一応シンプソンは有能です
「町を出たので、ここまでくればもう大丈夫なはずです」
曲がりくねった道を、まるで迷路のようにしばらく走り続けたのち。
シンプソンと女神クレイドルはその言葉を契機に足を止め、息を整える。
「ふぅ……本当に路地裏を通ってはこないんですねぇ」
「おかげで助かったけど……はぁ、はぁ……できることなら二度とこの町には来たくないわ。大通りの見た目の良さに完全に騙されたけど、この町は汚いものを日陰に隠してるだけ……逃げてる間にも、彼女のような服を着た奴隷の子がたくさんいたもの」
「まぁ、町に限らず何かやましいことをしている人間というのは、総じて目に見える場所は派手にきれいに飾ろうとするものですからね。 ですが言い換えるならば、奴隷商売をやましいことととらえているのだとも取れます。 心のどこかでは、もしかしたら間違っているということに気づいてはいるのかもしれませんね」
「シンプソン……あなたもしかして、慰めてくれてるの?」
だとしたらわかりにくいにも程がある慰め方ではあるものの、その言葉に、クレイドルは何となく聞いてみるも、シンプソンはクレイドルに向きあうことなく。
「さぁどうでしょうね」
とだけ返答をした。
「お二人とも、ここを抜けた先が馬屋になっています。 あと少しなので急ぎましょう」
二人の会話が終わったのを見計らってから、エルフの少女はそう提案をして歩調を早める。
「あれ? もう馬車って出ちゃうの?」
「いいえ、ですがかびたパンが全財産であったほどです。 甘いものなど久しぶりなのでしょう。気が流行るのも無理はありません。 もともとエルフ族は果実や花の蜜など甘いものに目がない種族だと言われていますし」
その姿は到底先ほどまで死の淵にいたとは思えず、満足げにシンプソンはうなずく。
「体が弱っていた点が不安要素でしたが、あれだけ走れるということは、術後の経過は良好のようですねぇ。 後遺症もあの分だと、傷口が開くこともなさそうです」
「普通あれだけの蘇生魔法を使ったら、体に負担がかかって三日は動けないはずなんだけど……疲労の様子すら見えないわ」
「そりゃ、私腕はいいですから」
「それ、自分で言う?」
「謙遜はお金儲けの妨げになりますからね。 ですがあながち誇張でもなかったはずですよ? そこら辺の神父などとは一線を画すという自負があります」
「本当逐一発言がむかつくけど、そこは認めざるを得ないわ。 腕もよければ仕事も丁寧、女神が太鼓判を押してあげる。 一体どうやったのよ? どんな人間だって、蘇生の直後はひどい再生痛と倦怠感に苦しめられるはずなのに」
「ふふっ、何簡単な話ですよ。 蘇生痛の原因は、蘇生をした際に体内に怪我が残っていることが原因です」
「怪我が残っている?」
「蘇生魔法には再生と蘇生を同時並行に行うという特徴がありまして、生命維持が可能になった時点で蘇生が終了をします。 つまりは大けがを負って死亡した場合は、死なない程度のけがになったところで生き返るといった所ですね。 これは、最低限度の再生にとどめるのは蘇生をすることによっておこる魂の摩耗を最低限度にとどめることができるという利点があります」
「そうね、蘇生には大きく魂への負担がかかる。 だから年齢が高くなった高齢者や、何度も連続で蘇生を繰り返したり、死亡して時間が経過するにつれて、蘇生が失敗する可能性が高くなる」
「ええ、ですので私は生き返らせる前に、肉体の損傷を修復してから蘇生魔法を使用しました。 損傷した臓器を再生し、断裂した筋肉と神経をつなぎ合わせ、失われた血液による貧血を防ぐために体内に輸血も施し、その後蘇生を行いました」
「そんなこと本当にできるの? 死体に効果のある回復魔法なんて私作った覚えないけれど」
