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利用された女神とエルフの死


「やきとりおいしぃー! タレが、タレが甘じょっぱくて最高よ!」


「そうですか」


 リンゴをかじるシンプソンは隣で大げさな動きをして焼き鳥を食べる女神の感想に適当に相槌を打ちながら町を眺める。


「いかにも、戦争が終わった後の町といった所ですねぇ」


「そうね、のどかよねぇ……戦争が終わってあと少しで100年。 みんな活気があるし平和だわ!」


 シンプソンの何気なく呟いた言葉に、クレイドルは嬉しそうに語るが。

 その言葉にシンプソンはため息を一つ漏らすと。


「……えぇ、どうやらあなたにはそう見えているようですねぇ」


 あきれたような言葉をつぶやいた。


「? どういうことよ。いい街じゃない?」


「確かに表向き日の当たる場所では活気づいた素晴らしい街です。 ですがお金を稼ぐにあたり大事なのは表面の美しさではありません、その中身です。 表面の美しさだけにとらわれては、お金を稼ぐことは出来ません。何が素晴らしく、何が悪いものかその真贋を見極められないのなら投資をしても失敗をします。 自分でさえよくわかっていないものに投資をするのもご法度です」


「中身?」


「よく見てください、日の当たる場所にいるのは人間だけです」


「え?」


 クレイドルはその言葉にはっとした様子であたりを見回す。

 確かにこの辺りには人間の姿しか見当たらない。


「た、確かに……ここが人間の町だからかしら?」


「いいえ、では日の当たらないところを見てください」


「日の……当たらないところ?」


 クレイドルの視線が泳ぐ。

 はじめは表通りから……そしてやがて、言われた通り隠されるように日の当たらない裏路地へと。

 そこには、ぼろぼろの服を着たエルフ族や、首輪をつけられたドワーフにノーム……。

 説明を受けずとも、その存在が何であるのかは女神クレイドルでさえもすぐに理解をする。


 そこにいたのは奴隷であった。


「な……何あれ、奴隷……よね? なんで? 奴隷は法律で禁止されて」


「いませんよ、禁止されているのは奴隷の売買です」


「ど、どういう意味?」


「売買するのは禁止ですが、人を奴隷にするのは禁止されていません。 人身売買は禁止されていませんし、購入した人間をその後に奴隷にすれば法律に抵触は致しません……まぁ人間に限り人身売買も違法とされていますがね」


「な!? 何よそれ! 人身売買もそうだけど、なんで人間だけ……」


「子供じみた言い訳だとは思いますし、めちゃくちゃだとも思います。 ですが許されるのですよ。 人間はこの世界で最も崇高な存在ですからね」


「そ、そんなのふざけてるわ! 人間だけが特別だなんて、そんなの傲慢よ!」


「やはり、あなたが認めたわけではないのですね」


「あったりまえじゃない! 奴隷なんて却下よ却下! 確かに人間を作ったのは私だけど、ドワーフもエルフもノームもその他の種族だって、みんなみんな私の大切な子供たちよ! 人の上に立つのは良い、だけど人の尊厳も自由も奪う奴隷なんて……私は絶対に認めないんだから!」


 大声をあげてシンプソンに掴みかかるクレイドル。


 しかしその手をシンプソンは払う。


「別にあなたが認めようが認めまいが、この今こそが現実です……そしてついでに言うと、あんまりそんな言葉を大声で叫ぶのはやめた方がいいと思いますよ?」


「え?」


 ふと、先ほどまで町を歩いていた人間の足が止まっている。


 井戸端会議に華を咲かせていた婦女子も、せわしなく木材を運んでいた青年も……そして先ほどまで焼き鳥をせわしなく焼いていた男。 交わるはずのなかった視線が、女神クレイドルへと一つに集まる。


 その目は、神の発言とはつゆしらず……クレイドル教の掲げる神の言葉を否定したならず者を侮辱する瞳。

 

