4.はじまりの戦い、はじまりの街とシズクを救え。(後)
冒険者管理委員会事務所は成程、常に冒険者が屯ろしているだけあって、緒戦から悪魔たちを寄せつけなかった。
単騎で上級悪魔に立ち向かえる実力者、金剛級の冒険者が指揮の下で、冒険者それぞれが即席のパーティを組んで防戦にあたっている。
また街の人々からしても、冒険者ギルドならば強者揃いだろうという認識があるため、ここを反撃の拠点として、大陸魔術協会の魔術士たちや神信教会連合の聖職者たち、街の各所から撤退してきた自警団員たちが集っていた。
だがしかし、ひとり、またひとりと彼らは倒れていく。
(数が多すぎる……)
ジリ貧。防戦の指揮を執る金剛級のバルテルは、焦燥に襲われていた。
レッサーデーモンはもちろんのこと、グレーターデーモンでさえ数が減る様子がない。
近接戦職の冒険者たちや聖職者たちはみな、1人につき2、3体のレッサーデーモンを引き受けており、文字通り決死の覚悟で戦いを続けている有様。
「オオ――ッ!」
数的劣勢を跳ね返さんと、気迫とともにバルテルはその巨大な剣を振るい、一撃の下で2体のレッサーデーモンを叩き殺した。
「自警団員の諸君は事務所内に戻り、魔術士の直掩に回れェ! ルディ、リュック、右から来る新手に注意しろ!」
「了解、バルテルのおっさんも気をつけろよ!」
「次はバルテル殿を援護せよッ!」
事務所の窓から次々と魔術協会の魔術師たちが【魔弾】や、【火球】を飛ばし、バルテルや他の冒険者を援護し、戦鎚を携えた腕に覚えのある聖職者たちは、自身が信仰する神の名を叫びながら上級悪魔に殴りかかる。
金翼級の冒険者が上級悪魔の攻撃を防いで彼の脚を止め、鉄製の棍棒を振り上げた聖職者が、グレーターデーモンの脳天を割る。
だがその傍から、他のグレーターデーモンが唱えた攻撃魔術が一帯に降り注ぐ。
悲鳴。反応に遅れたレッサーデーモンたちと、回避が間に合わなかった1人の自警団員が、炎に呑みこまれて路上をのたうち回る。
「フレデガル、俺と来い! 彼を救助する!」
「正気かよ……バルテル兄貴の御命令ならしょーがねえ!」
全身に火傷を負ったまま転がる自警団員を助けるべく、バルテルがレッサーデーモンの垣根をぶち破る。
と、同時に双剣使いの銀剣級冒険者フレデガルが、バルテルの撃ち洩らしたレッサーデーモンにとどめを刺し、バルテルと自警団員の退路を確保する。
「助け合いの精神は美しいな、人間」
が、そのフレデガル目がけて、グレーターデーモンが殴りこんだ。
「糞ッ、誰か助けてくれ!」
悪魔の剛腕を屈んで辛うじて避けたフレデガルは、両の手に握る双剣で素早くグレーターデーモンの両脚を斬り刻んだ。
腱を狙った斬撃だ。
だがしかし、彼の刃は表皮と肉を幾らか斬りこんだまでで、悪魔の強靭な筋肉を断つには至らない。
「やるではないか。銀剣級にしては」
「やべ――」
余裕綽綽で悪魔は再び拳を繰り出し、フレデガルの側頭部を捉えた。
途端、千切れとんだ首が路上を転がり、血飛沫が街路を濡らす。
どさり、と胴体が力なく後ろ向きに倒れ、双剣がむなしく金属音を立てた。
「フレデガルッ――畜生が!」
一方で退路の確保を担っていたフレデガルが斃れたことで、バルテルは敵中に孤立した。
重傷者を助けるどころの話ではない。
四方八方からレッサーデーモンが掴みかかり、それを捌くので精一杯になる。
叩き斬り、叩き斬り――それでも現れる新手。
他の冒険者たちもバルテルの危機に気づいたが、彼らもまた複数の敵を相手にしており、背を向けて救援に向かう余裕がない。
もはや予備戦力がない以上、どうしようもない――。
