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需要と供給

「そういうことね」


「めぇ~」


 あきれ顔のクレイドルはため息交じりにそう呟くと、馬車が揺れ積み荷と一緒に乗せられた羊はやかましく声を上げる。

 

 天幕が張られた馬車の中は背部が開いており日の光は差し込むものの薄暗く、前を見るとこの馬車の持ち主であるドワーフの農夫、ガドックのたくましい背中が見える。


 揺れるたびにクレイドルの頭を叩くリンゴを見るに、ガルムの町まで商品を運ぶ途中だろう。差し込む日の光に照らされ宝石のように輝くリンゴと毛艶の良い羊たち。そして人二人分のスペースが開けられるようにきれいに積まれたリンゴの木箱から、シンプソンが語らずともガドックという男の誠実さと人柄の良さが見て取れる。


「目的地にたどり着けるなら、椅子があろうがなかろうが関係ありません。春とはいえ夜は冷えますからね。羊で暖は取れますし、何より積み荷をつまんでも、あむ。 怒られまふぇん」


 転がってきたリンゴを拾い上げ、外を眺めながらシンプソンはしゃくりとリンゴをかじる。


「ちょっと、目の前に持ち主がいてよくつまみ食いできるわね」


「許可はとってありますよ、食べつくしたとしても問題はありません」


「食べつくしてもって、どういうことよ?」


「今年は神の恵みのおかげで豊作でしたからねぇ、これは廃棄分です」


 ほらとリンゴの箱を指さすと、暗がりでよく見えなかったが確かにそこには廃棄用という文字が薄く書かれている。


「廃棄って……こんなに? 全然痛んでいるようには見えないし、形も綺麗じゃない」


「えぇ、ですがいかんせん数が多すぎる。こっそり廃棄をしないと売り物にならなくなってしまうくらいにはね」


「どういうこと? たくさん取れればその分儲かるじゃない」


 意味が分からないという様子の女神。 

 それに対しシンプソンはため息を漏らし、外を眺めるのをやめて諦めたように女神の方に向き直った。


「やれやれ、あなたにはまずそこからですか」


「?」


「いいですか? 物、いや物にかかわらず万物には必ず需要と供給があります。 需要と供給、わかります?」


「バカにしないでよ! みんなが欲しがることが需要で、皆に与えるのが供給よ!」


 バカにされたと思ったのか、クレイドルは口を膨らませてそう返答をするが、シンプソンは少し考えたのちにとりあえず細かい指摘はしないことを決めた。


「まぁいいでしょう、ではこのりんごですが、この世界で食べ物がリンゴしかなくなったとして、さらにリンゴも不作で1000個しかできなかったとします。 みんなどうすると思います?」


「そりゃ、いくら払ってでもリンゴを手に入れようとするでしょうね。 食べないと死んじゃうもの」


「ですね。 ではその反対、リンゴの数が増え続けたら?」


「1000個の時よりは安くなるでしょうね」


「そういうことです、これが需要と供給です。 少なすぎれば値段は高騰し、多すぎれば暴落する。 物の価値とは常に変動をしている、そしてそれを決めるのはいつだって人間です」


「それはわかるけど、どうして捨てるのよ?」


「言ったでしょう? 価値を決めるのは人間だと。 あくまで増えたのはリンゴだけです。 リンゴと一緒に人間の人口も増減するなら違ってきますが、いくら安くしたところで売れるリンゴの数にも限界というものがやってくる。 そしてこの世界にはリンゴのほかにも食べ物はたくさんあります」


「あ、なるほど。ほとんどリンゴの価値がなかったら売ってもタダでばらまいているのと変らないのか」


「そういうことです。農家もあくまで仕事ですからねぇ。市場に出回るリンゴの数をこうしてコントロールしているのですよ」


「それじゃあ、これと同じことをほかの農家もやっているってこと?」


「ええ、各農家でそれぞれ出荷する量を定めて、一か所が不作の場合はほかの農家で補い合う。そうして市場に出回る数を毎年一定にすることで、リンゴという価値を調整しているのです。勿論野菜や麦も同じですよ?」


 シンプソンの説明に、クレイドルは眼からうろこが落ちたという様子で感嘆の声を漏らす。


「すごい、いろいろと考えられているのね? 昔は食べ物も足りなくて争ったりしていたのに……あの時は大変だったわ、戦争を止めるために魔力欠乏で死にかける寸前まで豊穣の魔法を大陸全土練り歩いてかけ続けたのよ?」


