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シンプソン酒場へ向かう

「考古学?」


「ええ、ここが神代に作られた遺跡であるならばその歴史的価値は語るまでもありません」


「なんだ、武術家じゃないのね」


「ええ、迷宮で持ち帰られた考古学品を冒険者から買い取り、研究を進めているのでしょう。ちなみに、あちらの丸い帽子をかぶった白衣の方々は魔物生態研究家です。魔物の生態系について調べるのにこれだけうってつけの場所はないですからねぇ。 世界中を探しても見つからないような貴重な魔物がこの場所にはごまんといるのですから」


「なるほどね、商人だけじゃなくて研究家にとっても都合がいい場所って話なのね」


「その二つだけでもありません。魔物が居るということは武器防具の生成にここほど適した環境はありません。 魔物の爪や牙は武器の生成によく用いられますし、何よりも魔物の素材は鮮度が命。 早く加工すれば早く加工するほどに良質な武器や防具へと姿を変えるのです。 冒険者はあくまでその素材を集める運び屋に過ぎません。何も金もの受けのチャンスは迷宮だけじゃないのですよ。 むしろ商才のない人間こそ仕方なく冒険者になるのです」


注 あくまでシンプソンの個人的な意見です。


「な、なるほど? 確かに、迷宮から持ち帰ったものを、誰かが買い取らなきゃ儲けにはならないものね」


「そういうことです」


「ですが、その理論だと私達なんかは冒険者ではなくて、ほかのことが出来そうですけれども、クレイドル様が居るなら僧侶として働けばいくらでも」


「いいこと言いますねエリンさん。 ですがそうは問屋が卸さないのですよ」


「なんでですか?」


「私、実はクレイドル教会を追放されておりまして、そしてこちらの方は姿を隠してここにきています。私が魔法を使うのはやぶさかではありませんが、現在クレイドル教の関係者ではない私が、神の名をかたって営利目的で蘇生をすることは禁じられているのですよ。 ええ、商売の独占は発展と成長を妨げる一番の要因となりえるというのに……おかげで質の悪い蘇生魔法が横行していても蘇生価格は高いまま。 まぁそれは置いておいて、クレイドル教会の人間でなければ治療も蘇生もできません」


「あれ? でも私」


 町のど真ん中で蘇生魔法を使用された自分の体を見ながら、エリンは不思議そうに首をかしげると、シンプソンは屈託ない笑顔を作ると。


「ま、ばれなきゃいいんですけれどね」


 という言葉を最後に付け足した。


「い、いいんですか?」


「かまいやしませんよ、だって女神様ここにいるんですもん。 いいですよね?」


「え? うん、いいわよ」


「ほらね?」


「女神様いくら何でも軽すぎませんか?」


 クレイドルの言葉に対しあっけにとられたようにエリンは語るが、クレイドルは少し不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「そもそも許可取る方がおかしいのよ。 教会の人間にしか蘇生魔術使っちゃいけないなんて私の方が初耳なんだから」


「え、そ、そうなんですか?」


「当たり前でしょエリン。 人類の生存率を上げるために全員覚えてねって言った覚えはあるけど、使うななんて言ったことは誓ってないわよ」


「そんな……じゃあ、私達は今までなんで……」


「ふふっ、いかに歪められてきたのかは目に浮かびますねぇ。まぁそれは置いておいて話を戻しましょう。 今クレイドルさんからお話が合ったように、この世界で誰に蘇生魔法を使用しようが何も恥じることも負い目に感じることもございません。 しかしながらここで奇跡を用いた商売をすることとなれば話は別です。 教会から破門された私が神父として公然と商売をしているなどしれたら、異端と称されて八つ裂きにされるのが落ちでしょう。 あるいはクレイドルさんがうまく取り計らえば命は助かるかもしれませんが、彼女は教会に連れ戻され目的を達成することができなくなってしまう。 それは私も彼女も望むところではありません」


「な、成程です」


「特に彼女は目立ちすぎますからねぇ、その見目麗しい美貌もさることながら……」


「あら?」


 シンプソンの言葉に、まんざらでもなさそうな表情をするクレイドル。

 どちらかというとどや顔に近いその表情を、シンプソンはしばらく見つめると。


「…………失礼、やかましさもさることながら、世間知らずと来た」


 静かに先ほどの誉め言葉を訂正した。


「おいこらなんで言い直した! いいじゃん! 美貌でよかったじゃん!」


「そういうとこですよクレイドルさん。 とまぁそんなこんなで、素性も知らぬ冒険者として活動した方がここでは都合がいいのですよ。拠点になりますし、何よりこんな危険な場所に女神が来るとは教会側も思っていないでしょうし、ここの人たちだって魔法さえ使わなければこんなのを女神だとは思うはずもありません」


「こんなの言うな、女神だって頑張って生きているのよ」




「私は、今まで教わってきたクレイドル様よりも、本当のクレイドル様の方が素敵だと思いますよ?……でも、なんでクレイドル様のご意思にそぐわないことをクレイドル教会は行っているのですか?」


 エリンの純粋な質問に、クレイドルは教会に対する怒りをふつふつと湧き上がらせる。


「私が知らないのをいいことに、教会は私の名前を使って好き勝手やってたってことよ。 本当によくもやってくれたわ! 今すぐに帰って教皇や大司祭をみんなゴッドパンチ(30キロくらい)をお見舞いしてやりたいところだけど、今はぐっと我慢するわ。迷宮の攻略の方が今は最優先事項だもん。 だけど覚悟しなさいよ教皇ども……帰ったら家の庭園にミントの種ばらまいて女神の祝福をかけてやるんだから……後悔したってもう遅いわ! あんたたちの愛でていた花はみな女神クレイドルの名のもとにみなミントになるのよ!」


