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お金の価値は不変ではないのです

【宿場町ガルガンチュア】


 賑わいを見せる町の中を、シンプソンとクレイドルはふらふらと散歩道を歩くように人の間を縫って歩く。

 大神クレイドルが居る町、聖都に最も近い町ということもあり、町を南から北へと貫くように伸びる大通りには、荷物を担いだ人や馬車や牛車が行きかっている。


 各部族、各国を巻き込んだ大戦争【百年戦争】終結から九十九年。戦争の爪痕は消え去り、そこにあるのは神の庇護下での平和と繁栄であり、クレイドルはそれを噛みしめるように頬を緩ませながらシンプソンの話の続きを聞く。


「いいですかクレイドルさん? 金貨は何もしなければ増えません。 当然分裂もしません」


「もしかして私のことバカにしてるでしょ!? 言っとくけど私の右、本気出したら結構すごいのよ?」


「はいはい……ケガする前にその拳締まってください」


「なんだとぅー!? バカにしやがって!!」


「バカにしてませんから騒がんでください。 当たり前のことですが意外と重要なことですよ?」


「むぅ、そうなの?」


「やれやれ、お金というものは動きません、そして当然何もしなければ増えもしませんが、投資というのはそのお金に働いてもらう……というものです」


「お金に働いてもらう?」


 クレイドルは脳内で、金貨がつるはしで宝石を掘る姿を想像した。


「えぇ、物の価値は常に動いている。先ほどお話をしましたよね?」


「ええ」


「例えばですが、価値が上がるとわかっているものがあるとします。 それを安い段階で買っておいて、価値が上がったところで売却をするとどうなりますか?」


「それは、お金が増えるわね」


「えぇ、私は何もしていないのに、同じものを買ってただ売っただけなのにお金だけが増えている。まるでお金が働いてくれたみたいでしょう?」


「まぁ、言いたいことは何となくわかる……ような?」


「ふむ、ではこのリンゴで例えて……あぁ、もう芯しかないですね」


「あ、ごめんお腹空いてて」


「まぁいいでしょう。 このリンゴ、大体市場で買えば銅貨一枚ですが。もし私がリンゴの木を買ったとします。 確かに最初は木を買うのにリンゴ百個分ぐらいのお金がかかるでしょう。ですが、リンゴの木はおそらく枯れるまでの何十年もの間、一個銅貨一枚の価値のリンゴを、毎年四百個以上生み出してくれることになります」


