5.勝利わかちあう宴。【※挿絵有】
(私服シズク近影。※【Vカツを利用して作成したスクリーンショット画像です】)
◇◆◇
「金剛級のバルテルだ。先日はみなよくぞ死力を尽くして戦ってくれた。みなのお陰で、この街はいまもここに在る。本日は祝勝会だ」
魔王級私掠伯の私兵による襲撃から、3日後。
冒険者管理委員会事務所のロビーでは、生き残った冒険者や自警団員、大陸魔術協会の魔術士たちや神信教会連合の聖職者が一堂に会し、勝利を祝う酒宴を開いた。
「そして文字通り決死の覚悟で戦い抜き、魔物たちを道連れに討ち死にした仲間たちの慰霊会でもある」
襲撃による街全体の死傷者・行方不明者は、約1000名。
この街の総市民数は約3万、その内の約3%が犠牲になった計算になる。
また生き延びたものの、自宅や家財道具を焼かれた者も多い。
それでもゲルハルトをはじめとする冒険者ら有志の奮闘もあり、あり得たかもしれない最悪の事態だけは避けられた。
人々はたくましく生活の再建・復興にとりかかり、また現在では急報を受けて派遣された王国軍の1個連隊(約2000名)が、自警団員らから街の防衛を引き継いでいる。
この正規軍の出動により、とりあえず当面の危機は去ったと冒険者らは判断。
ようやく彼らは臨戦態勢を解いて、祝勝会を開くことにしたのである。
「諸君。先に逝った者どもに、まず献杯したい。献杯」
「献杯ッ!」
「献杯」
「献ぱァーい!」
先の防衛戦に参加した者たちは、みな酒をなみなみと注いだ酒器をぶつけ合い、防衛成功を祝い、生き残ったことを祝い、そして逝った者たちに思いを馳せた。
あとは、どんちゃん騒ぎである。
特に死線を潜り抜けることが常日頃の冒険者たち。
表向き彼らには、湿っぽい感情はみられない。
「だからボクは心配したんだよ。キミがねえ、駆け出しの冒険者だとばかり思ったから。なのになんだい、あれは。グレーターデーモンなんか、簡単にやっつけちゃうじゃないか」
「確かにそれは悪かった。だがな……」
「まったく、ホントに心配して損したよ。ボクも大声出して、もうはずかしいよ」
そしてその最中、ゲルハルトは事務所の片隅で延々と酒の入ったシズクに説教されていた。
内容はやはり黄銅級冒険者として新規登録をしたことで、シズクに実力を誤認させ、心配をかけさせたことについてが中心であった。
「それにボクは街を案内してあげたけど、もしかしたらホントはもう街のこと、知ってたんじゃないのかな。すごいスムーズに、街中を走って戦ってたし」
「ん、ああ。いや……」
「むう~っ」
シズクのジト目とふくれっ面に、ゲルハルトは苦笑いしかできない。
ちなみにこの酒宴の場で、ゲルハルトは素面であった。
勿論、付き合い以上に3杯、4杯と酒杯を乾かしているが、数百回の逆行転生の最中で身に着けた体内解毒作用が、瞬く間にアルコールを分解してしまうのである。
故に彼は、こうした場では基本的に聞き役となる。
「まったく」
ぷんすか。
シズクは酒器の中身を飲み干すと、ゲルハルトから離れた。
どうやらおかわりをもらいに行くらしい。
(やれやれ)
当然、ゲルハルトは彼女の心中が分かっている。
別に彼女は本気で怒っているわけではないのだ。
あれは単なる、照れ隠しみたいなものである。
さて。
(実は数年前まで冒険者として活動していたが、ここ最近は引退生活を送っていた)
シズクの口撃から解放されたゲルハルトは、この機会を逃さない。
なんとか彼女を納得させられる、カバーストーリーを考えはじめた。
(だから事務所では冒険者登録が抹消されていて、黄銅級からの新規登録が必要だった。この街にも幾度か立ち寄ったことがあったが、建物が建て替わっていたために戸惑っていた……というのはどうだろう)
いけるか?
少し突っこんで調べられたら、すぐにボロが出るだろうか。
彼は1秒だけ逡巡したが、だがしかし最後にはいけると判断した。
(酒の場での話だ。矛盾が出たら出たで、あとで取り繕える)
いまはとにかくシズクのだる絡みから逃れる方法が必要だった。
「おう、ゲルハルト! ようやく彼女から解放されたかッ!」
シズクから解放されるタイミングを見計らっていたのは、ゲルハルト自身だけではなく、周囲も同様だったらしい。
バルテルをはじめとする野郎連中がゲルハルトに殺到し、口々に「よくやったよくやった」と怒鳴り散らす。
「お前がいなきゃ、たぶんこの場にいる連中のほとんどは死んでたぜ!」
「なにが黄銅級だ、すぐに推薦して銀剣級、金翼級にまでしてやる!」
「馬鹿もんが、こいつは金翼級で収まるやつじゃない! 実力は俺より上なんだ、まずは金剛級だ金剛級! 金剛級に推薦してやる!」
汗臭い野郎どもに揉みくちゃにされて、困惑顔のゲルハルト。
「こら、キミたちなにしてるんだ! なんだキミたちは、ほもか? ほもなのか?」
そこにシズクが戻ってきて、混沌は増していく。
ぷんすかと効果音を立てながら戻ってきたシズクは、ゲルハルトに抱きついていたバルテルら冒険者たちの脳天に、連続チョップを食らわせる。
痛てぇーと冗談交じりの抗議を、冒険者たちが口にした。
「別にいいじゃねえか、俺たちだってゲルハルトと勝利を分かち合いたいんだよ」
「彼とはボクが話をしてたところなんだ。おじゃま虫」
「そんなん知らんわ、お前はゲルハルトの彼女かなんか?」
「むう~っ」
冒険者らとシズクの口喧嘩に対して、ゲルハルトは我関せずを決めこんだ。
その彼の視界の隅に、影がチラついた。
「悪い、ちょっと外す」と言ってゲルハルトは、争奪戦に夢中になっている冒険者らとシズクから離れると、事務所の外に向かった。
神託の時だ。
ゲルハルトの頬を、冷たい闇夜の空気が撫でた。
事務所の外は、内とは対照的にしんと静まり返っていた。
未だ血痕を初めとする闘争の跡は残っているが、平穏な夜がそこにはあった。
そして夜の路上にぽつねんとひとり、人影が立っている。
「千単位の血肉と、見事な闘争。素晴らしき供物、堪能させてもらったぞ。余は満足である」
鮮血の夜会服を纏った金髪碧眼の女性は、ゲルハルトに微笑んだ。
美しい貴婦人然とした彼女。
だがその相好は、明らかに常識的範疇から外れている。
右手で握るのは長大に過ぎる両手剣。
そして左脇で抱えるのはアークデーモンの生首。
「お喜びいただけたようで、光栄です」
ゲルハルトが頭を垂れる。
女性はそれを見て、満足そうにうなずいた。
彼女は闘争を最上の供物として顕現する戦女神――そして時空の女神に並ぶゲルハルトの協力者である。
◇◆◇
拙作をお読みいただき、またブックマーク登録と評価をいただきありがとうございます。
この後の展開ですが、主人公は神格に導かれながら邪神撃破の糸口を見出していきます。
基本方針はシズクのようなヒロインの死亡展開はなし、魔王級の敵とは実力が拮抗しているため苦戦をしつつも最後には勝利する(敗北展開はなし)でいきたいと考えています。
次回の更新は11月29日(木)を予定しています(そこから再び連日投稿)。
これからも応援していただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。