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神父シンプソン

 

 「シンプソン・V・クライトス、其方がここに呼ばれた理由に心当たりはあるか?」

 

 問いかける大柄な男は、椅子に座りながらも大の大人でさえも震え上がってしまいそうな眼光を向け、初老でありながらもドスの効いた声でびりびりと空間を震わせる。

 苛立たし気にトネリコの木で作られた執務用の机を指でたたく音は、金槌でも打ち付けているかのように強く、目は吊り上がり頬も少し赤い。

机の上に置いてあった山積みの資料が、その威圧に耐えられないと言わんばかりに音を立てて身投げをしたが、大司教の標的はあくまで一人、眉一つ動かすことなく目前の男をねめつけ続ける。


「さぁ、皆目見当がつきませんねぇ大司教。何か悪いことでもしました? 私」


 しかし、その言葉に対してシンプソンと呼ばれた男はひょうひょうとした様子でそう答える。わざとらしく両手を広げる仕草に、大司教の額にもう一つ青筋が浮かんだ。


「とぼけおって、先週行ったエルフ族への力の行使……私の耳に届いていないとでも思ったか?」


 とぼけても無駄だと念を押すような言葉に、シンプソンは一瞬だけ考えるそぶりを見せた後に、わざとらしく大げさに声をあげた。


「あぁ! そのことですか。隠すも何も、ただ人を救っただけですよ? あと助けたのはエルフ族ではありません、エルーンですよエルーン。耳が長いところしかあってないじゃないですか」


「そんなことはどうでもいい。人間以外の種族への奇跡魔法の使用は禁じられている。それを知らぬお前ではあるまい。神の技は人にのみ、それが最高神女神クレイドル様の教えであり、我らが守るべき掟だ」


「はぁ、おかしいですねぇ。だとしたら私の蘇生した少女の遺体はどうして生き返ったのでしょうか。禁じられているなら彼女にはそもそも魔法はかからないはず……。あ、もしかして私の腕がいいんですかねぇ! これは、給金アップ案件では?」


「ふざけるのも大概にしろシンプソン!! 貴様がエルフ族から賄賂、ガイア金貨50枚を受け取ったことは調べがついている。神聖なる神に仕える人間が、賄賂を受け取って教えを破るとは……厳罰は覚悟しておけよ?」


「だからエルーンですって。それに賄賂だなんて大げさな。お金を払われたら仕事をするのは当たり前じゃないですか。ガイア金貨50枚、そんなに高い値段ですかねえ? 人間の蘇生平均レートのだいたい半分ですよ?」


「高いか安いかの問題じゃない! 禁じられたことをすることが問題なのだ! それだけじゃない。シンプソンお前、先月のアンデッド討伐遠征の際にも法外な値段を町に払わせただろう!」


「わたしだって命かかってるんですよ? たかだかターンアンデッド一回につき金貨200枚要求したぐらいで何を目くじら立てていらっしゃるのか、謝礼でほかの神父たちもそれぐらいは貰っているでしょうに」


「それを小分けにして50回も放ったことが問題なんだよ!? なんだ金貨10000枚って! 家が10軒は建つぞ!」


「えぇ、人の命100個分です。あの町の人口が約10000人ですから、安く済みましたね」


「高いわ!?」


 我慢できないと言わんばかりに、大司教は机を掴んで前に倒す。


 山積みにされた資料が次々に宙を舞ったが、シンプソンは面倒くさそうな表情のままため息を漏らした。


「あーもーうるさいですねえ、何がいけないっていうんですか? こっちだって慈善事業じゃないんですよ?」


「慈善事業なんだよバカ野郎! 我々クレイドル教会はあくまで、人々のお布施で成り立っている。貴様のような行為は、クレイドル教会の信用を失墜させることになるのだ!」


「大変ですね」


「他人事じゃねーよお前のことだよ! 自分の立場わかってんのかお前! いつもいつも金の事ばっか考えやがって! 神と金どっちが大切なんだ!」


「お金です」


「き、き、貴様……あくまでも私をおちょくるというわけだな?」


「まさか、確かにあなたの顔がリンゴのようになっていく様を眺めるのは他の方々が見れば愉快なことかもしれませんが、私はそんなものに興味はありません、お金を稼ぐことがわたしの喜び、楽しみですからね。だからこそお金のためならば何でもしましょう。たとえクレイドル様に馬糞を投げたら金貨をくれるというならばバケツ一杯分喜んで掛けますし、逆でも喜んでかけられますよ?」


