
2階への階段の踊り場には、美しい女性の絵が、頑丈そうな額縁に入れられており、思わず目を引かれた。
「その絵が気になるかい?」
「すいません。とても美しかったので」
「それはレーアの肖像画だ。友人に描いて貰ったものなんだ」
「レーアと言うのは先程の?」
「ああ。私の姪っ子だ。くれぐれも手は出すなよ」
一瞬その場が凍り付く。私も何と返すべきか、頭を最大まで回転させて考える。笑うべきか、背筋を伸ばすべきか。あまり砕けた会話は得意ではない。
「ははっ。そう緊張しなくても。ほんの冗談だよ」
そして四つある二階の部屋の中で、一番階段の側の部屋に案内された。一面板張りの壁と床に、赤いカーペットが敷き詰められていた。壁際にベッド、窓際に机が配置されていた。
「ここが君の部屋だ。好きに使ってくれ。ところで、今すこし時間をもらっても良いかな?」
「はい。……大丈夫です」
そう少し不安を抱いて答える。すると男は部屋の隅にあった椅子を引きずって来て、白衣のポケットから、意味不明な書き込みがされているメモ帳と鉛筆を取り出した。
「やぁ。まず、私はクランク。クランク·レーゲンハイト博士だ。君は最初に声を掛けたとき、自分の名前が分からないと答えたね」
「はい」
「では、君は一体どこから来たんだい?」
これについては覚えていた。しかし、ここがどこか分からない。今がいつかも分からない。何があったのかも分からず、どう答えて良いものかと、言葉をつまらせてしまった。
ここが地球だとするなら、地球から来たと言って伝えられるだろうか。
「ええっと……」
その時のこと。バンっと大きな扉を開ける音と共に、女性の声が聞こえた。
レーアが帰ってきたのだ。彼女が女神にさえ思えた。
お読み頂きありがとうございました。不定期投稿です。誤字脱字、改善すべき点等あれば教えて頂けると助かります。