注・本当にミントしか育たない土地になります。 絶対に真似をしないでください。


「な、なんてむごいことを……そんなことしたら土壌ごと死んで……」


「よくわかりませんが、女神のくせに随分とみみっちい仕置きですねぇ……」


「みみっちくないですよシンプソンさん! ミントは、ミントは本当に恐ろしい植物なんですよ! 奴らは土壌ごと破壊するんです!」


「そうよ! 根の深さと成長速度の速さはまさに対作物兵器! 一度根付いたら土壌丸ごと掘り返さない限りはミントが生え続けるわ! それに女神の祝福で成長速度に繁殖力もさらに増強! 午後のローズヒップティーは二度と飲めなくなると知りなさい! これが女神の怒りって奴なのよ!」


 怒りに燃えるクレイドルと表情を青ざめさせるエリン。

 そんな二人を落ち着かせるようにシンプソンは一つ咳ばらいを零す。


「こほん……まぁお二人とも、神罰だか天罰もいいですがそんなものは後の話です。 予定よりも早く町に着いたことですし、最初に酒場に向かいたいと思うのですが、エリンさん、クレイドルさん、いいでしょうか?」


 シンプソンの言葉に、クレイドルは珍しそうな表情を見せ、エリンは小首をかしげて疑問符を浮かべる。


「意外ね、あんたのことだからすぐにでも迷宮に宝箱を探しに行くんだ―とか言い出すかと思ったけれども、酒場なんて酒代はぼったくられるしあんたが一番嫌いそうなところなのに」


「おや、嫌でしたか?」


「いいえ、私は好きよ? ぼったくられても気にならないくらい楽しいもの! それにちょうど一杯ひっかけたいなぁって思ってたところよ! あんたがその気なら到着祝いと迷宮攻略の景気づけにぱーっと飲み比べに付き合ってあげなくもないわ、ふふっ五十年ぶりに大技、揺り篭下しを披露するときが来たようね!」


「来てません」


「あいたっ!?」


 乾杯のポーズをとるクレイドルの額にシンプソンのチョップがはいる。


「あによぅ! 違うの?」


「あたりまえでしょうポンコツ女神。何ですか揺り篭下しって」


「揺り篭に蒸留酒を並々注いで飲み干す女神の宴会芸よ、これをやるとそれ以降の記憶が一切合切消し飛ぶわ!」


「下せてないじゃないですか」


「楽しければ何もかもノープロブレム! 遠慮しなくてもいいのよシンプソン? そもそも酔いつぶれる以外に酒場で一体何をするっていうの? あなただってそのつもりだったんでしょ?」


「そんなわけないでしょう飲んだくれ。情報収集ですよ、情報収集」


「なぁんだ……ただの聞き込みか」

 

 つまらなそうにちぇっと舌打ちをする女神にシンプソンはため息を漏らし。


「それにエリンさんも、リンゴばかりでは栄養面に不安が残ります……もっと栄養のあるものも食べてもらわないと」


 そう言葉を付け加える。


「あら意外ね、エリンのことも考えてるなんて」


「当然ですよ、パートナーの不調は互いの利になりはしない。 食事一つで解決できるなら安いものですよ」


「ふぅん。 あんたのことだから食事も現地調達とか言い出すかと思ってたけど」


「ははは、そうしたいですがあいにく魔物の知識に私は乏しいですからねぇ、魔物を捕獲するのもそうですが、安全に食べられるのか否か、その判断が私達にはまだできません。あなたがいれば死ぬこともないでしょうけれども、おなかが痛くなりますし、体に奇怪なペットを飼うのもごめんこうむりたいところです。 なのでここは素直に食事処をと思ったまでですよ」


「ということは、食べられる魔物が手に入るようなら食べるつもりってことね……」


「不調にならない程度にですけれどね」


「あきれた……ま、迷宮に食べられる魔物がいないことを祈るだけね」


 クレイドルは冗談めかして天に祈りをささげるポーズをとると、シンプソンは肩をすくめるとエリンにも同意を求める。

 今まで奴隷として扱われ、シンプソンの後ろに隠れるように町を見るエリン。

 そんな彼女にとって荒っぽい人間が集まる酒場へ向かうのは嫌がるのではないかと危惧をしたためだ。


「というわけでエリンさん、次の目的地は近くの酒場にしたいのですが……」


 ぐぅ


 しかしその心配も杞憂であったようであり。

どうでしょうか? と問いかけるよりも早く、エリンのお腹は次の行き先を快諾し、シンプソンとクレイドルはほっこりと笑顔になる。


「あっ……あわわわわ……ごめんなさい!?」


「いいんですよ、リンゴだけではやはり体が満足をしていないようですねぇ。育ち盛りの年齢のようですし、当然と言えば当然でしょうが」


「まぁお酒が飲めないのは残念だけど、私も異論はないわ。 でも今更だけどいいのシンプソン? 居酒屋でご飯を食べたらお金を取られるわよ?」


 今までの仕返しとばかりにできる限りの皮肉を込めたクレイドルの冗談。

 しかしながらシンプソンにとってはその程度の皮肉が通じるわけもなく。


「かまいませんよ……情報というものは、時に宝石を超えた価値になりますから」


 にこりと笑って大通りへと歩を進めだしたのであった。



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