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最高神・女神クレイドル

「はぁ、はぁ、はぁ」


 息を切らし、女神クレイドルはフードを深くかぶりながら裏道をはしる。


 追われているわけではないが、しかしこの町を出るまで彼女は足を止めることは許されない。


 女神の守る町から女神が脱走をしようとしている。


 そんなことがばれたら善良な市民は鬼気迫る猟犬へと姿を変えてクレイドルを追い回す。

 過去数度の経験と、それにより何度か半べそを欠きながら大司教に保護をされた記憶が彼女の中で反芻され、全身に悪寒が走る。


「うぅう……怖い……怖いけど……」


 勇気を振り絞る様にクレイドルは左右に首を振り、埃まみれの裏道を通り抜け正門前の大通りへと到着をした。

 

 脱走から一時間が経過……運が悪ければすでに町中に女神の脱走が知れ渡っているころであったが。


「まだ……脱走はばれてはいないみたいね」


 なんとも奇々怪々な表現だが、幸運は女神に味方をした。

 正確には最高神の脱走を聞いた大司教が心労から倒れたことで教会内が大混乱に陥ったのが原因なのだが、女神クレイドルがそんなことを知る由もない。

 

 脱獄は実行をしてからそれが発覚するまでの間にどれだけ遠くまで逃げられるかで決まる。そういう意味では彼女の脱出計画は順調に進んでいたと言えるだろう。


 裏道から大通りをのぞき込むと、外にはいつも通りの商店街の風景。塔のてっぺんからいつも覗いていた騒ぎとは無縁ののどかな風景が広がっている。

 

 つい一時間ほど前に自分がいた場所にしきりに祈りをささげる信者の姿があることから、誰も女神が脱走を図っているなどと想像もしていないといった様子だ。

 

「この分ならば……大通りに出ても」


 そういって、女神は決心をしたように商店街へと続く道へと足を踏み出す。

 

 きまぐれや酔狂で脱走を図るわけではない。

彼女はこの日、この世界の破滅を自らの手で止めるために世界へと足を踏み出すのだ。


「おっと!」


「きゃあ」

 

 だが外の世界とは往々にして厳しいもの。

 勢いよく足を踏み出した瞬間、クレイドルの世界はぐるりと反転をする。

 商店街の先ばかりを見つめていたせいか道の端を歩いていた大柄な男に気が付かなかったようで、なすすべもなくレンガ造りの道路に尻もちをついた。

 

 臀部に走る痛みが、自分の非力さを痛烈に批判をしているような気がする。


「これはこれは……よそ見をしていました、申しわけございません」


 紳士的に手を差し伸べてくれる男。その行動にクレイドルは手を取るが、その行動が過ちであったことに気が付いたのは、立ち上がってすぐ……胸元に光る揺り篭を模した刺繍を見てからだ。


 フードで手しか見えなかったが、運の悪いことに衝突をしたのは神父だったのだ。


「おげぇっ……」


 おおよそ女神が発してはいけないような野太い声が、大通りに響き渡る。


「えと、本当に大丈夫ですか?」


「いいえ、大丈夫よ。こっちこそ不注意だったわ」


 少女は慌ててフードを深くかぶって隠すが、神父は特段気にする様子もなく。

 落とした荷物を拾い上げて少女に渡してくれた。


 不幸中の幸い……どうやらばれずに済んだようである。

 内心クレイドルは胸をなでおろしながらも、気取られないように一緒に散らばった荷物を拾い集める。

 

「随分と急いでいらっしゃるようですが? 一体どちらへ?」


「へ? あ、えと。 少しガルムの町に用事がね……あるのよ」


「おや、迷宮の町にあなたのような少女が一人旅とは」


「べ、別にいいでしょ? 用事があるから行くのよ。 余計な詮索はやめてよね」


「これはすみませんねぇ、ついつい仕事柄人のお話を聞き入ってしまう癖がありまして。お許しを」


「そうみたいね、でも詮索のし過ぎは感心しないわ。人には誰だって、きっと神様だって知られたくないことくらいあるんだもの」


「肝に銘じておきますよ……はいどうぞ」


 集め終わった荷物を大袋に入れ直し、クレイドルはアクシデントを乗り切ったことにほっと胸をなでおろし、手を振って正門の外へと駆け出していく。


「じゃあね、神父様」


「ええ、道中お気をつけて、女神様」


 クレイドルの動きが一度止まり、その後すぐに女神は時が巻き戻されたかのように神父のもとへともどってくる。


「随分と器用なことしますね、女神さ……」


「あわあっわわわわあばっばばば!」


 そんな感想を述べる神父であったが、そんな言葉は聞こえておらずクレイドルは神父へと詰め寄った。


「ちょ、ちょっと待ったなんで私が女神って!?」


「なんでって、神の信徒である神父があなたの顔を忘れるわけないでしょう? シンプソン・V・クライトスと申します。またお会いできて光栄です女神様。おひとりで付き人もつけずに町をかけているところを見るとまた脱走ですか?」


