道に迷っているところを子羊に導かれる系女神
「もしそこにエリンさんの言う様に隠された入り口があるとしたら、誰も手に付けていないお金を独り占めすることができるのです! 大金と多少の疲労! これをローリスクハイリターンと呼ばずになんと呼びましょう!」
高らかに語るシンプソンではあるが、クレイドルは都合のいい部分しか語らないシンプソンにすかさず突っ込みを入れる。
「いやいや、さすがの私も騙されないわよシンプソン。 遺跡近くでコボルトに襲われるリスクとかも考慮に入れなさいよ……疲れるだけだなんてよく平気で言えたわね」
「はて、エリンさんの耳があれば心配事に含む必要すらないと思うのですけれどねぇ」
「リスクはリスク、危険であることに変わりはないわ」
「ふむ、まぁ確かにそうですね、クレイドルさんの言う通り説明義務を怠ったのは私の方に火があるでしょう。しかし何事にも必ずリスクというものは存在します。そしてそれは決してゼロにすることなどできはしないのです。リスクを負いたくないというのは、何もしないのと同義です……そして何もしないリスクというものから逃げることができなくなる。今回の例でいえば、そうですね、聖杯があなた以外の何者かの手に渡るとかですかね……」
「むっ……それはわかるけど、博打で命を落としてしまったらそれこそ意味がないわ」
「その通り、だから私は博打を打ちません。 リスクはゼロにはできないものの幸いなことに準備次第では抑制をすることができる。あらかじめリスクを回避する方法を確保したうえで挑むのが正しい投資の仕方。えぇ、だからこそエリンさんを仲間にしたのですよ」
「わ、私ですか?」
「その通り、私とクレイドルさんだけならリスクばかりの賭けでしょう。 迷宮の魔物たちは私たちの障害となり、それに抗うすべを私たちは持たない。 ですがあなたの耳は魔物と遭遇するという大きなリスクを抑制します。当然絶対に見つからないなんて保証はどこにもありませんが……見つかるリスクは大きく抑制される」
「それは賭けとは違うのですか?」
「大いに違います。博打とは確率が50対50である。もしくはこちらに分が悪いときに用いられる呼称です。リスクとリターンを秤にかけて、手持ちのカードで行けると判断をしたときとお金が減らないときにリスクを背負う。トランプで言えばフルハウスが出るまでカードを引き直す様なものですよ。 賭けには準備は出来ませんが、お金儲けにはいくらでも準備は可能です」
「え、ええと……なんだか納得がいく……ような?」
困惑するエリンであるが、シンプソンは笑顔をエリンに向けると。
「何、難しく考える必要はありません。 私やクレイドルさんにとって、あなたの耳はいかなる名刀をも超える武器になるということです……自分では信じられないかもしれませんが、あなたと契約をしたときに言った通り、私が保証をします」
「……シンプソンさん。 わ、私の耳が、クレイドル様のお役に立てるなんてにわかには信じられないですけれど……でも、シンプソンさんが言うなら信じてみます」
エリンはどこか自信を取り戻したように、笑顔を見せる。
そこにはまだどこか影はあるものの、自信を取り戻したように明るい笑顔だ。
「ふふっ、では決まりですね……なぁに心配することはないですよエリンさん。人間入り口が用意されているのにわざわざ裏口を探したりはしないもんです」
「そうでしょうか? そうだと良いんですけど」
こうして、遺跡へと向かうことになったシンプソンとクレイドルであったが、意気揚々と言った様子のシンプソンの袖を、不安げにクレイドルが引く。
「ちょっとシンプソン」
「はい? どうしましたクレイドルさん」
「私は別に無駄骨でも全然かまわないけれど、その……やっぱり危険じゃないかしら?」
「何でそんなに心配しているんですかクレイドルさん。 遺跡の方なら誰もいないでしょうし、あなただって誰も見てなければ奇跡の一つや二つ起こせるはずですよ?」
エリンにより魔物の危険を排除することができたシンプソン。
だが彼にとって今回の迷宮探索において最も重要視しているのはエリンではなくクレイドルである。
生命と死をつかさどる女神クレイドル。
彼女が起こす奇跡は、この世に存在する奇跡魔法の原型であり。
いかに優秀な奇跡魔法を操る人間がいたとしても、それはあくまで彼女が起こした奇跡を模倣しただけに過ぎない。
ゆえに、クレイドルの起こす奇跡には失敗はない。