「何よ……これ」


「まぁ、我々は人間ですから、この程度で襲ってくるわけでもないのでいいですが……いやはやあなたがそんな目を向けられるとは皮肉もいいところですねぇ」


「なによこれ……すごい、冷たい目」


「これがあなたの作った世界です。 さて、居心地も悪いですし場所を移しましょうか。どうせこの町にもあと数時間しかいないのですし、気にする必要もありません」


 そういいつつも、シンプソンはゆっくりとその場から立ち上がる。


鬼のような形相で焼き鳥屋の店主がクレイドルを睨みつけ、逃げるようにクレイドルも続けてベンチから立ち上がる。


 真っ白なベンチには【人間用】という文字が刻まれていることに、クレイドルはその時初めて気が付いた。


「あ、ちょっ!? ちょっとシンプソン! 何なのよ今の!」


「何って、クレイドル教の教えですよ。人ならざるものを人として扱うべからず。扱いし者それすべからく背信者とみなす」


「はぁ? 何よそれ!? そんなことする奴の方が背信者よ! クレイドル教会は何をやっているの……こんな教えが広まっているっていうのに、どうして何もしないのよ」


「そりゃ、この教え広めたのクレイドル教会ですし……よくまあ百年もあなたに隠し通しましたよね……そりゃ神の座に押しとどめるわけですよ」


「は? ちょっとまってよ……」


 カソックのすそをつかんでいたクレイドルの足が止まり、シンプソンは振り返る。


「どうしました?」


「それって、クレイドル教がこの現状を作ったっていうこと? それがばれたくないから、私を神の座に閉じ込めてたっていうの? この町だけじゃなくて、もしかして、世界全体が……人間以外の種族を、人として扱っていないの?」


「そうですよ?」


 あっさりと、シンプソンはその事実を認め、クレイドルは絶望をするでもなく、悲しむわけでもなく。


「ふざっけんんじゃないわよ!? あんの【自主規制】の【自主規制】野郎共! この女神クレイドルをだましてよくも好き勝手やってくれたわね! 【自主規制!】」


 牙をむき、おおよそ昼の一二時に人前で発してはならない禁止用語を並べたてながら自分を神の座に押しとどめていた大司教たちに暴言を吐く。


「落ち着いてくださいよはしたない。ていうかあなたそれ回りまわって自分のことけなしてますよ?」


「うるせー! これが落ち着いていられるかってのよ! あんたは何とも思わないわけ?」


「そうですねぇ、実に愚かしい行為だとは思います……」


「でしょ! そうよね!? あんたがまともでよかったわ! そもそもそんなの人として……」


「お金になりませんからね」


「は?」


 怒り狂うクレイドルに対し、シンプソンは静かにそういい、クレイドルは一瞬理解できないといった表情をする。


「ですから、そんな奴隷制度なんてくだらないことを正当化するために頭こねくり回すなら、もっとお金になること考えた方が有意義だと思うんですよね、私」


「こういう時までお金のことかあんたは!」


「だから最初から言ってるでしょう? 私はお金にしか興味がないんですよ」


「あ、あ、あんたたちは一体どうなって……」


 怒りと混乱に、顔を真っ赤にしながら、クレイドルは自分の頭をかき乱しながらやり場のない怒りにうめき声をあげる。


 と。


【ガタン】


 馬のいななきと同時に、何か鈍い音……そして何かがつぶれるような音が道路に響き、赤い鮮血のようなものがびしゃりとクレイドルの足元まで飛び散る。


「え?」

 

 偶然か、それともこの町ではよくおこることなのか。


 音のする方へとクレイドルは視線を向けると、そこにはぼろぼろの麻の布に身をつけ首輪をつけられた少女が道路で倒れていた。

 体はやせ細っており、その周りにはおおよそ彼女の体には似つかわしくないほどの量の荷物が転がっている。


 石畳の溝に赤い血液がガラスのひび割れのようにゆっくりと広がっていき、少女を引いたことを気にも留める様子もなく……馬車はクレイドルとシンプソンの前を悠々とかけていく。


 のこされた少女は、ぼろきれのよう。


 ただ、雇い主なのか……男が一人裏路地から駆け寄り。


「あーあ……何やってやがんだ! 役立たず!」


 そう罵声を浴びせた。


「荷物運びもできないっていうのかよクソエルフ! 仕えねえどころか商品まで汚しやがって、どうしてくれんだ! あぁ?」

 

 罵声を浴びせるも、血まみれの少女に返事はない。

 いや、誰が見ても返事ができるような容体ではない。


「ちっ……これだから劣等種ってやつは」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、男は少女を介抱するでもなく落ちた荷物を拾い集める。


