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シンプソンリザードマンの腕を治す

「おーいおいおいおい!」


 泣きじゃくるリザードマンの咆哮は近づけば近づくほど大気が震えるよう。

 酒に酔っていた冒険者たちもその号砲には耐えきれないという様子で一人また一人とカウンターから立ち去っていき、現在はサッハーが一人カウンターで泣きじゃくるのみとなっている。

 

 しかし、並みの人間であれば鼓膜の一つでも破れてしまいそうな声にも関わらずシンプソンは平然とした面持ちで隣の席に座ると。


「もし、そこのお方何かお困りですか?」


 なんて白々しく質問をしてのけた。


「うぅ、なんだぁよぉ……見てわからねえのかよぉ。それとも片腕のリザードマンを笑いに来たのかぁ? いや……どっちにしろいい迷惑だよぉ、さっさと失せろぃ!」


 腹いせか、酔いが回っているのか、威嚇をするように尾をビタンと床に叩きつける。


「あらら、これまた随分と気が立っているようですねぇ」


「あったりまえだろぉ!? この腕を見ろぉ! リザードマンは腕力が命だぁ! その命の片割れをどこぞの騎士様だか正義の味方だかわからん奴にぶった切られちまったんだぁ」


「まぁ顔が怖いから仕方ありませんね、私も夜道で出会ったら走って逃げます」


「うるせーよぃ!? それ今言うかぁ普通!? どいつもこいつも! おいらの顔がちぃっとばかし怖いからってよぉ……問答無用で腕ぶった切るこたねぇだろうがぁ……魔物にやられるのは名誉の負傷さぁ? ……だけんど人間に斬られるなんて、そんな不条理においらぁもう悲しくて悲しくて仕方がねえのさぁ! 治そうとしても、リザードマンに奇跡の御業は許されねえ! おおおおぉいおいおい! 女神様ぁよぉ、俺たちリザードマンが何をしたんだってんだ! どぉしておいらの顔はこんなにも不気味で恐ろしいんだぁよい! 人間とおいらは何が違うってんだぁよい!」


 天を仰ぐように泣きじゃくるサッハー、しかしながらシンプソンは興味なさげに腕をつつくと。


「トカゲみたいにまた生えてこないんですか?」


 なんて質問をする。


「生えてくるわけねえだろ!? 尻尾だけだ生えてくんのは! 第一治るんならこんなに泣くわけねえだろうが!」


「感情表現豊かなお方だと聞いたので」


「お前おいらのことバカにしに来たんだろ!」


「まさかまさか、よろしければその腕を治して差し上げようと思ったまでですよ」


「は?」


「腕の一つや二つ、ものの三十秒ほどで生え変わりますがどうします?」


 淡々と語るシンプソンに、サッハーはきょとんとした表情でシンプソンを見つめる。

 

 突然の申し出に、サッハーはしばし呆然としたままチロチロと何度か舌を出し入れしたのち。


「どういうことだぁ? それ」


 ようやく小さく質問を絞り出した。


「私しがない神父でございまして、今はわけあって冒険者として活動をしておりますが、それでもやはり困っている方を放っておくわけにはいきませんので」


「ぶっふぅう!」


 遠くからそば耳を立てていたクレイドルが口に含んだ麦酒を吐き出した。


「出来んのかよそんなことぉ? リザードマンには奇跡は起こらねえんじゃなかったのかぁ?」


「教えではね、ですが私は特別です。 勿論対価は求めますよ? 私ももはや慈善事業ではないですからねえ」


 にやりと笑みを零すシンプソンに、警戒をするようにサッハーは眼を細める。

 

「いくらだ? ある程度の蓄えはあるが、素寒貧になっちまったら元も子もねぇ」


 失った腕を取り戻せるという甘い話でさえも、警戒を怠ることなく用心深く確認をとるその姿勢は冒険者として長く活動をしていることを物語っており、シンプソンは満足げに口元をさらに吊り上げ。