「ふむふむなるほどね。 それなら何となく意味が分かるわ。 ようは、働いて稼ぐんじゃなくて、お金を使ってお金儲けをする方法、て認識でいいのかしら?」


「ええ、今はその認識で花丸です」


「やたー! 女神賢い!」


 子供のようにはしゃぐ女神。その姿にシンプソンは一抹の不安を覚えつつも町を散策する……と、ほんのりと二人の鼻を香ばしい香りがくすぐった


「何々!? なんかすごいおいしそうなにおいするけど!」


「そういえば、この辺りは焼き鳥が名物でしたねぇ」


「串焼き!? あぁ、なんか甘いものばっかでしょっぱいもの食べたくなってきたわ!時間まだあるでしょ? 行ってみない?」


「私は別に、リンゴ食べてれば飢えませんし、屋台で買うとお金かかりますから」


「とことん守銭奴なのねあなた」


「えぇ、ですので食べるのならばおひとりでどうぞ」


「そ、それじゃあお言葉に甘えて。 おじさん焼き鳥一つ―!」 


 近くにあった屋台に駆け込んでいく最高神。


「やれやれ……子供みたい……というのではなくて、完全に子供ですね」


 頭にバンダナを巻いた褐色肌のおじさんと会話をする女神クレイドル。しばらくその様子を眺めていると、クレイドルは満面の笑顔で走って戻ってくる。


「シンプソーン! 少し時間かかるらしいけど大丈夫?」


「大丈夫ですよ。 馬車の出発にはまだ時間がありますから」


「やったー! 近くに座るところがあるから、そこで待ってましょう! ほら、こっちこっち!」


「子供というよりも子犬ですね」


 焼き鳥一つで満面の笑顔の女神に対し、シンプソンは子犬の散歩みたいだと心の中でもいつつもクレイドルに連れられるままに屋台付近にあった白いベンチに腰を掛ける。


 パチパチと燃える火の音が、町の喧騒に混じって心地よく響く。

 日の当たる場所は暖かい……そんな当たり前のことをシンプソンは一つ視線を裏路地に送って再確認をしながら思案を巡らせていると。


「ねぇシンプソン。 さっきの話だけど」


 クレイドルは何か思いついたかのような表情でシンプソンに話しかける。


「投資の話ですか?」


「そうそう。 仮によ? リンゴの木が実を作る前に落雷とかで燃えちゃったら、損になるんじゃないの? それに物の価値は変動するって言ってたけど、この世にそんな確実に価値が上がるってわかるものなんてあるのかしら?」


「ないですよ?」


「ないんかい!?」


「あたり前でしょう、おっしゃる通りこの世界に100%なんてことはありません。リターンもあればリスクもある。それが投資の醍醐味でもあります」


「つまりは博打と同じことね? 欲をかくものと怠け者は失敗をするのが世の常よ? そんな博打みたいなことするより、おとなしくコツコツ貯金をしていた方がよほど堅実だと思うのだけれど」


「やれやれ、これだから」


「何よ」


「言ったはずです。 この世の中に不変なものなどないのだと、それはお金とて例外ではないのですよ?」


「どういうことよ、金貨一枚は金貨一枚でしょ?」


「ええ、ですがこの世には複数の種類の金貨があります。 我々人間が使うガイア金貨のほかにもエルフ族の使うフォレス金貨、ドワーフのガンロック金貨などがあります」


「同じじゃないの? 金だし」


「あたりまえでしょう? たとえ同じ材質同じ重さの金貨であれど価値が全く異なるのですよ。 ちなみに今ガイア金貨はフォレス金貨20枚分、ガンロック金貨5枚分の価値です、変動をしますのでその都度魔道具によって確認をしないと正確な数字は割り出せませんが、大体そのぐらいです」


「へぇ、人間の金貨が一番価値が高いんだ。 人間も頑張ってるのね」


「……あぁ、やはりわかってなかったんですね」


「へ? 何が?」


「いいえ、話を戻しましょう。 このようにお金の価値は相対的ではありますが変化をします。 今はガイア金貨の価値が高いですが。その価値もいつまでも永遠に上がり続けるという保証はありません」


「なるほどね? 価値が下がった金貨を後生大事に保管してても意味はないわね、確かに」


「えぇ、増えませんし確かにリスクもありませんが、真綿で首を絞められているようなものです。 確かに今はガイア金貨の価値があがっているので、ガイア金貨に貯金をしていれば勝手にお金が働いてくれます。 ただそれは貯金のおかげではなく、単に偶然環境がそろっているだけなのですよ。 ガイア金貨のみに投資をしているのとさほど変わりません」


「な、なるほど」


 もちろん貯金を否定するつもりは微塵もありませんよ? 私も貯金大好きですし、急な出費に対応ができるのは貯金だけです。 今のところ人間の金貨は安定していますからね。ただ貯金一つをとっても、不変で変わらないものなど存在しない、リスクは必ず存在します。たとえば金貨を盗まれたりするのもリスクですし、預けている銀行がつぶれても同じことです」


「あー……確かにそうね」


「えぇ、だからこそリスクを消すことは何事においても不可能です。大なり小なりリスクは存在する。ゆえに重要なのは、いかにリスクを低減させるのかなのですよ」



「リスクを低減させる?」


「ええ、そのためには」


「焼き鳥できたよ嬢ちゃん」


 不意に屋台から声が上がり、クレイドルの興味は一瞬で焼き鳥へと移る。


「わー!? 焼き鳥いいぃ!」


「……この話の続きは後にしましょうか?」


「うん!」


 そんな子供のようなクレイドルに対し、シンプソンは呆れるでもなく怒るでもなく口元を緩ませる。


 和やかとは程遠い、悪だくみをするような笑みを浮かべて。


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