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ゼロからのスタート

「実際、物の価値というものは不変ではなく……投資というものは……」


 町を出てからしばらく。 シンプソンはエリンにクレイドルにしたように投資についての知識を教える。

 

「なるほど……となると、シンプソンさんはリスクを分散するために、私を選んだのですね」


「その通りです! いやぁ、エリンさんは物覚えがよくて助かりますよ。さすがは魔術の知識にとんだ部族といった所でしょうか」


「シンプソンさんの教え方が上手なんですよ!」


「本当に素直でいい子ですねぇ……」


「えへへ、そんなぁ」

 確かにエリンは賢く、シンプソンの話すお金に対する知識に対し好奇心を隠すことなく質問を交えつつ講義を受ける。

 その姿はお金意外に興味のないシンプソンをして小気味よいものであるのか、饒舌に語るシンプソンもどこか楽しそうだ。


「それに比べて……」


「……むぅ。 あによ」


 そんな様子を、一人不機嫌そうに羊に埋もれてクレイドルは眺めており、シンプソンは声をかける。

 

「何でそんなにむくれてるんですか?」



「いや、その」


「まさか嫉妬ですか?」


「んなわけあるかい!」


「ですよね、よかった」


「どういうことよ!」


「そういうことですよ。 私、すぐに切れる女性はお断りですし、そもそも女性嫌いというか」


「あ、私わかります! お金にしか興味がない! ですよねきっと!」


「そうそれです、私のことを早くも理解してくれているみたいですねエリンさん。 協力関係においてお互いのコミュニケーションは重要になります。 別に険悪でも契約である限りある程度は大丈夫なんですが、長い旅です。 お互いぎすぎすではストレスがたまるでしょう?」


「こっち見るんじゃないわよこっちを」


「ストレス、溜まってます?」


「たまってない」


「そうですか、ではあなたと同じ協力者なんですから、エリンさんと挨拶ぐらいしたらどうですか? クレイドルさん」


「あんたが一人でしゃべってはしゃいでたせいで、タイミングが見つからなかったのよ」


「何をイラついているのやら、今回は本当に身に覚えがないですねぇ。 エリンさんわかります?」


 その質問にエリンは首を傾げた後にフルフルと首を左右に振るう。


「ということは今までは自覚ありでやってたんかいあんた、本当にそういうとこが……いや、ううん違うわね……ごめんなさい。 確かにイラついてたのは確かだけどその、気にしないで。 ちょっと自分とここにいない奴らにむかっ腹立ってただけだから」


「そうなんですか? タイミング悪いですねぇ、ファーストインプレッションは大事ですよ? このままだと貴方、慈愛の女神ではなく憤怒の……」


「間引き……」


「いや、気のせいでしたねえ! 怒った顔でさえも慈愛に満ち溢れていらっしゃる」


 クレイドルが放つ殺気に、シンプソンは慌ててとりつくろうが。


「女神?」


エリンはその二人の会話に戸惑う様に声を漏らす。

 その表情は自分の耳を疑うようであり、クレイドルは困ったようにため息を漏らす。


「ほらね、こうなるからタイミングを見計らっていたのよ。 下手したら信じてもらえないし、頭おかしい奴らって思われたら交渉も失敗していたかもしれないわよ?」


「ふむ、まぁ確かに。 その判断は正解ですね。 お気遣いありがとうございました。まぁそれやられてても特段交渉に支障はなかったとは思いますが、神父大人なのできちんとお礼が言えます。 えらいですねぇ」


「腹立つ」


「えと……その」


 困惑をするエリン。

 

 当然だ、目の前で普通に話していた人間が女神だと言われても到底信じることは出来ない。通常であれば頭のおかしな人間だと思われても仕方がない。

 だが、その発言をしたのは紛れもない自分を認めてくれた協力者なのだ。

 少しの不安と、本当なのかもしれないという思いが言葉になることはないのだが、必死に言葉を探す。

 

 そんな様子に、クレイドルは息をつくと。 リンゴを拾い上げ。


【命は巡り……また育つ】


 走る馬車の窓から、外に放り投げる。


 黄金に輝く光の軌跡。


 絡みつくようにリンゴを包むその光は大地に落ちると異常な速度でリンゴを成長させる。

 まるで時間の流れが異なる様に、光に包まれたリンゴは瞬く間に成長をしていく。


それを見つめること数十秒、無人の荒野に一つ神々しい光を放ちながら巨大なリンゴの木がさも長年そこにあったかのように表れる。


「お、黄金の光」


 声を漏らすエリン。

 見たことなどありはしないが、伝説の中で何度も聞いた女神クレイドルの放つ魔法の光。

 

