エルフのお着換え
【ガルムの町】
「わ、わー! 人がいっぱいいますよ!」
町を出て馬車に揺られること三日、特に問題もなくガルムの町にシンプソン達は到着をする。
白と黒で整った背の高い建物が多く、昼時だとしても喧騒とは無縁であった聖都と比べ、冒険者の町ガルムも背の高い建物は少ないものの、人の数と騒がしさもあいまり聖都よりも活気がある様に思える。
途中で立ち寄った町も、聖都につながる町とだけあって決して小さな町ばかりではなかったが、全く異世界にやってきたような印象をクレイドルは受ける。
「この辺り、昔は本当に洞窟と森だけだったのに、こんな大きな町が出来てたのね」
「人間の発展とは恐ろしいものです。すべてが戦争で消失した後でも、たった九十九年でここまで発展するのですから」
「本当、ここが戦場だったなんて知らない人に言ってもきっと信じてもらえないわ」
懐かしそうに町を眺めるクレイドル。
九十九年前に終結した部族戦争。
はじめは人間同士の小競り合いであった戦争は、やがてエルフ族やドワーフ族といった多くの種族を巻き込み肥大化し、大陸全土を巻き込む世界初の大戦争となった。
なぜそこまで大きな戦争になったのか、それは蘇生魔法技術の発達により戦争で死人が生まれにくくなったという点。
人の死が兵力の消耗につながりにくくなった戦争は終わる気配はなく。
戦争により荒らされた田畑により人間は未曽有の食糧不足に追われ……やがて人間は食料や資源の確保のために他部族の国を襲う様になり戦争は大陸全土を覆いつくした。
戦争の終結の決め手となったのは核撃魔法メルトウエイブ。
肉体と魂を同時に消滅させてしまうこの魔法は、辺り一帯を焼き尽くし。
蘇生魔法の通用しない魔法の誕生と同時に、戦争は終結した。
神学者の中にはメルトウエイブを人間に与えたのはクレイドルであるという伝説もあれば、戦争はクレイドル自身が引き起こしたものであるという説も残ってはいるが。
今の彼女を見れば誰もがその説が事実無根の妄言であることは容易に理解ができるであろう。
「おら、ここまででいいんだろ?」
やがて、町の馬屋にたどり着くとガドックはそう言って馬車の荷台を開放する。
天幕に遮られていた視界が開けると、青々とした空が二人を出迎え、羊たちはまぶしそうに体を丸くして荷台の中に一塊になる。
「ありがとうございましたガドックさん」
荷台から降りると、エリンは行儀正しくぺこりと頭を足りると、ガドックは気にするなと言わんばかりに大声で笑う。
「なぁに、物のついでだかまいやしねえよ。しっかし嬢ちゃんたち本当にいいのか? こんな奴についてきちまって、悪いこた言わねえぜ、こいつは悪いことはしねえが根っからのクズ野郎だ」
「やだなぁガドックさん、そんなこと……」
「知ってるわ。 半日足らずでよーく思い知らされたもの」
「えぇ、ですが協力関係ですし、何より私もお金が必要なので」
「クズの所はエリンさんも了承なんですね……」
エリンの言葉に、シンプソンは少し傷ついた。
「やれやれ、物好きな奴らだ。 まぁ金が絡んでりゃ絶対にこいつは裏切らねえから安心していいだろう。 こいつは面倒くさいしうざったらしいし自分勝手だが、人を嵌めたり陥れたりすることはしねえ。阿呆すぎて面倒ごとに巻き込まれはするがな」
「それ、褒められてるんですよね私」
「一応な、一応。 そんな事よりも、そっちのエルフの嬢ちゃんはそんな恰好でここをほっつき歩くつもりかい?」
シンプソンの質問をガドックは適当に流すと、代わりにエリンを指さしてそんなことをシンプソンに問いかける。
「え、えと……私これしか服を持ってなくて」
「そうですねぇ……まぁ別に服なんてどうだっていいんじゃないですか?」
「相変わらずお前は金以外のことはからきしだなシンプソン。 ここは良くも悪くも人間の町だ。それに、もう奴隷じゃねえならそんな服を着せてちゃ可哀そうだろうが……ほら、これをやるよ」
そういうと、ガドックは背中からかけていたバッグから女性ものの洋服を取り出すと、エリンへと手渡す。
浅い緑色の服は、大事に手入れをされてきたのだろう。 太陽の光を受けると独特な輝きを見せる。
「ガドックさん……あなたこんな趣味が」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ! 娘のだ、娘の! もう必要もねえからここいらの質にでも入れちまおうかと思って持って来てたんだよ」
「ガドックさん……娘さんって……あなたそれ」
「かまいやしねえよ。 娘も売り飛ばされるよりも、あんたみたいな嬢ちゃんに着られたほうが喜ぶだろうよ」
差し出される服をエリンは恐る恐る受け取る。
手触りで高価なものだということを理解したのだろう。
受け取った後も落ち着かない様子で服とガドックを何度も見返す。
「ほ、本当にいいんですか?」
「あぁ、シンプソンと一緒にいたら、着替えるタイミングもねえだろうからな」
「でも、こんな高価な服私なんかが着ても……」
「そんな事言わないの。きっとすごく似合うわよ? あなたはもう奴隷じゃないんだから、おしゃれを楽しんでも文句を言われる筋合いはないわ。 というか私が言わせないし」
エルフ族であるという点に引け目を感じるエリンを勇気づけるように、クレイドルはウインクをエリンに送る。
その言葉にようやくエリンは納得をしたのか、頬を赤らめてガドックからもらった洋服を抱きしめる。
「おしゃれねぇ……私には理解しかねますよ。 着るだけでお金が増える服ならまだしも、まぁただなら喜んで貰いますが……そもそもなんで皆さん服を着替えるのかが私は甚だ疑問ですよ。 仕事着一つあればクリーンの魔法だけで衛生は保たれるというのに」
そんな様子にシンプソンは理解ができないと言いたげにそう零すと、クレイドルは信じられないという表情でシンプソンを睨む。
「あんたそれ本気で言ってんの? 信じらんない……ちなみにその服着続けて何日目なのよ?」
「百より先は覚えてませんねえ」
「ドン引き……」
「なんでです? 汚れてもいないし臭くもないですよ?」
「そういうこと言ってんじゃないわよ。 人としての話。 はぁ……変人として扱われないと良いけど……あんたとの行動は本当に先が思いやられるわ」
「むっ、服装で言うならあなたもいい勝負じゃないですかクレイドルさん。 この前の町でも思ってたんですけれどなんでお腹出して町を歩いてるんです? サイズ間違えたんですか?」
「ファッションだっつーの! もぅ、本当にセンスのない奴って困るわ……エリンもそう思うわよね?」
「へ……わ、わたしですか!? えと、その」
「エリン?」
正直エリンもガドックでさえもお腹を出して短いスカート姿のクレイドルには正直変な格好と思っていたが、かわいそうなので誰もそこには言及をしなかった。
「ま、まぁそんな事より、町に入る前に馬車の中で着替えちまった方がいい。それとも羊に見られるのは恥ずかしいか?」
ガドックの冗談に、エリンは笑って首を振り、再び馬車の荷台に足をかける。
「いえ、大丈夫です。 それじゃあお言葉に甘えて」
「めぇーー!」
羊たちは歓迎をするように声をあげて少女を迎え入れるが。
そんな声を聴いてエリンはきょとんとした表情で首をかしげて振り返る。
「眼福? ガドックさん、眼福ってどういう意味ですか?」
「……やっぱ羊も外に出すわ」
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