「あれ本当の話だったんですね……おとぎ話でしか知りませんが、今の繁栄はクレイドルさんの努力の賜物というわけですね。 人間の暮らす土地ではここ百年飢饉は起こっていないと聞きますよ?」


「えへへ、頑張った甲斐はあったみたいね……でも、なんだかもったいない気がするわ。捨てちゃうだなんて」


 シンプソンの素直な称賛に、クレイドルははにかむも。 どこか寂しそうな表情で排気用のリンゴを一つ手に取りかじる。

 甘く蜜のたっぷり詰まったリンゴの味は懐かしく、廃棄されるとは思えないほど。

 しかしシンプソンは首を振る。


「なに、確かに捨てるのはもったいないですがあなたも神ならばわかるでしょう? 生命の死は無駄になどならない。このリンゴは廃棄されますが、その廃棄されたリンゴを糧に人間以外の動物の命が巡る。 無駄なものなど何もないのです……現にこうして私たちもただでリンゴにありつけていますからね」


「なるほどね、ところでこのひつじさんも廃棄されるの?」


「めぇ!?」


 羊の一頭が「そうなの?!」と驚愕したような表情でシンプソンを見る。


「いいえ、その羊はガルム地方に輸送しているだけですよ。 ですから食べちゃダメです」


「た、食べないわよ……確かに肉付きは良くておいしそうだけど」


 食べない……と言いつつもその表情は残念そうであり。女神の周りから迷える子羊たちは距離をとった。


「この羊はガルム地方に売られるのですよ。 あちらは迷宮のおかげで発展し続けていますからね。 人口もこの数年で約倍。 羊毛がいくらあっても足りないほどです」


「そうなの? 迷宮なんて百害あって一利なしだと思うけど……魔物は沸いてくるし、治安も悪くなるし」


「やれやれおバカですねぇ」


「なんでよ!?」


「百年戦争のあと大きな戦争が九十九年起こっていない現状に、何処の国も軍備を縮小する傾向にあります。そうすれば当然、リストラされた兵士や傭兵にとっては、迷宮こそ唯一の職場といった所でしょう。 迷宮の魔物は無尽蔵であれば、加えて尽きることのない宝の山。 本来地上ではめったに見ることのできない魔物の素材もわんさかとれる。 しかもその謎がいまだに一ミリたりとも解明されていないし、最深部がどこなのかさえ十年間わかっていない。 職・学問・そして経済……そのどれをとっても人々の関心が引かれるものそれが迷宮です。 あと3~4個できないものですかねぇ?」


「え、縁起でもないこと言わないでよ!? あの迷宮、あんたが想像しているよりもよっぽど危険なものなんだから!」


「ほぉ、それは女神さまが直接出向かなくてはならないほどに……なのですか?」


「え、ふえ!? な、なんでわかるのよ」


「やれやれクレイドルさん。 あなたは少し自分の口の軽さを自覚した方がいいですねぇ。 その口ぶりじゃ、自分で目的地を明かしているようなものでしたよ?」


「わ、悪かったわね!? でもあんたには隠す必要はないしいいじゃない」


「まぁそうですが……しかしなぜ神である貴方自らが迷宮に?」


「あんたも知ってるでしょ? あの迷宮に眠る宝の話」


「いろいろと噂はありますが……まさか一番眉唾なリルガルムの聖杯ですか?」


「そうよ、この世界すべての願いをかなえてもなお尽きることのない奇跡の願望器。それを手にしたものは世界の覇者にも一から世界を作り変えることもできる神代の宝」


 どこかの風の噂できいたセリフをそのまま目前の女神クレイドルは語り、シンプソンのリンゴをかじる手が止まる。


「……迷宮が出来て九十九年。 冒険者たちの間でまことしやかに囁かれている単なる与太話だと思っていましたが」


「それが、本当にあるから困っちゃうのよねぇ」


 ため息と同時に語るクレイドル。 

 しかしその言葉にシンプソンは数秒何かを考えるような素振りを見せた後。


「それはそれは……」


 といって窓の外へと視線を戻し、クレイドルは意外そうな表情をする。

「あんた、守銭奴のくせにあんまり興味ないって感じね?」


「だって危険なんでしょう?」


 神父の返答に、クレイドルはきょとんと眼を丸くし「知ってたの?」と問いかけるが、シンプソンは首を左右に振った。


「いいえ、ですが少し考えれば誰だってわかりますよ。 この世界を作った大神クレイドルですら万能ではないこの世界で、万能の名を冠するのです。 この世はすべて等価交換。 無償の奇跡などあなた以外存在しえない。 ゆえにその願望器、願いをかなえるために何か取り返しのつかないものを犠牲にするのでしょう? だから貴方自らが回収に向かった。 違いますか?」


