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エンキドゥの酒場・店主シャムハト

 大通りを進むこと十分弱。

 商人たちの姿がまばらになり、快活でありながら饒舌に語られる宣伝文句や客引きの声が聞こえなくなってきたころに、遠くの方で聞こえてくる粗雑で乱暴な笑い声。 その声をたどると見えてくるのがこの町一番の売り上げを誇る大衆酒場【エンキドゥの酒場】である。

 街に居酒屋は数あれど、ここよりも迷宮に近く店を構える酒屋もなければここよりも早く酒が出てくる家も店もない。~永遠はない飲んで忘れろ~という看板の下に書かれたキャッチフレーズは何とも小気味よく、その言葉の通り迷宮であった辛いことをこの酒場は受け入れ包み込んでくれる。


 ここより百メートルも歩けば、高級な酒に小洒落た門構えの酒屋が軒を連ねる歓楽街があるのだが、迷宮という極限状態から帰還した冒険者たちがその百メートルを耐えられるわけもなく、今日も今日とて殺風景な迷宮前出入り口に堂々と建つこの酒場へ、冒険者たちは取りつかれたかのように吸い寄せられていくのである。


 それゆえに、この場所で語られる迷宮の情報はどこよりも新しく、体験した人間が語るゆえに信ぴょう性も高い。 情報に鮮度という表現を用いるのであればまさしくどこよりも新鮮な情報が並ぶ店であることは間違いない。


 それを知っていたのか、それともそうであろうと推理をしたのかは不明であるが、シンプソンは迷うことなくこの店へと入っていった。


「酒場というものは、相変わらず騒がしい場所ですねぇ」


 酒というものを自らのお金で買うことのないシンプソンは、久方ぶりに入る酒場の光景に目を細めてそんな感想を述べ。


「ひ、人がいっぱいです」

  

 エリンは初めて見る酒場という場所の活気と酒の匂いに充てられるようにくらりとめまいを覚える。


「すごい安酒の匂い……たまらないわね! あ、シンプソン、あそこの席空いてるわよ! 店の案内に任せると、変に狭い席とか案内される時があるからね、こういう時はさっさと座

っちまったもん勝ちよ!」


 そんな中唯一クレイドルは慣れた足取りで空いている席に座り込むと、手を挙げて店の者であろう人間を呼びつける。


「なんであなたが一番酒場に通いなれてるんですかねぇ?」


それに少し遅れてシンプソンとエリンは三人で使用するには少しばかり広過ぎるテーブルの椅子に腰を下ろすと、シンプソンは苦言をもらし、エリンは眼を輝かせながらメニュー表を開く。 


「悪い? 女神だってお酒くらい飲むわよ。 教わらなかったの? どうしてお酒がお水よりも早く乾くのか、それは私が飲んじゃうからよ!」


「そうなんですか!?」


「そんなわけないでしょうエリンさん……まったくこの飲んだくれ女神は」


 ちなみにクレイドル教では酒は禁じられているし、クレイドルの教えが書き換えられた事実もない。


 「いらっしゃい、初めて来るお客さんだねぇ。あたしはこの店の店長をしてるシャムハトってものさ、あんたらこの辺りじゃ見ない顔だけど、どこから来たんだい?」


 呼びつけられてやってきたのは兎柄のエプロンが印象的な大柄な女性。

 額に大きな傷があり眼帯をつけたその女性は20代後半といった年齢か、元女冒険者という言葉がよく似合うがっしりとした体つきに、特徴的なしゃがれ声が、騒がしい店の中でも頭からつま先までずんと響く。


 何よりもエプロン越しからでもわかる女性らしさあふれる肉体に、クレイドルは自分の胸と見比べるが、すとんと落ちたまな板がそこにはあるのみであった。


「ぐぬぬ……どこからだっていいでしょ。みんなそんなもんなはずよ? 大声で自分の出身を語れる人間はこんなところに来ない。そうでしょう?」


「あっはっは……なるほど確かに違いないねぇ!」


 クレイドルの軽口にシャムハトは肩をすくめると、シンプソン達に何かを催促するように手を伸ばす。


「何よ、この手……酒場でお布施を募るなんて聞いたことないけど?」

 

「んなもんとらないよ、武器を出せって言ってんのさ。ここでは喧嘩はご法度だからね、武器は預からせてもらうよ。ここで切り刻まれるのは食用の肉だけって寸法さ、OK?」


「あぁ、そういうことならご安心を、武器はもとより持ち込んでおりませんので」


「武器なし? 冒険者でもない奴がここに来るのは珍しいね……エルフのガキも連れているし」


 女の言葉にクレイドルは眉をしかめる。

 先のことがあってか少しばかり神経質になっている自覚はあるため自制をきかせることは出来たが、それでも語調は強くなってしまう。


「なによ、あんたもエルフは汚らわしいとか言うつもり?」


 クレイドルの意図が伝わったのか、女は両手を挙げて首を左右に振る。


「おいおい噛みつきなさんなって、 客なら客で構わねーさアタシは、礼も敬意もテーブルマナーも求めないし、魔王がこようが神様がこようが関係ない。飯食って酒飲んで金払って帰る。それだけで終わればあんたも私もハッピー……そうだろ?」

「ふふふふ、その通りですねぇ。 あなたとは仲良くなれそうです」


「気色悪いやつだねあんた」


「酷いこと言いますねぇ。 まぁ罵詈雑言を並べ立てられようとも銅貨一枚減るわけでもないからいいんですけれどね。 しかしなにやらあなたとは並々ならぬ縁を感じます。 どうですか? おいしい話があるのですが」