「そうですねぇ……お酒でもご馳走でもしていただきましょうか、えぇ、腕一本ならそれぐらいが妥当でしょう」


 そう提案をして左手で握手を求める。


「………冒険者や商人の間で、握手それを求めたらそれ以上の上乗せは出来ないって知っての行動だよなぁ?」


「えぇ当然です。 上乗せも誤魔化しもなし……誇張はしても嘘は無し。それが取引のルールです」


 シンプソンの言葉に、サッハーはにやりと口元を緩ませると。


「はははっ! 神様って奴ぁいるんだなぁ! 乗った! 飯でも酒でも何でもおごっちゃる! 頼む!」


 その手を左手でパチンとタッチする。


「交渉成立のようですねぇ! それでは……ヒール!」


 シンプソンは詠唱を唱えることなく、奇跡魔法をサッハーの腕にかける。


 本来魔法や奇跡を唱える場合には詠唱を行うのが正しい手順であるが。

高位の魔法使いや僧侶となると詠唱破棄と呼ばれるスキルを習得することができる。


短時間で呪文を発動させることができるが、詠唱による恩恵を受けられないため効果が半減してしまう上に魔力消費も倍になるという使い勝手の悪いスキルではあるが。

奇襲を受けた際や緊急時に即座に魔法を発動できるという利点から、高位の魔法使いや冒険者たちが好んで習得をするスキルである。

 

 本来今回のような落ち着いた場所で詠唱破棄を行う理由もなければ、詠唱破棄による失敗のリスクもあるため、通常の僧侶であれば緊急時であったり、かすり傷のようなよほど小さな怪我でなければ詠唱破棄を使うことはしない。


 ではなぜシンプソンはサッハーの腕を治すのに詠唱破棄を使ったのか?


「お、おぉ」


 その理由は単純。


 腕を生やすことなどシンプソンにとっては詠唱破棄で十分な(その程度の)ことだからだ。


「どうです? 」


「ほ、本当に治りやがった。 幻覚じゃないよなぁ?」


「あなたほどの冒険者に幻覚魔法が効くとは思えませんし、何よりただ飯を食うだけにそんな大それたことする必要ありますか?」


「はははっ、ねえなぁ!」


 肩をすくめるシンプソンに、サッハーは機嫌よく笑うと、失った右腕でグラスをつかみ一気に飲み干すと。

 

「腕だ――!! 俺の腕、治ったぜー! いやっほーぅ! うーらら―!」


 鳴き声よりもさらに大きな声で歓喜の声を上げる。

 

「やれやれ、鳴いても笑っても騒がしい人ですねぇ。 まぁそれは構いませんが、報酬の方、忘れないでくださいね?」


「あぁ、あぁ! 当り前よ! リザードマンは誓いを必ず守るのさ! シャムハト! 一番高い酒持ってこい!」


「うるっさいよあほトカゲ! あたしに命令するんじゃあないよ! あんたの尻尾ちぎって酒のつまみにされたくなきゃ、おとなしく座って待ってるんだねぇ!」


「あっはっは、おっかねえおっかねえ!」


 先ほどまで機嫌が悪かったのが嘘のように、尻尾をビタンビタンと床に叩きつけながらサッハーは笑う。


 バキリという音がし、床の木の板が一枚音を立ててはがれたが、シンプソンはそれを見なかったことにしてそっとカウンター席を立つ。


「ふふふっ、安酒で構いませんのに。 あぁ、ちなみにあちらに私の連れもいるのですが、一緒にどうですか?」


「なんだよそうなのか!? はっははー! 当然そいつらの分も奢らせてもらうぜ! 大恩人様よぉ!」


 機嫌よい声を上げ、小躍りをするサッハー。


 そんな様子をしり目にシンプソンはクレイドルたちの方へ向き直ると。


 人差し指と親指でお金のマークを作って笑う。


「本当……奇跡の腕だけはいいのよねぇ……腕だけは」


 クレイドルはどこか納得いかないといった様子でそう呟くと、上唇にできた麦酒の泡をぺろりとなめとった。



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