 偽ることのできない真実に、エリンは目前にいるものが何者なのかを改めて知る。


「そういうこと、私の魔法は昔からなぜか金色に輝いちゃってね」


 舌を出して笑うクレイドル。 いたずらっぽい子供のような笑みも、エリンには神々しく見えてしまう。


「も、もしかしてですけれども……クレイドル様ですか?」


「そうよ、私はクレイドル。 女神クレイドルなの」


「はひぃ!?」


 慌ててひれ伏し、頭を垂れようとするエリン。 しかしその肩をシンプソンとクレイドルは受け止める。


「頭を下げないで、ここではただのクレイドルよ」


「そうです、あなたと私は協力者、上下関係はありません。 横に立つものなのですから」


「そ、そそそそそ、そんな事いったって私なんかが女神クレイドル様とお話をするなんて恐れ多くて」


「恐れ多くなんて無いわよ! ほら、クレイドル―って呼んでみて? なんならあだ名だって大歓迎よ!」   


「無理無理! 無理ですよおぉ!? シンプソンさんのような人間の方ならともかく、私のようなエルフがあ、あ、あだ名だなんて!」


「まぁ確かに、子供じゃないんですからいきなりあだ名で呼んでほしいはないですよねぇ」


「うるっさいわ! やっちゃえ羊さん!」


「めえぇーー!」


「いだっ!? いだだだだ! 暴力反対!」


「し、シンプソンさん!? ご、ごめんなさい、ごめんなさい私のせいで!」


「ほらほら! クレイドルさん! エリンさんが怖がってるじゃないですか! あだあぁ!? だからとめ、これ止めてください!」


「誰のせいよ誰の!」


「あいにく心当たりはありませんが……しかし今の状況では、焦っても逆効果ではないですかねぇ。 罪悪感を感じているのはわかりますが」


「うぐっ」


 シンプソンの言葉にクレイドルはエリンの方に視線を向けるとびくりとエリンの肩が震える。


 信仰とは程遠い、怖いものを見ているような恐怖と緊張が入り混じったような表情。

 無理もない、人間を愛し、それ以外を人と認めないこの世界で最も力があり無慈悲な女神。それがエルフ族にとっての女神クレイドルなのだ。

彼女が直接関与をしていないとは言え、事情を知らないエリンにとっては自分が奴隷になった原因でもある。

 だからこそ誤解を解こうと、あるいは何か償いができないかと思っての行動ではあったが。シンプソンの言う通りその行動はかえって彼女を不安にさせるだけであった。


「そうね……あんたの言う通りかも」


「ゆっくり時間をかけて慣れてもらいましょう……友達の作り方知ってます?」


「知らないわよ! それどころか生まれてこの方友達一人いないわよ! 悪いかバーカ! 知らなかったら何なのよ!」


「そうでしたか。 ちなみに私も知りませんからご安心を、知ってたら教えてもらおうと思っただけですのでお気になさらず」


「何なのよもう、わけわかんない」


「要は知らないことは無理に急いでしようとするなということですよ……お互いにね。 幸い彼女は女神を恐れはすれど、あなたに悪い印象を抱いてはいない。 ならきっかけは簡単に来ると思いますがねぇ」


 にこにこと笑うシンプソンは神父のようにクレイドルの肩に手を置く。


「地味に正論なのはむかつくわ」


 悪態をつくクレイドル。


「あ、あの、えと……ごめんなさい、私……私頑張りますから」


 そんなクレイドルに対してエリンは申し訳なさそうに耳を垂れてうつむくが。


「いえいえ、気にするなという方が無理でしょう。 エリンさんもゆっくり慣れていけばよいのですよ。しばらく一緒にいれば、あなたも彼女に敬意を払ってるのがバカらしくなるはずですよ」


「一言余計だっつーのこのバカ神父!」


 「膝あぁ!?」


 怒声と共に脛に刺さるクレイドルのつま先。

 いかに屈強な体を持っていたとしてもその痛みにシンプソンは悲鳴を上げる。


「おいこら! 騒がしいぞおめーら! 羊たちが怖がっちまうだろうが!おとなしく出来ねーならほっぽりだすぞ!」


 そんな騒がしい三人組に堪忍袋の尾が切れたと言わんばかりにガドックの怒鳴り声が響き渡る。


「「「ご、ごめんなさーい!!」」」


 騒がしく、新たな仲間を迎え入れながらも一行は迷宮の町ガルムへと向かう。


力もお金もチートスキルも何もかもゼロ。


 あるのはお金への執着心と胸に渦巻く罪悪感という最悪な組み合わせ。


 だが、シンプソンは成功を確信するかのような笑みを浮かべるのであった。



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