「金儲けは嫌いじゃないさ、でもそれが得体のしれない奴と信用できねえ奴からの誘いってんならお断りさ。あたしのモットーは信用買いはしない、だからねぇ。この場でそれ以上ごねるんならあんたはもう客じゃぁなくなるけどどうする?」


 うっとおし気にそう語る女主人。 それに対してシンプソンはあきらめるように肩をすくめる。


「ふむ、どうやら我々のクレジットではまだ彼女を仲間にすることは難しいようですね。残念ですがここはおとなしく注文をしましょうか」


「そうね。エリン、遠慮しちゃだめよ? お腹いっぱい眠くなるまで今日は食べなさい?」


「は、はい! えと、その……シャムハトさん、何がおいしいですか?」


「そうだねぇ、ハッピーラビットの肉のパイ包みに、電撃ウナギの蒲焼に、エルフならカモニチャの実とコルクナッツのシチューなんてどうだ? 黒雷人参にホクホク芋を八面ロック鳥の肉と一緒に丸一日煮込んだもんさ」


「そ、そ、そんな、カモニチャの実なんてお祝い事の日にしか食べられないのに!」


「はぁ? 何言ってんだい……カモニチャなんて市場に行きゃいくらでも安く……」


「うおおおおおおおおおおいおいおいおおいおいおい!うああああああんあんあんあん!」


 不意に、耳をつんざくような大声が酒場に響き、びりびりと大気を震わせる。


 騒がしい冒険者の喧騒すらもかき消すようなその大声はまさに獣の咆哮のようであり。

 その声にシャムハトは舌打ちをして「またか」と声の主の方へと視線を移す。


 つられるようにシンプソンが視線を移すと、その声の主は簡単に見つかった。

カウンターに突っ伏して泣き崩れる大柄な男。

背中にはとげが生え、体には蛇のような艶のある乳白色の鱗。


それがリザードマンであることを理解するのに時間はかからなかった。


「随分と珍しいお客が居るんですねぇ。この地域には冬があるというのに」


「? ねえシンプソン、どうして冬があるとリザードマンが珍しいのよ?」


「リザードマンは人間の見た目をしていますが体のつくりは爬虫類ですからね、水のない砂漠地帯でも生活ができる代わりに、変温動物ですので気温が低いと体が動かなくなるんです。だから冬がある地域にはリザードマンはあまり近寄ろうとしないんです」


「へぇー……リザードマンも大変なのね、でもなんで泣いてるのかしら?」

 

「あー、気にしないでおくれ。 あれはハッサーって言ってね。悪い奴じゃないんだが、この前迷宮で腕を失ってからはずっとあんな調子なんだよ。迷宮で腕の一本失うことは、さほど珍しいことでもないんだけどねぇ……あいつはまぁそのなんだ、ほかの冒険者よりも感情が豊かなのさ」


 ばつが悪そうに語るシャムハトに、シンプソンはちらりと泣きじゃくるリザードマンの腕を見る。

 確かに丸太のように太い右腕の肘から下は存在せず、包帯がまかれている。


「あの方も冒険者ですよね? 人間以外の冒険者もよくここに?」


 リザードマンの存在に、シンプソンはなんとなしにそう質問をすると、シャムハトは首を左右に振った。


「人間以外はこの辺りじゃほとんどが奴隷か商品だねぇ。一番多いのがエルフ、次に多いのがドワーフ、その次がハーフリングとエルーンで特に女が多い……この店で取引するバカがよく来るから頻繁に追い出しちゃいるけどねぇ。表じゃこっそりやってるけど、裏通りにでもはいりゃ盛大にオークションの一つでもやってるんじゃないかい?」

「オークション……」


 さも当然のように語るシャムハトに、エリンは机の下で小さく拳を握った。

 エルフの森を出て、奴隷として人間の国にやってきたときのことを思い出したのだろう。

 青ざめた額から流れた雫が音もなく頬を伝い。


「ぶっ潰……あいたぁあ!」


 ぼそりと青筋を額に浮かべながら女神がそんな物騒な言葉をつぶやき、シンプソンは慌てて足を踏んで黙らせる。


「ん? どうしたんだいそこの嬢ちゃん」


「いえ、お気になさらず。 となるとあの方は特別といった所ですか」


「そういうこと。結構腕の立つ奴みたいだから、随分と稼いでるんじゃないかい? そんな事よりあんたら、そろそろ注文してくれないかい? あんたらのお話相手じゃないんだよアタシは」


「あぁお仕事のお邪魔をして申し訳ない。ではとりあえず先ほどのカモニチャの実のシチューを三人分、飲み物は……あー、クレイドルさん適当に頼んでおいてくださいますか?」


「いいの!?」


 目をキラキラと輝かせるクレイドルに、シンプソンはにこりと笑みで応えると不意に立ち上がる。


「シンプソンさん? どちらに?」


「少しサッハーさんという方に興味がわいたのでお話をしてきます」


「おいおい、何する気だい? 頼むから問題は起こすんじゃないよ?」


「わかっていますよご心配なく。 神に仕える身として人助けをするのみですから」


 そう言い残すと、シンプソンは人の間を縫うようにゆっくりとサッハーのもとへと向かっていく。


 そんな様子を見ながら。


「サブいぼたったわ……」

 クレイドルはそんな言葉を吐き捨てた。


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