8.冒険者をはじめよう。(後)
それから3日間。
冒険者管理委員会事務所を通して案件を獲得し、仕事をこなす日々が続いた。
が、それは銀剣級冒険者ゲルハルトにとって、あまりにも容易いものであったことは説明するまでもない。
魔物が出没する森で薬草を採取する、逃げ出した家畜を探しに往く、郊外で見かけるようになった狼の駆除――冒険者の仕事とはこういうものだったか、とゲルハルトは退屈しつつも、懐かしい感覚に囚われていた。
前述の通り、直近の周回では邪神撃破を最優先に動いていた。
そのため周回によっては冒険者管理委員会事務所に冒険者登録さえせず、魔王級の殺戮に明け暮れることさえあり、一般的な冒険者の仕事をこなすのは本当に久しぶりであった。
4日目の朝、事務所のロビーで朝食を摂っていると、「やっぱりすごいね、キミは」とシズクが感心した様子で話しかけてきた。
ちなみにこの間、相棒として銀剣級冒険者のシズクも冒険を共にしていた。
最近まで引退生活を送っていた元・熟練冒険者、というカバーストーリーもうまく働いており、ゲルハルトに対するシズクの視線は尊敬の念がこもり始めていた。
「引退前はどの級までいってたんだい?」
「……秘密だ」
「そう、悪いこと聞いちゃったかな。ごめんね。でも事務所もけちだね」
シズクが言うのは、冒険者の等級の話である。
冒険者管理委員会では登録した正規の冒険者に、その実力に応じて等級を与えている。
駆け出しの最下位が黄銅級。
それから昇級していくと銀剣級、金翼級、金剛級、白銀級、緋鋼級と上がっていき、最高位は玉鋼級、と冒険者には7つの等級がある。
当然ながら上級になればなるほど、当該級の冒険者は少ない。
一般的には一人前の冒険者が銀剣級、熟練と見做されたが冒険者が金翼級となるように、冒険管理委員会は査定と昇級を行っている。
その熟練者の中でも研鑽に研鑽を重ね、幸運に助けられた者が金剛級に認められている。
そしてこの金剛級が、常識的範疇で昇級できる限界とされている。
それは上級悪魔と単騎で渡り合える金剛級を超える冒険者――白銀級・緋鋼級に認められる実力者などはほとんどおらず、玉鋼級に至っては史上数名を数えるのみだからであった。
つまり実力の上からすれば、ゲルハルトは緋鋼級や玉鋼級と認められても何らおかしくなかった。
「まあ、事務所も特例を作りたくはないんだろう」
だがしかし、防衛戦で活躍した黄銅級のゲルハルトは銀剣級に昇級するに留まった。
事務所は実力もさることながら、それまで積み立ててきた実績・信頼も査定のポイントとしているらしい。
基本的には飛び級を許さないことを、ゲルハルトは長年の経験からよく知っていた。
「単騎でグレーターデーモンをやっつけられるんだから、ふつうは金剛級まで飛び級でもかまわないとボクは思うんだけどね」
はあ、と溜息をつくシズクに返事をすることなく、ゲルハルトは無言で朝食のフィッシュアンドチップスを口に運ぶ。
実際のところ、ゲルハルトは単騎で上級悪魔どころか高級悪魔、魔族領主、そして魔王級さえも殺せる。
もはや人類の尺度で測れる強さではないため、玉鋼級でさえも過小評価と言わざるをえないだろう。
だがしかし、ゲルハルトが不満に思うことはない。
自身の名誉や周囲の評価のために戦っているわけではないからだ。
彼の戦う理由は――。
「す、すみません!」
突然、ふたりに声がかけられた。
「なんだい」
視線を遣るとそこに立っていたのは、金髪翠眼の少女であった。
厚手の長衣と、白銀で被覆された魔法杖――どうやら魔術士か、聖職者かなにからしい。
だがそのあどけなさの残る容貌は、修羅場を潜る冒険者というよりは、学生に近いようにシズクには思えた。
「ボクたちになにか用かな?」
「あの、お願いがあります!」
真剣な面持ちで彼女は、ふたりに対して語り始める。
彼女の名前はシーナ。
癒しの女神を信仰する聖職者であるといい、孤児院の出身であるが努力の末に癒しの魔術を修め、数か月前から近くの農村で診療所を開いていたらしい。
もちろん平穏無事であれば、彼女は事務所を訪れたりはしない。
事件が起きたのは数日前。
農村の家畜小屋が襲撃され、牛が何頭か食い殺される被害が発生。
どうやら農村のそばにレッサードラゴンが営巣したらしく、その後も鶏小屋が襲撃されたり、村の外れにある民家が壊されたりする被害が続いたという。
そこでシーナが急遽、駆除を請け負ってくれる冒険者を探しにこの街にまでやって来たということであった。
「もちろん、まかせておいて」
事情を聞いたシズクは、二つ返事を引き請けることを承諾した。
一方、ゲルハルトの表情は浮かない。
「事務所に正式な依頼は出したのか。なぜ俺たちに直接声をかけた」
「依頼は出しましたが、なかなか請け負ってくれる方が見つからなくて……。あとは先程の会話が耳に入ったからです」
シーナはそこで照れ笑いを浮かべた。
「銀剣級以上の実力をお持ちの方、と聞きまして……」
「うん。彼はたしかに金剛級、それ以上の実力をもってるよ。なにせ単騎で上級悪魔複数をやっつけて、下級悪魔の群れをなぎたおすくらいだからね」
「そ、そうだったんですね! すごいっ!」
興奮した様子でゲルハルトの手を握りしめるシーナ。
だがしかし、ゲルハルトは彼女を無視してシズクに聞いた。
「シズクはこの依頼、請けるのか」
「もちろんだよ」
まあそうだろうな、と思う。
彼女は困っている人間を放っておけない。
なら俺も往こう、とゲルハルトは頷いた。
レッサードラゴン討伐。
当然、数百と生死を繰り返してきたゲルハルトのことだ、このイベントを経験したこともある。
だがしかし、彼にとってこのイベントはあまりいい思い出はなかった。
◇◆◇
シーナはヒロインではなく数話の内に退場しますのでご了承ください。
次話投稿は12/1(土)の午前9時を予定しています。