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1.686回目の逆行転生、『はじまりの街』に立つ。

「またやられちゃいましたねえ」


 吸い込まれるような蒼穹そうきゅうの下。

 気がつけばゲルハルトは、石畳で敷かれた街道の端に立っていた。

 馬車や人々が行き交い、道端に商品を並べた行商人の口上が聞こえてくる。

 屋台を冷やかす人々のお喋りの声、冒険者たちの景気のよい笑い声。

 先程までの修羅の時間は消え失せて、いま彼の周囲には平穏な日常が在った。


(ああ……)


 数百回目の転生リトライ

 あるのはある種の諦観のみ。

 もはや敗北に伴う感情はない。


「今回こそはいけると思ったんですが」


 人々の笑い声の最中に紛れる幻聴――時空の女神の声を無視して、ゲルハルトは思考の海に沈んだ。


邪神かのじょに勝つことは、不可能では)


 人類種最強にまで上り詰めたゲルハルトは、並外れた記憶力を身につけている。

 現在まで完全復活した邪神と戦った回数は、計151回。

 内、151回とも相手にダメージらしいダメージを与えられず、惨殺されてきた。

 もちろん、彼は1度たりとも自棄やけになったことはない。

 常に勝算を見出して、邪神復活の瞬間を迎えていた。


 今回も勝算は十分にある、と判断していたのだ。


 まずは復活直後に合わせて放つ、【悪果焼滅ニュークリア・ファイア】による先制攻撃。

 もちろん初手の魔術による奇襲攻撃が通用しない可能性も、十分に想定していた。

 故に得物は空力制御によって空気抵抗を極限まで減じ、最速の抜刀を実現できる魔剣ヴィルベルヴィントを選んだ。

 なおヴィルベルヴィントの長所は、その速度のみにあらず。

 傷つけた相手の体内を防御不能の鎌鼬かまいたちで斬り刻む、という反則級の攻撃力も有しており、これならば邪神の防御を掻い潜ってダメージを与えられるのではないかと考えたのだ。


 防御面では、ゲルハルトですら反応しがたい邪神の攻撃を防ぐために、自動的に魔力障壁シールドを展開する長髭族製の『試製展開式魔力装甲』を纏った。


 自画自賛になるが、世界最強の武具を揃えて臨んだと彼は考えている。


(それでも届かない、となれば――)


 邪神を撃破するよりも、復活阻止の方が現実的かと思う。

 もちろんゲルハルトとて、数百回にも及ぶ逆行転生の中で邪神の復活阻止に挑戦したこともあるが、直近ではそれを諦めていた。

 その理由は単純だ。

 逆行転生リトライから邪神復活まで、あまりにも時間がないためである。

 現時点で中央大陸東部に群雄割拠する魔族領主――邪神を崇拝する知謀権謀に長けた魔王たちは、邪神復活の方法を発見している。

 あとは復活の術式を発動するために莫大な魔力、その源となるにえを用意するだけという段階にあり、通常では2年から3年のうちに邪神は復活してしまう。

 それでも、と一縷いちるの望みを賭け、ゲルハルトは逆行転生直後から世界各地の魔王を殺戮して回ったこともあった。

 だがそれはむなしい努力であり、結局のところ邪神は必ず復活する。

 それどころか50以上の魔王を殺害したときには、転生から約半年という短い時間で邪神を復活させてしまった。

 原因は未だにわからないが、殺害された魔王が内包する膨大な魔力が、邪神復活に転用されたからかもしれない。


(だが何もしないよりは善い)


 いまさら2度、3度失敗したところで変わらない。


(現在の実力で本気を出せば、魔王級の連中全てを皆殺しにできるだろうか)


 棒立ちのまま、脳内で精緻せいちな計画を立てていく。


(まずはここから最も手近、魔領西部辺境伯を自称する魔王級“私掠しりゃく伯”を殺す。続けて南下し魔王級“興奇きょうき公”を殺す――いや、ほとんど遭遇したことのない興奇公よりも、脅威度が高い“黒鉄くろがね公”を殺しておくのが先決か。その次は……)


「ねえ」


 そこでゲルハルトは、視線に気づいて振り向いた。

 そして、しまった、とだけ思った。


「きみさ。もしかしてこの街、はじめてかい?」


 その風貌は、剣士職の冒険者。

 軽量の鎖帷子くさりかたびらと、女性でも扱いやすい細身の剣を腰から吊るした彼女が、穏やかな笑みを浮かべてそこに立っていた。

 いつでも寝ぐせが少し残る黒髪のショートカット。

 群青の空を映したような青い瞳。

 そして優しすぎる、穏やかな笑み。

 見覚えのある顔の登場を前にして、ゲルハルトは言いよどんだ。


「いや……」

「うそはやめようよ。ボクの名前はシズク。さっきから見てたけど、きみ、さっきからずっと立ちんぼだったじゃないか」

「まあそうだが」

「じゃ、ボクがこの街を案内してあげよう。ついてきて」


 返事を聞かずに、ずんずんと歩き出すシズク。

 その背中を2秒見つめていたゲルハルトは、まいったなと思った。

 彼女に付き合えば貴重な1日が潰れ――そして、ある事件に巻き込まれることになる。


(邪神を滅ぼすために、このイベントは必要ない。断るべきだ)