「ええ、これは奇跡魔法ではありません。=形状記憶=という魔術を使用しました。 破損した物をもとあった形状にもどすことができます。 当然魔法には私の魔力を用いますので、魂の摩耗は起こらない」
「あんたそれ、さらっと言ってるけど魔法と奇跡を同時並行で放ったってことよね。 大賢者レベルの高等技術じゃない……なんで神父なんかやってんのよ。 魔導王国にでも行けばそこそこの地位を得られたかもしれないわよ?」
「えぇ、その可能性も視野に入れたこともありますが、神父の方が簡単にお金儲かるので神父にしました。 地位も権威も必要ありませんし邪魔なだけですから」
「筋金入りって、あんたみたいなやつのことを言うのね……ちなみに、輸血って言ったけどあんたもしかしていつも血液なんて持ち歩いてんの?」
「そんな保存の難しいものもちあるくわけないでしょう……輸血したのは私の血ですよ」
「へ?」
「私は幸いにも特殊体質でしてねぇ、どんな人間の血液と混じっても拒絶反応を起こさないのです。 あれだけ小さな体ですから本当に少量で足りました……ちなみに空腹が取り除かれたのも、栄養たっぷりな私の血を取り込んだからですね。 天然の点滴といった所でしょう。直前に多量の糖分を摂取していたので多分彼女死ぬ前よりも健康体ですよ」
その言葉に、奇跡魔法の頂点に立つクレイドルをしても驚きを隠せないという様子で目を丸くする。
「自分の血を抜きながら魔法と奇跡を平然と三つ……それをあの短時間でやってのけるなんて……手間暇なんてもんじゃないわよ。 魔力は血液に溶け込んでるんだもの……サキュバスに魔力吸われながら大魔法行使するようなものよ? 普通だったら魔力切れでぶっ倒れてもおかしくないってのに、直後に全力疾走しても息一つ切れてないって、あなた本当はエルダードラゴンが化けてる存在だったりする?」
「ははは、まぁ通ってきた修羅場が違いますから」
「あんたもしかして……ううん。やっぱ何でもない」
クレイドルは一瞬脳裏にある可能性を思い浮かべたが、ありえないと首を振るい、シンプソンはその言葉にそうですかとだけ返事を返した。
「それにしても、あんた蘇生魔法かけるときはいつもあんなことしているの?」
「ええ、もっと巨漢だったりすると私の血が足りなくなってしまいますので、ほかの人に輸血をお願いすることもありますが」
「丁寧な仕事するのね、とてもそんな人間には見えないけど」
カラカラと、クレイドルはからかうようにシンプソンにそういうが、いたってまじめな表情でシンプソンはいいえとそれを否定する。
「丁寧でなくてどうするのですか。 リピーターを確保するためにはほかの誰かと一線を画す必要があります。 適当な仕事には適当な稼ぎしか生まれない。 実直な仕事にはふさわしい報酬を、それが仕事の理というものでしょう?」
「ドケチ神父がよく言うわね」
「えぇ、だから魔法の研究ではなく神父を選んだのです。 だって奇跡魔法はお金かからないですし。 ただなものはいくら工夫を凝らしてもロハなのです。 であれば報酬のためにできる限りを尽くすのは当然のことですよ」
「ふーん……でもなんで、あの子を助けたのよ」
「なぜとは?」
「とてもじゃないけど、あんたがパン一切れであの子を助けるとは思えないって言ったのよ……」
「奇跡魔法の対価は総資産割合の一割と相場が決まっています。 あの子にとってあのパンは全財産であったのですから、仕事を受けるのは当然かと」
「はい、嘘。 それは教会での話でしょう? フリーランス名乗って、しかもルールなんてお構いなしに好き勝手にやってるあんたが、お金にかかわるルールだけ律儀に守るって方がおかしな話よ」
「クレイドルさん、人を疑うって言葉を覚えたようですね」
