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エリン気付く

「いやー、シャムハトさんは実に料理の腕がいい。下手な料理人よりも腕が立ちますよ」


 腹ごしらえを終え、とっぷりと夜が更けたころ、膨れたお腹をさすりながらシンプソン達は夜の冒険者の町を歩く。

 冒険から帰還した冒険者たちと入れ替わる様に店を出たため、大通りに人は少ないものの、あちこちの酒場では騒がしい声が響き渡る。


「すごくおいしかったです。 でも、よかったんでしょうか? 結局サッハーさんがお金全部出してくれて……銀貨十枚だなんて、村の水車小屋を治せてしまいます」


「なぁに、クレイドル教会で腕の一つでも生やそうと思えばガイア金貨二十枚は取られますからねぇ、それ銀貨十枚で済んだのですから安いもんですよ。 だからクレイドルさんも何も言わなかったんでしょう?」


「そうなんですか?」


「そういうことよ、正当な報酬として認めるわ。あんたにしては少し格安なくらいよね」


「まぁ、彼が与えてくれた迷宮の情報のことを考えればねぇ」

 

「持ちつ持たれつってことね。 ふふっ、お酒も飲めて気分も最高! でもちょっと食べすぎちゃったかしら……太らないと良いけど」


「ははは、太る女神とは滑稽ですね? でもその心配はないと思いますよ?」


「どういうことよ」


「腹ごしらえは住みましたし、何よりも迷宮の情報はある程度手に入りました。なので日が落ちたのを見計らって迷宮まで行ってみようと思います」


「ちょっと、腹ごなしのお散歩感覚で迷宮に潜るつもり?」


「あくまで様子見だけですよ、サッハーさんの情報から危険な魔物はいないということですし、迷宮というものがどういう場所かの下見ぐらいは必要でしょう。唯一危険だと言われていたローグもあくまで人間です。迷宮に潜る人間がいなくなった夜中は活動をそこそこにするはずですからね」


「だけど……あまりにもいきなり過ぎないかしら? 宿も見つけていない状況なのに、普通はもっと装備とかを整えてから行くものでしょう?」


「何をおっしゃいますかクレイドルさん、もともと我々は戦うつもりなどないのです。 武器も防具も重いだけのお飾りになってしまいますよ?」


「でも、もし万が一魔物に出会ったらどうするのよ。コボルトだって遺跡から村の方まで来てるかもしれないのよ?」


「下手に戦うよりも逃げた方が賢明だと思いますけどねぇ? むしろ我々が剣で倒せるとしたら、スライムやその他名前もないほど小さな魔物ぐらいでしょう。それならば剣なんて使わないで素手やナイフでも労力は変わりません。 旅をする予定だったのですから、ナイフの一本ぐらいは持って来てますよね?」


「それはまぁ、持って来てるけど」


「ならば武器はナイフがあれば十分です。そもナイフでさえもエリンさんの耳があれば、必要ないとは思いますけどねぇ」


「わ、私頑張ります!」


 シンプソンの言葉に、エリンは嬉しそうに張り切っており、クレイドルはそれ以上の追及が出来なくなる。


「でもでも、宿はどうするのよ!?」


「それこそ何を言っているのですかクレイドルさん、宿なんかに泊まったらお金取られちゃうじゃないですか」


「そこは必要経費でしょうに!?」


「宿などあほらしいですよクレイドルさん、その背中に背負った天幕は何ですか? 歩いてここまで来る気だったなら野宿だって覚悟の上だったはずです。ならばここで野宿をするのも別に問題はないはずでしょう? ねぇエリンさん?」


「野営は得意です! お任せください!」


「うああぁエリンもやる気満々だし、冗談でしょ? 折角こんな温かい食べ物もベッドもある宿屋が並んでるのに!?」


「お金稼ぎというものはまずは節約からですよクレイドルさん……そもそも今一番お金が必要なあなたがそんなんでどうするのですか?」


「ぐぐううぅぅ……せっかくお酒飲んでいい気持ちだったのにぃ」


「むしろお酒が飲めただけよかったじゃないですか……」


「それはそうだけどぉ!? まだそんなに急ぐ必要もないでしょう? 迷宮に潜るって言ったって三階層まで行かないとお宝はほとんど取り尽くされてるって話じゃない?」


「ええ、サッハーさんは実に良い情報をくれました。注意すべき魔物に、大きな罠の位置、休憩できそうな大まかな場所まで……ですがその情報が正しいかどうかはまた別の話です。サッハーさんを信用していないわけではないですが、嘘をついていなかったとしても人の記憶とはなんともいい加減なものです。必ずどこかにずれや思い込みによるずれが発生します。そのずれがどれほどなのかをあらかじめ危険の少ない迷宮回りや迷宮一階層で確認をするというのは、情報がまだ頭の中に残っている今の段階で行うのはそうおかしな話ではないかと思いますがねぇ」


