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迷宮の隠し通路

【迷宮前 夜】


「い、意外と夜は冷えるわね……は、はっ……ぶえっくしょい!」


 春とはいえ未だ冬の風が忘れ物を取りに来たかのように吹きすさぶ4月の中旬。

 そんな季節に透けるような薄い服装でお腹まで出していればそれは寒いことは当たり前であり、春の虫たちの演奏会を邪魔するように無粋な音を立てる女神に、シンプソンとエリンでさえも白い眼を向ける。


「そろそろあなたが本当に女神なのか疑わしくなってきましたねぇ。 教会に取り入って堕落をさせてたドッペルゲンガーとかじゃないですよね貴方?」


「だれがドッペルゲンガーか! 正真正銘女神クレイドルですー! 女神だって寒ければくしゃみぐらいするわよ!」


「寒いのわかってて女神がお腹出して歩いていることを疑問視してるんですよ……上着はおるとか、新しい服用意するとかいくらでも準備はできたはずでしょうに」


「嫌よ、この服気に入ってるんだもん! いわばこれは女神の正装よ、迷宮という名の苦難に立ち向かうのに、最も自らを鼓舞することのできる服装で挑まないバカがどこにいるの? 戦争は優れた武器よりも兵士の士気が命運を分けると知りなさい!?」


「腹出すか出さないかで別れるような命運ならとっとと尽きてもらった方がこちらとしてもありがたいですが、まぁあなたがそれでいいというなら構いませんよ……ただ、風邪ひいても知りませんからね?」


「大丈夫! 女神は風邪ひかないか、か、から、からでしゅっ!!」


 豪快なくしゃみが二度目。

 風邪をひかないのであれば、そもそもくしゃみなど出るはずもないのであるが。


「……バカは風邪ひかないっていうのは本当だったみたいですね」


 シンプソンはそう自分で結論を見出して深く考えないことにする。


 正直な話、女神はきっと自分のこともよくわかってないんだろうなぁということが何となくわかったからだ。


「はえ? なんか言った?」


「いえなにも。 さて、迷宮前まできましたが、先ほどのお話の続きをよろしいでしょうか? エリンさん」


 クレイドルから視線を移すと、エリンは緊張したようにごくりと生唾を飲み込んだ後、耳をぴんと立てて自らの推測を語りだす。


「あ、えと、その。 確証はないのですけれど、さっきのサッハーさんの話、嘘は言っていないと思うのですがどうしても気になることがあって」


「気になるところ、ですか?」


「ええ、コボルトが最近この辺りに出没しているという話です」


「それが何か?」


「そういえばエリン、その時だけサッハーにしつこく質問をしていたわよね?」


 鼻水を噛みながらクレイドルは酒場での出来事を振り返り、エリンはその言葉にこくりとうなずく。


「ええ、この荒野は百年前の戦争のせいで遺跡以外の何もかも……水辺も川もなくなってしまったというのがサッハーさんのお話でしたが……その……コボルトも生き物です。 水も食べ物もない場所に巣をつくるのでしょうか?」


 エリンの言葉に、シンプソンはぽんと手を叩く。


「なるほど、言われてみれば確かにそうですねぇ。ここ冒険者の町は近くの川から水を引いて生活に充てていますが……迷宮付近の水辺は核撃で吹き飛ばされてしまった……だからこそ不毛の荒野が広がっているのですからねぇ」


「こ……コボルトの生体上彼らは雑食で、食事はおおよそ人間と酷似します。 肉、野菜、果実。 サッハーさんの情報ではそれらがそろっているとは思えないです」


「虫とか食べてるのかもよ? うぇ、想像しちゃった」


 クレイドルは自分で言っておきながらダメージを受けた。


「た、確かに、乾ききった不毛の大地でも生物は存在します。食事に関してはそれを食べて生活をしていると言われてしまえばそれまでなんですけど……で、でも、コボルト自身には渇きに対する耐性は存在していないんです」


「ふぅむ。 確かにこの町はよそから水を引かなければならないほど乾いた大地。 コボルトたちが水を確保するためには必然的に町まで水を確保しに来なければならない」


「でもそれはコボルトたちにとっては自殺行為もいいところだわ? それこそ迷宮から這い出ずに、迷宮で暮らした方が住みやすいはずよ?」


「なるほど、確かに外での生活はコボルトにとってメリットはありません。 だというのに外で生活をしているということは、我々の知らないメリットがある……ということですね?」


「でも、後ろには山があるのよ? 湧水が湧いてるのかもしれないし、不毛の大地だって言ったって遺跡が残っている部分は核撃魔法の影響はなかったんでしょう? 貯水池やため池が残っている可能性だってあるわ」


「そうです、確かにそうなんですが……もう一つ……基本的なことなんですが」


「なんでしょう?」


「コボルトたちは一体どこから現れたのでしょう」


 はたと、シンプソンは眼の色を変える。


「どういうことよ?」


「つまりです、クレイドルさんが言ったように食事や水ならばなにかしらの手段をもって確保ができる可能性がある。ですがコボルトはどうでしょうか?」


「あっ……」


 やっと気が付いたという様子で、クレイドルはポンと手を打つ。


「そうです、サッハーさんの説明があったように、この町は断崖に囲まれるようにできています。入り口は一つですし、町を通らずに迷宮に進むことは出来ません。 もちろん荒野に魔物はいないし、断崖絶壁を下る方法をコボルトは持ちえない。 そうなれば遺跡にいるコボルトは迷宮からやってきたということになります」


「そういうことね……この入り口から出てきたとしても、迷宮と遺跡の間には地雷原。ここを無事にコボルトが突破できるとは思えないということね?」


「ええ、来る途中にあった遺跡に向かう安全な道も町に入らなければなりません。であれば考えられる可能性はもう一つ」


「遺跡の中……もしくは地雷原を抜けた先に誰も踏み入れたことのない隠れた入り口があるかもしれないということね?」


 得心が言ったという表情を見せるクレイドル。

 しかしエリンの表情はいまだに浮かない様子。


「そ、そうです。 あの、聞き及んだ情報をもとに考えただけなので、その、正確性には欠けますし、これ自体がデマゴーゴスである可能性も捨てきれません。 そ、それに歴史研究家の方がいらっしゃるなら遺跡もくまなく調べつくされているはずですし……あぁ、なんだか考えれば考えるほど自信がなくなってきました……ううぅ……ごめんなさいいい加減なことを言ってしまって」


「いいえ、可能性とはすなわちお金儲けのチャンス! 夢想することにお金はかからないのでいいことです。 そして今回はそれを調べるのにお金はかかりません。 お金がかからなきゃなんだっていいんですよ!」


「……でもでも、無駄骨に終わってしまったら……」


「リスクアンドリターンですよエリンさん! 確かに探しても何もなければ無駄な探索になるでしょう! ですがそこに入り口があれば、我々は誰も手に付けていないお宝をひとり占め! なくても多少疲れるだけです! 時間制限があるのならタイムロスは大きな痛手となりますが、幸いなことに我々に時間だけはいくらでもあります……何か急がなければならない理由があるならば話は別ですが……」


「……っ」


「?」


シンプソンの言葉にエリンは少しだけ目を伏せた。


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