そのとき高らかに、頭上から声が降ってきた。
「汝は希望の灯火!」
それは焦燥と不安を撃ち祓う絶叫。
そして人々の胸中に、希望もたらす宣言。
「絶望の闇撃ち祓う刃ッ――ファイアフライ!」
続いて駆け抜けるのは、無数の魔弾。
それは味方の合間を翔け抜け、確実に敵の耳目にのみ入りこむ。
3秒後には、路地を目から火花を吐く悪魔たちが埋め尽くしていた。
眼球が破壊され、耳内が破壊され、脳が破壊され、最後には頭蓋の全てが焼き尽くされる。
魔剣ファイアフライは、瞬く間に悪魔たちの脳漿を食らい尽くして無力化した。
「数頼みの雑魚どもが」
そして無数の死骸が転がる虐殺の現場に、魔剣ヴィルベルヴィントから魔剣ファイアフライに得物を持ち替えたゲルハルトが降り立った。
「なんだ、貴様はァ――」
寸前に魔術障壁を張り、防御に成功した数匹のグレーターデーモンがゲルハルトを誰何する。
すると彼は、にやりと笑って「黄銅級冒険者、ゲルハルト」とだけ名乗った。
「黄銅級? ふざけるな!」
グレーターデーモンたちが拳を振り抜いて、亜音速で飛びかかる。
だがしかし、呆気ない。
空気抵抗を極限まで減じ、攻撃速度を底上げする疾風剣から、魔剣ファイアフライに持ち替えたにもかかわらず、ゲルハルトの斬撃は目視することが難しかった。
攻撃を仕掛けた側であるはずの青い悪魔の上半身が、腰から零れ落ち、臓物と血液が道端にぶち撒けられる。
その拳骨を繰り出そうと振りかぶった上級悪魔は、袈裟懸けに斬り捨てられ、バランスを崩し、最後の打撃を繰り出せぬままに絶命する。
反応不可能な速度で繰り出されたゲルハルトの水面蹴りに足首の骨を砕かれ、転倒したところを魔剣ファイアフライの切っ先を叩きつけられ、頭蓋骨をかち割られて即死する。
……彼らは飛びかかった順から解体され、そしてそのまま無数の死骸のひとつになった。
「終わった、のか」
その場に立っているのは、人間のみ。
生き残った、と誰かがぽつりと安堵のつぶやきを洩らす。
と同時に、生の喜びが伝染し、爆発した。
「やった、勝った……」
「マジかよ、敵が全滅だぜ」
「ゲルハルト、ゲルハルトか! おめえ最高だぜ、守護天使だ!」
冒険者たちが歓声を上げ、ゲルハルトの最も近くにいた男が彼の肩をバシバシ叩く。
だがゲルハルトの表情は固い。
まだこの街中から全ての敵を駆逐できたわけではないのだから。
喜ぶのは早い、とゲルハルトは周囲に釘を刺した。
「とりあえずこれでギルドを安全地帯にできた。ここを中心拠点として、負傷者や避難する人々を助けていこう」
確かにそのとおりだ、と大剣を下ろしたバルテルも頷く。
ゲルハルトは筋骨隆々の熟練冒険者を一瞥すると、魔剣を構え直した。
「俺は1匹でも多くの悪魔を殺す。他の冒険者の指揮や避難の誘導は頼む」
すると、バルテルは「いいのか」と意外そうな表情をみせた。
「こういう場合は強者が指揮を執り、他の者の先頭に立つものだが」
「……俺は戦うのは得意だが、誰かに指図するのは苦手だ」
「わかった。任せておけ」
請け負ったバルテルは、すぐさま周囲の冒険者や自警団員たちに指示を飛ばしていく。
と、同時にゲルハルトは跳躍し、新たな獲物を血祭に上げるべく走り出した。
あとは時間との勝負。どれだけ悪魔を殺し、どれだけ人々を救えるか。
(ひねくれてるように見えたけど、本当はキミ、いいやつじゃないか)
新たな敵を求めて夜闇に消える背中。
それを見つめていたシズクは、穏やかな笑みを浮かべた。
幼子はいつの間にか泣き疲れたか、安堵からか、シズクの腕の中で眠りに落ちていた。