 町の人々は町に吐き出された吐しゃ物を避けるかのように、表情をゆがませて避けていく。


「……え、何よあれ? あの子轢かれてるのに、どうして誰も何もしないの?」


「そりゃ、彼らにとってはモノですし」


「モノって……あの子だって生きてるのよ? おかしいわよあんなの! しかも助けるどころかあいつあんなひどいこと言って!」


「確かにその通りですが。 まぁですがクレイドルさん。そこを問い詰めたところで彼らには……」


「ちょっと! そこのあんた!」


「聞いてないですね」


 シンプソンの言葉を聞き終わるよりも早く、クレイドルは奴隷の持ち主であろう男へと駆けていく。


「聞こえないの? あんたよあんた!」


 ひたすらに叫ぶクレイドルに対し、荷物を集めていた男はうっとうし気に顔を上げ。


「あん? 誰だよお前」


 舌打ちを漏らしながらクレイドルを睨みつける。


「だ、誰でもいいでしょ?! そんな事よりも、あの子! あんたの所で働いてる子なんでしょ? すごい怪我よ、早く寺院に連れて行かないと!」


「あん? 何言ってんだお前、ありゃどう見てもダメだろ。 捨てていくよ、ほっときゃ町の清掃員が片づけてくれんだろ」


「捨てるって……あんた」


「うるせーな、見てわかんねえかこっちは忙しいんだよ。 おら、どけどけ」


「きゃっ!」


 そういうと、男はクレイドルを押しのけて荷物を運んで行ってしまう。

 角を曲がり、姿が見えなくなるまでその男は血まみれになりながらも、小さく肩を震わせる少女に一度も目を向けることすらしなかった。


「横暴ですねぇ」


 そんな一連の流れを静観しつつも、シンプソンはゆっくりと押しのけられ尻もちをついたクレイドルに近づくと、そんな感想を漏らす。


「っ~~! なんなのよあいつ、腹立つ! もうしょうがないわシンプソン、あの男が運ばないなら私たちでやるしかないわ、寺院まで運ぶの手伝ってくれる?」


「まぁ運ぶだけならお金もかかりませんしかまいませんが、運んでも司祭は助けたりはしませんよ?」


「助けてくれない? どういうことよ」


「そりゃ、人間以外の種族を救うのはクレイドル教の教えで禁止されていますから」


「え? 禁止? あんたね、この状況で何適当なこと……」


「私はエルーンの少女に蘇生魔法を使って教会を追放されました……人間以外への奇跡魔法の行使はクレイドル教を信奉する神父たちにとってはご法度なのですよ」


「嘘……」


 シンプソンの言葉が出鱈目であればいいのに、クレイドルはそんな思いを抱きながらも、真剣な表情で淡々と語るシンプソンの言葉に、それが真実であることを理解してしまう。


「嘘よ……そんなの、わたしそんな事」


「薄々勘づいてはいましたが、やはりあなたが望んだことではないのですね。 ですがあなたはこの世界の大神です……責めるつもりはありませんが、知らなかったでは済まされません」


 淡々と、しかしながらシンプソンは冷酷な言葉を言い放つ。

 

 クレイドルは理解する……あの少女を殺すのは自分なのだとシンプソンは教えてくれたのだ。

 クレイドル教の暴走を、世界がこんな状態になるまで何もできなかったこと。


 神の座などという場所にとどまって、限られた世界しか見てこなかった。

 

 その自分の怠惰と愚かさが……今こうしてあの少女の命を奪うのだと。

  

 これが自身の招いた結末であることを否が応でも理解させられる。


「……これは、あなたが利用された結末とでも言いましょうか。 まぁ、私にとってはどうでもいいことです。 そんな思考はお金になりません」


「貴方の言う通りね。 この代償は必ず払うわ……だけど今はあの子を助けないと! 傷の手当ぐらいなら許されてるんでしょ、だったら!」


 償いか、それとも少しでも自分が救われたいと願ったのか……クレイドルは少女を救うために駆け出そうとするが、シンプソンは無駄なことをする女神の手を引いて止める。


「……無理です、内臓がつぶれていますし、頭を強く打っています。 もって三分、外科手術をしようにも、あの体では体力が持たない。 奇跡でなければ死ぬのは必至です」


「そんな……くっ、それなら私が……」


「落ち着いてくださいよ……あなたの魔法は普通の奇跡魔法と違って黄金色に輝いちゃうんです。十年間の幽閉生活で顔が割れていないと言えどもさすがにばれますよ? こんなところで居場所が割れるようなことをしたら……私の謝礼金がパーになってしまうではありませんか」


「あんた!? お金お金って! 私が捕まることぐらい、あの子の命に比べたらね!」


 人の命がかかっている状況でもまだ自分のお金のことしか考えないシンプソンに対し、クレイドルは声を荒げるが。


「はいはい、わかっていますよ、だから助けないとは言ってないでしょうが。 今から助けに行きますから安心してくださいな」


「え」


「私別にクレイドル教の教えとか信じてませんし? そもそもこういうことをするためにクレイドル寺院をやめたんです。 まぁ、助かるか否かは、あの子次第ですけれどね」


 シンプソンから帰ってきた答えにクレイドルは言葉を失うが、シンプソンは変わらず飄々とした様子で息も絶え絶えの少女の元まで歩いていき。


「もし? そこのお嬢さん……助かりたいですか? いくら払えます?」



 いつも通り交渉を開始した。



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