「おかげさまでね。 まったく、一瞬あんたを見直しかけたけど、さすがにもうそんな簡単には騙されたりしないんだから……言っておくけどあんたもあの子を体よくこき使おうだなんて思っているなら」
「拳ですか?」
「魂引き抜いて消滅させるわ」
「………まじ?」
「神様だもの。 人を間引く能力ぐらい持ってるわよ……使ったことないけど、あなたが最初の人になるわ」
「ちょっ!? 意味深な黒い光出さないでください!? 確かにおっしゃる通り、いつもだったら私も無視しますよ普通は!」
「ほら! 何する気? 場合によっちゃあんたのこと殺してでも食い止めるわ! お願いだから、これ以上あの子を苦しめないで上げて!」
懇願するようだが、その瞳は笑っておらず、手にまとった黒い光は大きくなる。
「わ、わかってますって! そんな怖い顔しないでくださいよ! やだなぁもう。 奴隷になんてしませんよ、ただ契約をするだけですって」
その言葉に、クレイドルはきょとんとした表情で魔法を中断する。
「契約?」
「ふぅ、怖かった。 丁度いいからさっきの話の続きをしましょうか。焼き鳥屋の前で話したことを覚えていますか?」
「え、えと確か、投資についてよね? お金に働いてもらうとか」
「ええ、その最後で私は投資をする際にはわからないものに投資をしてはいけないと言いました」
「そうね……よく考えれば、育て方のわからない植物を買っても、枯らせてしまうかもしれないし、何かものを買ったとしても、それがいいものかわからなければ値段が上がるとも限らないもの」
「そういうことです。 ですが私、自慢ではないですが魔法も剣の良さも、ケチなのでお酒の良さも食べ物の良し悪しもわかりません」
「だめじゃん」
「えぇ、だからこそ私はそんなものに投資はしませんよ」
「じゃあ、あなたは何でお金を儲けているのよ?」
「私は人に投資をするのです」
「人?」
「ええ、私は人の可能性を知っている」
「人に投資って……」
「お二人ともつきましたよ!」
クレイドルの質問は、無邪気な少女の声にかき消され中断をされ、シンプソンは馬屋を見回すと馬に干し草を与えているガドックの姿があり、こちらに気が付くと手を振ってくれる。
「随分早かったな。 遅かったら置いていこうと思ってたんだ、こいつらの食事も終わってねぇぜ」
「時は金なりですからねぇ、この子が近道を教えてくれたおかげです」
そういってシンプソンはエルフの少女を紹介すると、ガドックは何かを悟ったように片眉を上げる。
「ははーん? 町中がやけに騒がしいと思ったら、お前が原因か……また巻き込みやがって、最初から巻き込むつもりだったんだな?」
「いえいえ、偶然ですよ。 ね?」
「……そうだったはずだけどそうじゃない気もしてくるわね」
クレイドルはシンプソンを横目でにらむが、シンプソンは気にしないといった様子でエルフの少女の肩に両手を置く。
「一人増えますが構いませんよね?」
図々しい問いかけに、不安げにエルフの少女はシンプソンを見上げるが。
ガドックはどうでもいいといった様子で変わらず馬に干し草を与え。
「構いやしねえよ、羊の半分も重さがねえだろ、そっちのガキは……まったくこんなやせ細っちまって……中にリンゴがある、どうせ捨てちまう分だから好きなだけ食いな」
そういって搭乗を許可した。
「あ、ありがとうございます!」
「さ、どうぞ中へ」
元気よく入っていくエルフの少女を、ガドックは優しい表情で見つめる。
まるで子供を慈しむ父親のようであり。
「優しいのね」
クレイドルは思わずそうガドックに声をかけた。
「俺にも、あれぐらいの娘がいてな……はるか昔の話だが」
「え……それって」
「なんでもねえ。 仕事がある、お前さんも馬車に入ってろ」
「あ、う、うん」
クレイドルは馬車に乗り込む。
ガドックの言葉の意味を問うことは出来なかった。