「む、むぐぐぐ……それはそうだけど」


 シンプソンの言葉は実に正しい。

 情報はあくまで判断基準の一つであり、どんなに信ぴょう性の高いものでも鵜呑みにしてはいけない。

 間違いや先入観、勘違いや伝え忘れ。人間である以上そういったものは少なからず存在をするし、伝え聞いた自分自身も相手の情報に対し先入観や聞き逃し、勘違いが発生している可能性があるからだ。


 ならば、その情報を生かすにはどうするのか?

 それは先ほどシンプソンが言った通り、事実との照らし合わせを行うしかない。

 いうなれば、情報の真偽をその目で確かめることだ。


 百聞は一見に如かずという言葉の通り、伝え聞いた情報は己の目で確認をしないことには、ただの言の葉でしかない。

 そしてただの言の葉は時間がたてばたつほど摩耗しずれが大きくなっていく。


 だからこそシンプソンは早い段階で情報の正確性を確かめたいとの意図があって、迷宮に向かおうと提案をしたのである。


「時間はたくさんあるしわざわざ迷宮に入らなくてもサッハーの情報の信ぴょう性を確かめることは出来るはずよ? 急がば回れって言葉もあるように……焦りは禁物でしょ?」


 クレイドルの言葉にシンプソンは一度ほぅと声を漏らす。

 正直なところクレイドルはこうはいったものの、行きたくない理由はお腹がいっぱいなこととベッドの上で横になりたいという至極手前勝手な理由のために屁理屈を並べ立てている。


 そのことは当然シンプソンもわかっているし、エリンも薄々と勘づいてはいるのだが。

 シンプソンが関心をしたのはクレイドルが―――本音をごまかすためであっても―――迷宮へ向かうことのデメリットを提示したからだ。

 

「その場しのぎにしてはなかなかいいところをついてきますね……確かにお金儲けに焦りは禁物……それにクレイドルさんの言う通り信ぴょう性を確かめるだけなら迷宮に戻る必要はありませんね。ローグも活動はそれなりとは言えどもしていないわけではないでしょうし……確かに来て早々リスクを背負う必要もないですか……わかりました、クレイドルさん。そしたら迷宮へ潜るのはやめにしましょう。今日は近くまで様子を見に行って、その後ゆっくり休める拠点を探すことに時間を使いましょう」


「やったー!」


 シンプソンの言葉に歓喜の声を上げるクレイドル

 そんな彼女の姿にシンプソンはどこか満足げに笑みを浮かべると。


「あ、あの、迷宮に潜らないのであれば……その、少し提案があるんですけれど」


 今度はしずしずとエリンが手を挙げてシンプソンへと進言をしてくる。


「おや、どうしたのですかエリンさん?」


「えと、間違ってたらごめんなさい。でも少し、さっきのサッハーさんのお話で気になる点があって」


 その様子はどこかおびえるようであり、確証めいたものはあるものの、

 表情からは間違っていたらどうしようという不安が漏れ出している。

 

 間違っていたらごめんなさいという言葉に、シンプソンは彼女の不安げな表情や前置きは、奴隷であったときに身についてしまった悪癖であろうと判断をすると。

 努めて優しく諭すように声をかける。


「気になどしませんよ、間違っていたところで下見では何のお金の損にもならないでしょうしね」


 間違えたところで、問題はないという発言。

 

 そんな言葉を投げかけられたのははじめてだったのか、エリンは一瞬驚いたような表情をしたのちに、ようやく思い出したかのように自分の意見を述べる。


「あ、ありがとうございます……え、えと。その、さっきのサッハーさんのお話を聞いて思ったんですが」


「はぁ、何かありました?」


 シンプソンの質問に、一度ここでエリンは言葉を切り、もう一度再確認をするように瞳を閉じて考えるそぶりを見せ……やがて確認が終わったのか一つ大きくうなずいて瞳を開く。


「……おそらくですが……迷宮に隠された入り口があるかもしれません」

            

                     ◇


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