蘇生失敗による灰化や消滅の可能性はゼロであり、どのように死体が摩耗損耗をしていようが、魂さえ残っていれば確実に蘇生を成功させる。
たとえエリンが失敗をしたとしても、神による確実なやり直しが約束される迷宮攻略。
これほどリスクを抑えた迷宮攻略は存在しない。
シンプソンはそう考えていたのであるが。
しかしながら、その迷宮攻略のかなめであるはずの彼女が、どこか不安げな様子でシンプソンへと不安を吐露しており、シンプソンはその行動に不可解な点を覚え、小声で疑問を投げかけると。
「確かに迷宮で奇跡は起こせるかもしれないけど、私が死んじゃったら意味がないんだからね?」
クレイドルから同じく小声で帰ってきた言葉にシンプソンは眼を丸くする。
「へ? クレイドルさんって、死ぬんですか? 女神なのに?」
「そりゃ死ぬわよ。 そこらの兵士なんかよりもよっぽど簡単にね、女神の加護のおかげである程度防御は出来るけど、それがなきゃベニヤ板の方がまだ強度があるかもしれないわよ?」
その言葉にシンプソンは成程と頷く。
「ふぅむ、女神さまの奇跡で迷宮攻略ってわけにもいかないんですねぇ。 まぁもともと神様なんかに頼る予定はありませんでしたし、クレイドルさんが死んでも私が治せます。 なぁに、二人同時に死なないようにすればいいだけですよ、何も問題はありません」
「縁起でもないことを言わないでよ! 私たちが死んだらエリンはどうなるの?」
「えぇ、ですから慎重に、欲を張らずに行きましょう」
「……強欲と軽率が人の皮をかぶってるようなあなたが恥ずかしげもなくよくその言葉を言えたわね、それに結局何一つ問題解決してないじゃないのよ」
「本当に失礼なことを言いますねクレイドルさん。それならあなたはどうやって迷宮を攻略するつもりだったんですか? そんな自称ベニヤ板程度の生命力で」
「へっ? あ、えと」
クレイドルの発言にシンプソンも少しだけ眉を顰めてそういうと、クレイドルは慌てるように言葉を濁す。
「まさかとは思いますけど、神の座から逃げ出すことに精いっぱいで、こっちに来てからどうしようかとか何一つ考えていなかったなんてことは……まさか世界創世の女神さまに限ってあるわけないですよねぇ?」
にんまりと相手を小ばかにするように笑うシンプソン。 それに対してクレイドルは額に青筋を浮かべて反論をする。
「か、考えてたわよ! ええ考えていたわ、例えば道中の村人の頭の中に直接語り掛けて勇者にしちゃおうかなとか、なんかよさげな子供の腕に聖痕刻み付けて神の使途として迷宮攻略させようかなとか考えてはいたけど……その、いたけど」
「それこそ他人任せじゃないですか、エリンさんの人生どうこう言う前に、村でのどかに暮らしている子の人生完全にぶち壊してますよ?」
「いいい、言われなくてもわかってるわよ!! だからやらなかったじゃない! つまりはそうよ! 結局無計画よ悪かったわねバーカバーカ!」
「く、クレイドル様」
口げんかに負けたように半べそを掻きながらシンプソンに暴言をまき散らすクレイドル神約50000歳。
その姿にエリンは少し困惑するようにその姿を見ていると。
「エリンさんわかりました? これが神様の正体です。 こんなのに様付けするのだんだんあほらしくなってきませんか?」
「うるっさいわよシンプソン! わかってるわよそれぐらい、私はどーせ光るだけしか能のないポンコツ女神ですよ! お父さんとお母さんみたいに偉大なこともできなければ、こんなんだから教会だって私の言うことなんてちっとも聞かないで好き勝手やってるし!
慈愛と豊穣の女神のはずなのに、こんなんだからエリンにも怖がられて……」
「クレイドルさん……」
「ふえ?」
泣きじゃくるクレイドルの手を、エリンはそっととる。
そこには恐怖ではなく、優しい笑みがあふれておりクレイドルは思わずその表情に見入ってしまう。
「一緒にみんなを見返してやりましょう! 大丈夫です、だってクレイドルさんは女神様なんですから!」
「エリンちゃぁああん……」
少女の励ましに、今度はうれし涙があふれ出し優しく抱きしめるクレイドル。
その吐息は当然酒臭かったが、エリンは嫌な顔一つせずにその胸に抱かれる。
「……さらっと様からサンに格下げされてますし、なにより女神さまが迷える子羊に導かれてどうするんでしょうかとか突っ込むのは無粋ですかねぇ」
そんな二人の様子をシンプソンは複雑な心境で見つめ続けるのであった。
クレイドルは【道に迷っているところを子羊に導かれる系女神の称号を得た】




