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対等な契約

「す、すごぉい! 羊さんがいっぱい! それにリンゴもこんなに」


「えぇ、この羊をガルム地方まで運ぶのがこの馬車の目的ですからねぇ。 ここには立ち寄っただけなんです。 さて、追加報酬の話でしたね、ここにあるリンゴは好きに食べていいですよ」


「ほ、本当?」


「えぇもちろん。 あぁ、このように毒など入っていませんのでご安心を」


 しゃくりと、リンゴを食べるシンプソン。

 その様子に少女はリンゴを手に取るが、不安げにシンプソンとリンゴを交互に見比べている。


「大丈夫よ、大変だったでしょ。 いっぱい食べて」


「い、いただきます」


 しゃくり……無言のままリンゴを食べるエルフの少女。


 一口目は恐る恐る。 


 二口目は少し口を大きく開けて。

 

 三口目からは顔を埋めるように。

 

 無言に、静かに……しかしその目にはいっぱいの涙をこぼして。


「……………よかった…」


 誰にも聞こえないようにクレイドルは小さくこぼす。

 救われたのは少女のはずなのに、まるでこちらの方が救われているような表情だ。


「おいしいですか?」


「ふぁい!」


 満足げにうなずくシンプソンとクレイドル。 

 だがクレイドルの中には、安堵の隙間を縫うようにチクリと罪悪感が胸を刺した。


 しばらくの間、馬車の中には少女がリンゴをかじる音と、羊たちの退屈そうな鳴き声だけが響き渡り、シンプソンとクレイドルはその様子を静かに見守る。


 次々にリンゴが平らげられていく様子は清々しいほどで、一箱分のリンゴが気が付けば空になっていた。

やがて二箱目の半分ほどリンゴがなくなったところで、少女のお腹も満たされ始めたのか、食べるスピードが落ちてくる。


 そのタイミングを見計らい。


「そういえば自己紹介がまだでしたねぇ」


 シンプソンはそう呟き、手を差し伸べ、エリンはリンゴを食べる手を止めて姿勢を正す。


「私はシンプソン、シンプソン・v・クライトスと申します、あなたは?」


「わ、私はエリン、エリン・フユツキです」


「フユツキ、珍しい苗字ですね?」


「……ごめんなさい」


「悪いことではないですよ? 個性とはすばらしい美点です。 その名前は大事にするべきでしょうね。 人は面白いことに、人と違うことを嫌う癖に、珍しいものを率先して覚えます。 フユツキ……素晴らしい名前です」


「は、初めてそんなことを言われました」

 

「本当ですか? よほど見る目がない人たちと暮らしていたようですね」


 シンプソンの言葉に、エリンは少し困ったような表情をし、あたりを見回す。


「その……シンプソン様」


「様などいりません、シンプソンでお願いします」


「そうですか、えと、じゃあシンプソンさん」


「はい、何でしょうか?」


「なんで私をここに?」

 

 お腹が満たされてようやく冷静になったのか、薄暗い馬車の中で少女は少しだけ警戒心をもってシンプソンに問いかける。何かとんでもない間違いをしてしまったのではないかという不安がほんの少しだけ脳裏をかすめたといった様子だ。

 

 だがそれは当然の反応だろう、エルフの少女を助け、金貨を渡し、好きなだけリンゴを食べていいという。

 それがどれだけ異様なことか、そんな世界で暮らしていた彼女にはより鮮明に映ったことだろう。

 たとえ命の恩人であったとしても、簡単に警戒がほぐれるわけではない。 

 蘇生が当たり前にできるようになったこの世界では、命を助けることですら善意ではないこともあるからだ。


「おや、追加報酬では満足いただけなかったですか?」 


「そ、そういうことではないんですけれども……その、町のみんなから逃げるときに、シンプソンさん最初の契約って言ったから。 最初のっていうことは、つまりは次もあるって……ことですよね……それはもしかして」


 また、奴隷として働くことになるのか……そんな恐怖が瞳に少しだけともる。

 しかしシンプソンはそんな恐怖が杞憂であるというかのように笑い飛ばすと。


「ふふふ、賢い子ですね。 ご安心を、次の仕事があるというのはその通りですが、ご心配をしているようなことはありません」


「……えと、それでは、次の契約というのは一体何を?」


「次の仕事も同じことです。 道案内をしてほしいのですよ。 もっとも、ただ案内と言っても町の観光案内ではありません……迷宮の道案内です」


「迷宮……ですか?」


「ちょっとシンプソン!! あんたこの子に迷宮探索をさせるつもりなの!?」


「えぇ、そのつもりです」


 迷宮探索に小さな少女を連れていくという提案に、クレイドルはシンプソンにそう怒鳴るが、それが何かと言いたげにシンプソンは首を縦に振る。


「ふざけんじゃないわよ! こんな小さな体に細腕、剣も握れないし鎧も着れないじゃない!」


「問題はないでしょう」


「大ありに決まってるでしょ!? まさかあんた、この子を盾にして迷宮攻略をするつもりなの? あんたもほかのやつらと同じなのね、この子が人間じゃないから、盾にしたって問題ないって、そう思っているんでしょう!」