「ま、またって! いや、確かに何度かちょくちょく脱走はしてるけど……あんたそれわかってて何で見逃そうとしたのよ。普通だったらもっと血眼になってがーっと……」


「襲ってきてほしかったのですか?」


「あぁいや、それも困るけど……」


「じゃあいいじゃないですか?」


「ま、まぁそうなんだけど……何か気になるじゃない」


「単純に追いかけたら逃げるんでしょう? そしたら引き留めるのも面倒ですし、大事になってから情報提供を教会にした方が報酬を多く貰えるでしょう?」


 ニマニマと笑う神父の表情は、嘘ではなく本気で言っていることを物語っていた。


「な、なんて抜け目ない奴……じゃなくて! それは困るわ。この場を見逃してもらえるのはありがたいけど、行き先をばらされるのは困るのよ」


「自分でべらべらしゃべってましたが……まさかあれ本当の行き先だったのですか?」


「え! あーえと……う、嘘よ! 嘘に決まってるじゃない! 本当の行き先は違うところよ!」


「嘘つくのへたくそですか貴方……」


「うう、うるさい! 嘘つくのなんて百年ぶりなのよ仕方ないでしょ!」


 小ばかにするわけでもなく、心底あきれたというような素振りにクレイドルは顔を真っ赤にして自分でもわけのわからない反論をする。


「やれやれ、正しすぎるというのも考え物ですねぇ。まぁそれは置いておいて、聞いてしまったものを都合よく忘れるということもできませんし。とりあえずここは口止め料をいただきましょうか」


「め、女神からお金取るつもり?!」


「お金で解決できるならそれに越したことはないと思いますがねぇ、神に誓って約束はお守りしますよ?」


「ぐぬぬ、仕方ないわね……いくらよ?」


「そうですね、金貨百枚といった所ですかね? えぇ、あなたの行き先という情報にはそれぐらいの謝礼は支払われるでしょう」


「ひゃっ!? 百枚!? そ、そんな大金持ってるわけないじゃないの!」


「持ってなくても、あなたが大通りに出て寄付を求めたらそれぐらいすぐに集まりそうですが」


「私利私欲のためにお金を貰うことなんてできるわけないわ! あなたも神父なんだからそれぐらいわかるでしょ?」


「いいえ全く。 お金を稼ぐ手段があるならそれを最大限に活かさないのは愚か者のすることですよ」


「愚か者って……あきれた、今のクレイドル教会はあんたみたいなのばっかなの?」


「いえいえご安心を。 私はついさっき破門をされたばかりなので、きっと私は稀有な方なのでしょうね。 私から言わせれば話の分からぬバカばかり……とは思いますが」


「破門……なるほどね、あんたが破門された理由が分かった気がするわ。 女神ゆすろうだなんて随分と図太い神経してるわね」


「ゆするだなんて大げさな。 これは交渉ですよ。 教会に属していないフリーランスの神父には、これから先々お金が入用ですからねぇ。 私としてはどちらでも構いません。この女神クレイドルの行き先という情報をあなたに買ってもらうのか、教会に買ってもらうのかの違いですから」


 にんまりと笑顔で親指と人差し指で円を作る神父に、クレイドルはなすすべもなく歯ぎしりをする。


「ぐぬぬ……ガルムの町の教会に行けばそれぐらいすぐに……」


「その教会から逃げているのでしょう? ガルムの町で正体あかしたらすぐに連れ戻されるにきまってるじゃないですか」


「た、確かに……それじゃあ! ことが終わったら必ず払うから。教会に戻ればそれぐらいのお金は何とかなるし!」


「いつまで待てばいいんですかそれ……そんなことするなら教会に売った方が早いですし確実性も高いです」


「うううううぅ……お願いよ見逃して、お金はないけど、私何でもするから」


「ふむ、女神を質に入れるのは初めてですが、まあいいでしょう」


「予想以上に血も涙もなかった!? ごめんなさい! ごめんなさい! 女神嘘ついた! 何でもはやっぱり取り消させて! それに犯罪は良くないわ! お願いします考えなおしてください!」


「流石にこれは冗談ですよ……そもそも売れないでしょうし」


「うああああぁん良かったああぁ……質に入れられる女神とかシャレにならないもん! ってあれちょっと待って? 売れないってどういうこと? もしかしてそこはかとなくバカにされた私?」


 泣いたり騒いだり喜んだり。

そこにいるのはこの世界の全てを守護する大神……というよりかは見た目よりも精神年齢の幼い子供そのもの。

 その様子に神父は少し考えるような素振りをみせ。


「成程ねぇ……これが女神クレイドルですか」


 そうにやりと口元を緩め鼻を引くつかせる。


「な、なによ……」


「いいえ別に。しかしそうなると……」


「あれ? クレイドル様? あなたはもしやクレイドル様ではございませんか?」


 シンプソンが交渉を続けようとするのを遮る様に、若々しい声が大通りから響く。

 振り返るとカソックに身を包んだ若い男性が二人こちらに向かってかけてくるのが見えた。


「おや?」


「おげぇ!?」

 

 またもや女神が出してはいけない声が漏れ出した。




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