「いい加減、異端審問にかけるぞ貴様」


「なぜですか!? 確かに私はお金のほうが大好きですが、クレイドル様も大好きですよ! だって彼女の名前はお金になりますからね! 神父になったのもお金が一番簡単に稼げる仕事だからです! 当然でしょう?」


「物、金への執着は神への冒涜だぞシンプソン! 我々は神へ感謝をし、慎ましくも神の恩恵を噛みしめながら生きる迷える子羊でしかない! 人である、人でいられる。それだけでただ幸福なのだ! それをあまつさえ利用するなどと……恥を知れ!」


「いえいえ、そもそもクレイドル様の教えとか言いますが、本当に神様はそんなこと言ったんですか? 全知全能すべての命を揺り籠から墓場まで守護し導く。そんな大神が、人間だけを愛するなんてえこ贔屓するんですかねえ? お布施とか言ってましたが、信教税とかいう片腹大激痛な税制度も踏まえて疑問符が頭の上で社交ダンスを開いてるんですけど。上の神の座で胡坐かいてる神様にちょっと聞いてみてもいいですかねえ?」


「クレイドル様は世界と人を作りし最高神に在らせられる! 生命の礎を築き、その後ほかの小神が人を支えるための種族、エルフ・ドワーフ・ノーム・ハーフリング・その他の種族を作り上げたのだ! 大神の加護あるからこそ人は発展をしたのだ!」


「それ、ただ単に人が一番多かっただけなんじゃないですかねえ」


「馬鹿が! 人が他部族より優れているが故だ! だからこそ他種族よりも数が多いのだろう!」


「取り柄も強みもないから、多めに作ったのでは?」


「ぶっ殺すぞお前」


 ぶつんと大きな音が響き渡り、同時に今まで抑えていた暴言がドラゴンの咆哮のごとく響き渡る。


「これはまた……人殺しのほうが他種族助けるよりも重罪ですよ大司教……知ってました?」


 だがシンプソンは動じる様子はなく、そんな上げ足を取り口元を緩ませる。


「ぐ……ぐぐぐぬぬぁ」


「ちなみに、人を殺害するなどという発言も……」


「破門だ……」


「え?」


 耳に手を当てて、シンプソンは聞き返す。


「破門だと言ったんだシンプソン! 貴様にはもう二度と、このクレイドル教会の門はくぐらせん! とっとと出ていけ! このケチな背信者め!!」


 破門、長年クレイドル教会に所属する敬虔な信徒であれば絶望と共に泣き叫ぶような厳罰。

 しかしながら神父シンプソンは泣き叫ぶどころか満面の笑みを浮かべると。


「おやおや破門ですか。命を救って破門とは随分と数奇な運命ではございますが、それが神の御意志であるならば甘んじて受け入れましょう大司教。短い間でございましたが運命さだめであるならば仕方ありません。またお会いするその日まで」


「会いたくねーよ! お前なんかとは二度とな!」


 溜まりに溜まった怒りを吐き出すように、大司教は子供のように近くにあった本を手に取ると、シンプソンに向かって構える。


「そうですか、ではご機嫌よう」


 その様子にシンプソンは芝居がかった一礼をして大人しく退室をする。破門されたものの表情とは到底思えない笑顔であったが、この時の大司教は気づくはずもない。

 

 この破門が教会を、やがて世界の常識すらも変えてしまう結果を招いてしまうことを。


 彼の名前は神父シンプソン。


 守銭奴であり、金の亡者であり……のちに神に最も愛された男とも、世界で初めて【迷宮の攻略】を果たした男とも呼ばれる人間である。


 この物語は、そんな彼のお金への飽くなき探求心により、世界が変わる物語だ。



「はぁ……たく」


 手に持った本を床に投げ捨て、大司教は大きなため息をついて腰を下ろす。


 力量だけを見れば、シンプソンの破門は大きな痛手であるが、もうこのストレスに悩まされることが無いと思うと、胸のすくような気持が彼を包み込んでいた。


 ストレスによく効くとされているハヌマヌカの飴も、いつもより甘く香り深く感じ、まるで赤子の昼寝のような穏やかな表情を浮かべ、椅子の上で瞳を閉じる。


 と。


「大司教! 大司教大変です!」


 ノックもなく、部下である司祭が部屋に転がり込んでくる。

 

「今度はなんだ……」


 呆れながらもどこか心穏やかに、新たな問題に対して瞳を開く。


「大神クレイドル様! クレイドル教会の神の座より脱走なされました!」


 大司教の口の中にあるハヌマヌカの飴が、一瞬で味を失った。

 

                     ◇


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