 確かにクレイドルの言う通り、ガルムの迷宮は過去十年攻略者の居ない危険な迷宮である。 年端もいかない少女に迷宮を歩かせることは自殺行為に近しく、その道を歩かせるということは奴隷として扱うよりも過酷なことであり、通常考えれば生きて帰ることは不可能だ。


「落ち着いてくださいよクレイドルさん」


「落ち着けるかってのよ! この子はもう十分苦しんだじゃない! これ以上は許さないわ、迷宮には魔物も罠もあるのよ? こんな子が探索なんてできるわけない! 守ってあげないと!」

 怒鳴るクレイドルをなだめていたシンプソンであったが、その言葉に表情が変わり空気が凍る。


「守る? それは彼女がか弱い少女だからということでよろしいですか?」


「そうよ、そうに決まってるじゃない!」


 シンプソンの問いかけに、クレイドルは声をさらに荒げるが。


「だとしたらあんた……この子を舐めすぎだ」


 飄々とした薄ら笑いではない、タカの目のように鋭い瞳がクレイドルを貫き、クレイドルは少しだけ冷静になる。


 ひるんだわけではない。 

シンプソンが本気でこの少女が迷宮を攻略できると思っているのが伝わったからだ。

 

 「……舐めすぎって、どういうことよ」


 だからこそ、クレイドルはシンプソンに彼女をスカウトした理由を問うと、シンプソンはその言葉を待っていたかのようにいつもの飄々とした笑顔に戻る。


「では証明を……エリンさん、あなたはここに来るまでに道を二度変えましたが、それはなぜですか?」


「へ? あ、えと、それはその道の先に人がいたからです」


「ふむ、それは何メートル先?」


「200メートルくらいですね、あの道から道路に出ると鉢合わせになったので、道を変えました。 大柄な男の人と、小柄な人が一人ずつのペアでした」


「あの距離から……そんなことまでわかるの?」


「森の中で生きるエルフ族の耳は私達よりもはるかに良い。さらには言語能力も私達よりも優れています。鳥の声や、動物の鳴き声、時には魔物と話せるものもいるほどです」


「動物と話ができるって、本当に?」


 いぶかし気にシンプソンを睨むクレイドルであったが。

 会話を理解しているかのように「めぇ」と羊が鳴いた。


「ちなみに、この羊はなんていっているかわかりますか?」


「え、えと、そちらの方に食べられそうになったと」


「た、食べようとしてないわよ失礼ね!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るクレイドルから迷える子羊たちは離れていき、エリンの後ろにさっと隠れる。


「ふふっ、その会話の時に彼女はいなかったですから、私の話が嘘ではないことが証明されましたねぇ」


「ぐぬぬ……でもでも、迷宮でそんなの役に立つの? 魔物にたべないでくださいーってお願いでもさせるつもり?」


「ははは、面白い冗談ですね。 ですが違いますよ、重要なのはこの人があふれかえる町で彼女がひとに出会わないようにここまで案内をしてくれたという点です」


「どういうこと?」


「まず、迷宮攻略は戦争ではありません。 魔物に勝つのが目的ではないし、あの迷宮の場合は最下層で魔王が待ち受けているわけでもない。 私たちはひたすらに迷宮に眠る宝を手に入れるために探検をするだけなのです」


「そんな事わかって……」


「いませんよ、今あなたは迷宮に挑むといったときに剣を握ると言いました。 確かに迷宮での魔物との戦闘は考えられる事項です。ですが、無尽蔵に湧き出す魔物を一階層から最下層まで逐一相手にしていれば、どんな豪傑な人間とて限界が来ます。 私の見立てでは、迷宮攻略者がこの10年いまだに現れていないのはそれが原因でしょう」


「でも、そうしたらどうやって迷宮攻略なんてするんですか?」


 間で聞いていたエリンは、ようやく話の内容に追いついたのか、シンプソンにそう問いかける。


「戦うことに目がいきすぎなんですよ皆さん。 確かに魔物は恐ろしい存在です。 できれば排除したい気持ちもわかります。 ですが迷宮攻略において最も重要なことは、戦うことよりもいかに戦闘をしないで潜るのか、ではないでしょうかねぇ?」


「た、確かに言われてみれば……」


「めぇー(ちょろいなこのねえちゃん)」


皆さんいつも応援ありがとうございます! 続きが読みたいとなりましたら、ブクマ・感想・レビューどしどしお願いします!

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