 だがしかし、気の迷いか。

 ゲルハルトは非情になりきれず、彼女に続いて歩き始めた。

 時の女神のささやきが、どこからか聞こえてくる。


「『はじまりの街』で、『はじまりの人』に会い、再び『はじまり』を経験する。ここ500回くらいは回避してきたイベントだから、久しぶりにはいいんじゃないかしら」


◇◆◇


 貧しい農村出身の冒険者シズクは、困っている者を見ると放っておけないタイプの人間だということを、ゲルハルトはよく知っていた。

 だから呆けていたところを見て、彼女は話しかけてきたのだ――“1回目”と同様に。

 彼女は変わり者だが、悪い人間ではない。


「ここは目抜き通りさ」

「ここは両替商だよ」

「ここが冒険者管理委員会事務所ギルド。登録は済んでるの? まだ? じゃあ、いましておいたほうがいいね。さ、こっちだよ」


 彼女はゲルハルトに対して、街の紹介や冒険者登録の方法を懇切丁寧こんせつていねいに教えてくれた。

 最初は内心、嫌々付き合っていたゲルハルトも申し訳なくなってくるほどだ。

 本当は686回も人生をやり直してきたのだし、実を言えば最初の20回近くはこの街から離れることさえできなかった。

 故にこの『はじまりの街』のことは、誰よりも知っている。


「どうだい、この街のことはわかったかな」

「ああ」


 シズクに連れ回されて街を一周する頃には、街並みは夕陽のだいだい色に染まっていた。


「ならよかった」


 穏やかな笑み。


「さっきも言ったとおり、ボクはけっこうこの街が気にいってるんだ。たしかに魔王級“私掠しりゃく伯”の縄張りに近いせいで、ちょっと郊外の治安はわるいけど。でもそれはボクら冒険者にとっては有利だよね」

「魔物討伐みたいな仕事が増えるからな」

「そうそう。本当は喜んじゃいけないことだけどね」


 穏やかな笑みが、少しかげった。

 人がすぎるのだ、とゲルハルトは心底思う。

 この『はじまりの街』と同じくらい、彼は彼女のことを知悉ちしつしていた。

 身をていしてでも他人を救う、冒険者らしくない善人。


 例えば、知り合ったばかりの人間を魔物の攻撃からかばうこともいとわないような。


「……シズク、お礼に飯でもおごらせてくれ」

「えっ、ほんと? 無理しなくてもいいよ」


 シズクのきょとんとした顔に、「金ならある」と言った。


「世話になりっぱなしなのも気分が悪い」

「じゃあ、ごめんね。ありがとう」

「ああ。それじゃついでに、飯が美味い店も教えて……」


 ゲルハルトが言いかけたとき、突然に街の鐘が鳴り始めた。

 時刻を告げる時告げの鐘ではなく、これは緊急事態の発生を知らせる鐘。

 いつもより早い、と彼は思う。

 シズクは鳴り響く鐘の音を聞きながら、「これは……緊急事態だよ」と周囲を見回した。


「火事かな」

「火事じゃない」


 一方のゲルハルトは、腰に吊り下げた魔剣ヴィルベルヴィントを抜刀した。

 途端に魔力から成る旋風が吹き荒れ、街路樹がごうと音を立ててざわめく。


 ……これは断じて火事ではない。

 実は最初の逆行転生20回目まで、ゲルハルトはこのイベントで呆気なく殺された。

 次なる21回目から27回目は惨めに逃げ切るまでで精一杯で、それ以降でようやく真正面から立ち向かえるようになった。


 これより始まるのは、魔領西部辺境伯を自称する、魔王級私掠伯の私兵軍約8000による略奪と殺戮。


「鳴っている鐘は東門だね。とにかく困っている人がいるかもしれない、行こう」

「シズク、待てっ」

「待てないよ、はやく行こう!」


 東門に向かって走り出すシズクの背中を、ゲルハルトは追いかける。

 このやりとり、何回したかわからない。

 どんなに危険から遠ざけようとしても、やはり彼女は往くのだ。

 このイベントをやり過ごしても、100回以上やり直しても。


 いずれ誰かしらを救おうとして、彼女は死ぬ。


 だからいつしか、ゲルハルトは彼女を救うことを諦めていた。

 何をしても彼女は死ぬ。ならば彼女に関わるのは止めて、貴重な時間を有効に使おう――少なくとも直近の数百回の生はそうしてきた。

 どうするか、と1秒の逡巡。

 それから彼は駆け出した。

 気の迷いだな、この周回は捨てるか、などと言い棄てながら。


 そしてそのまま走る速度を上げて、シズクの背中を抜き去った。


 このイベントをこなすと決めたら、することはひとつ。


 シズクが戦う前に、連中を殺し尽くすことだ。

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