「……あんた、私に読心魔法かけてないわよね?」


「使えたとしても女神に魔法は通用しないでしょう」


「まぁそうだけど。 その通りよシンプソン。 あの迷宮に眠る宝は破滅によって人の願いをかなえる神具。 なんでそんなものがあるのかは分からないけど、あんな迷宮に守られているのを見ればわかるでしょ?」


 守られているという言葉を使用したクレイドルに対し、シンプソンはまたも興味を取り戻したようにクレイドルの方へと視線を戻す。


「ははぁ……なるほど、やはり噂は飛躍しますね……あの迷宮は突如現れたものではなく……もともとあったものを誰かが発見したのですね?」


「ほんと、あんた頭の回転だけは速いわね。 その通りよ、私のお父様とお母さまが危険すぎるいわくつきの宝や、人に余る財宝を封印した宝物庫。 あたりを山に囲まれたようなど田舎に迷宮を作って念入りに封印をしていたんだけど」


「確かガルム地方は戦争の激戦区で、初めて核撃魔法が使われた土地でしたねぇ。 なるほど、迷宮の扉は開いたのではなくこじ開けられたものでしたか」


「そういうこと。 百年戦争最後の戦いは、最高位魔法メルトウエイブ。 核撃魔法が戦争終結の決め手になった」


「神の御業によっても蘇生ができないほどに存在を焼き尽くす究極の魔法……多くの人が返らぬ人となりました」


「そうね……本来であれば、神の封印を解けるほど発展をしたことを喜びたいのだけど……それが戦争による結果というのは素直に喜べないわ……争うために、私は人を作ったわけじゃないのに」


「人はいつだって技術が先に延び、その後に心が成長をするものです。 子供だってそうでしょう?」


 さみしそうな表情をするクレイドルに対し、シンプソンはそう声をかける。

 慰めたつもりはなかったのだろうが、ほんの少しだけ、クレイドルの痛みが引いたのは間違いない。

 

「……まさか、神が神父に諭されるなんてね」


「仕事ですので」


「まぁそれはともかく。 開いちゃったもんは仕方ないし、中の財宝にも私は別に未練もないからあげちゃってもいいんだけど。その最奥にあるリルガルムの聖杯だけは別。 あれだけはマジ物の危険物! ヨグソトースもアジダハーカも顔真っ青にして逃げ出す特急破壊兵器なの! だから、私の手であれだけはこの世から抹消をしないと」


「それは大変ですねぇ。 その前者のお二人が何者かは存じ上げませんが……クレイドルさんのお知り合いですか?」


「え? あぁまあそんなものよ。 とりあえず、人の世界には干渉はしない。 だけど神が残したものを片付けるのは神の仕事だもの、皆には悪いけど、あの最奥にあるのは期待しているほどいいものじゃないわ」


「そうなんですねぇ、まあもとより万能の願望機など本物であったとしても願い下げですがね」


「意外ね。 あんたなんかは真っ先に欲しがると思ってたけど」


「願望をかなえ続けた人間。 それの行きつく先は滅びです。 どんなにうまく使おうが結末は二つ。 自分が滅びるか、自分以外の全てが滅びるか。そのどちらかですよ。私は今の世界は気に入っています。 未来があり、お金を稼ぐために投資をする価値がある。今があれば私には願望機など必要ありません」


「投資? なにそれ、あんたがガルムの迷宮に挑むのと何か関係でもあるの?」


「ええまぁ。投資というのはですね……」


「シンプソン、いったん休憩するぞ! 馬に飯食わしてやらねえと!」


 説明を始めたシンプソンの言葉にかぶせるように、ガドックの声が高らかに響く。


「ふむ、予定よりも少し早い時間の到着……順調ですね。 狭い中でずっと話し込むのも退屈でしょう? 話の続きは町を歩きながら話しましょうか……ほら、リンゴでも食べながら……ね?」


「そうね……座り続けてお尻痛くなってきちゃったところだし」


 シンプソンの提案に、クレイドルはそう返答をして、リンゴを口にほおばった。



ややこしいので解説。

百年戦争・クレイドルをめぐる宗教戦争であり、言葉通り百年続いた。

核撃魔法「メルトウエイブ」により、多くの犠牲を出したのちに終結をし、奇しくも「核抑止」による平和が九十九年続いている。

 クレイドルは来年に控える戦争終結百周年の記念式典に参加する準備のために巡礼を行っている(ということになっている)


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