私とお金を稼ぎませんか?
「さて、ですが魔物を回避して最奥まで向かうなんて、言葉にすれば簡単ですがやれるものならみんなやっているはずです……こと人間はそこまで感覚が敏感なわけではないですからね。 迷宮という空間では、住み慣れた魔物の方が地の利がある、だからこそ魔物の襲撃を受けてしまうのですよ。 時には腹をすかせた魔物に、時にはうっかりなわばりに踏み込んでしまったためにね」
ここまでの話を聞いたクレイドルはようやくシンプソンの言わんとしていることを理解する。
「なるほど、そこでエリンの出番ってわけなのね?」
「え、わ、私ですか? 」
「えぇ、迷宮においてあなたの耳ほど優れた武器は存在しない。魔物の気配を読み、罠を回避し、そしてお宝の場所まで私たちを導く。 その耳と研ぎ澄まされた感覚があれば剣など必要はありません。その感覚を存分に振るいませんか? 報酬は全員で山分け、ごまかしは無しです」
「ま、魔物を避けて道案内をするんですか?」
恐る恐る、少女はシンプソンに問いかける。
それは、人間にとってみれば無茶に等しい難題。
「えぇ」
「そんな簡単なことでいいんですか?」
しかし、彼女にとってみれば、生まれてから今まで当然のように行ってきたこと。
その拍子抜けをしたような表情にシンプソンは満面の笑みを浮かべる。
「ええ! あなたにとっては簡単なことかもしれませんが、私達人間にはできないことなのです!」
「でも、迷宮は真なる人にしか攻略できないと……以前に聞いたことが」
「あなたも人でしょう? それにそのセリフは、人間の財力でなければ十分に迷宮攻略の準備を整えられないといったジョークです」
これは本当である。
「……でも、私はエルフ族なのに」
「だからこそです! 見せつけてやりましょう、エリン・フユツキは迷宮を攻略したのだと」
「攻略? 私が?」
考えたこともなかった、達成されるはずのない未来をシンプソンは語る。
「想像してみてください。 迷宮は人間が挑む場所と豪語し、あなたをバカにしながら高い装備に高価な剣をもってなおボロボロになって出てくる冒険者たち! その脇を、悠々と財宝を抱えて無傷で出てくる貴方! 言ってやりましょうよ、「こんなこともできないの?」ってね! あなたにはそれができる、自分が信じられなくても構いません……私が保証をしてあげます。もう誰にも、あなたを笑わせたりはしませんよ」
シンプソンの言葉は、エリンの心を弾ませる。
奴隷として日陰に追いやられ、物として扱われる毎日。
それは自分が人間ではないのが悪いのだとそう思い、長い耳を疎ましく思う時もあった。
人間は生まれた時に価値が決まるとこの世界では教えられる。
エルフ族という最も劣った種族は、森で生きられなければ奴隷として生きるしかない。
それはきっと、神様に最も嫌われた種族だからなのだとずっとエリンは教えられてきた。
だが、そのすべてをシンプソンは否定した。
少女は初めて夢想する。
黄金を抱え歩くその姿を、嘲笑ではなく羨望のまなざしで見つめる人間たちを。
息をのむのか、驚愕に声を上げるのか……それともその両方か。
ただ確実なのは、彼女を笑うものは一人もいないということだけだろう。
「人間が一番優れている? エルフは力が弱いから劣っている? そんなことはありません。 あなたは確かに重い荷物を運ぶのは苦手かもしれません。 武器をもって戦うのは出来ないかもしれません。 いいじゃないですか、そんなのは他の誰かに任せてしまえば!
苦手なことを無理してするよりも、得意なことを活用しましょう? 少なくとも、迷宮を攻略するにあたって、今現在貴方よりも優れたものは迷宮には存在しない! その力を存分に振るいましょう! 知らしめるのです、エリン・フユツキは、迷宮を攻略した最も優れた冒険者なのだと! もちろん、あなたがそれを望めばですが……」
一つ、エリンのほほに一粒の涙がこぼれる。
今まで彼女の両親でさえも彼女をここまで認めることはなかった。
人に生まれなかったのは悪いことで、この耳の長さと金色の髪、薄緑色の瞳は傷なのだと教わり生きてきた。
影に追いやられ、日の光すら許されない日陰者。
それがエルフ族であると教わり、エリン自身もそれが普通なのだと思っていた。
だがそれをシンプソンは否定する。
あなたはあなたでいいのだと。
エリン自身も見つけられなかった素晴らしさを見つけてくれた。
そんな人間が出会って二時間しかたっていない人だというのは何とも皮肉な話ではあるが、だからこそ彼女の心は大きく満たされ……あふれ出したのだ。
「どうですエリンさん……私とお金を稼ぎませんか?」
優しく差し伸ばされる右手。
打算でも詐称でもない。
それは紛れもない協力の申し出であり、エリンを対等に扱っている証明でもある。
「っ」
エリンは唇を噛んで、ありがとうという言葉を飲み込む。
あふれ出す感謝は、今この時この場所にはふさわしくない。
だからこそ。
「追加報酬は……甘いものたくさんで」
代わりにそんな条件を追加しシンプソンの手を取った。
「交渉成立です!」
固く握手を交わしながら馬車の中いっぱいに歓喜の声を響かせるシンプソン。
「めえええええ!」
それに呼応するように羊たちはいっせいに鳴き声を上げる。
「ふふっ羊たちも祝福をしてくれているみたいですねぇ! あいたっ!? いだっ!? お祝いはうれしいですがタックルはちょっと痛いですね!」
本当はうるさいという抗議の声であったが、エリンは何も言わなかった。
「盛り上がってるところ悪いが、そろそろ出るぞお前ら―!」
騒がしい馬車の中にガドックの声が響き渡り、しばらくしてから馬車は新たな仲間を連れて動き出す。
町を出る馬車から、エリンはこっそり町を臨む。
初めて来たときは信じられないほど大きく見えた町が、その日はとても小さく見えた。
◇