11.魔将殺し。
【身体強化】の重ねがけにより、超人的な膂力を得たゲルハルトが、虚空から引き抜いた剣を投擲する。
途端、剣は超音速の凶器と化した。
狙いは村長の頭部――その速度は、彼に反応する暇さえ与えない。
だがしかし、金髪翠眼の少女は違った。
確かに彼女は超音速で放たれた剣の切っ先を視線で追い、反射的に反応してみせた。
夜闇に、甲高い金属音が鳴り響く。
虚空に剣が舞い上がり、月下――シーナの皮の中から金色の両腕が現れ出ていた。
まるでそのさまは、皮と肉をぶち破る羽化。
肉片と血液が飛び散り、その中から外道が現れる。
「グリーンドラゴンを殺るとは、なかなかやるじゃないか。猿」
羊頭を有する悪魔が、そこにいた。
ただ彼が纏う雰囲気は、並のそれではない。
黄金の表皮と戦鬼を思わせる筋骨を纏い、長剣と防盾を携えた、まさに古強者の佇まい。
「魔将級……」
シズクは思わずつぶやきながら、白光を曳く剣を構え直す。
まさか竜種に続き、同じ晩の内に魔将――人類種を遥かに優越する人外と遭遇することになるとは、と心中で彼女は自身の不運を呪った。
魔将級とは高級悪魔の1ランク上の存在であり、緋鋼級冒険者が集団でようやく討ち取れる強敵である。
常識で言えば、人類種ふたりが敵う相手ではない。
「そちらこそ小娘の芝居はなかなかうまかったじゃないか。人外」
虚空からゲルハルトは、新たな剣を引き抜いた。
魔将級は魔王級のランク下だが、いよいよその戦闘力は人類種では太刀打ちできない域に達している。
所詮ゲルハルトは人類種最強――686回転生を繰り返した現在でさえ、油断すれば殺される。
「しかし、人外。脚本が悪すぎる」
「ははははははは……プロデューサーの意向があってな」
「私掠伯か?」
「閣下はそこの女が持つ宝剣を欲している。故に演劇は打ち切りと相成った」
「解せないな。どう考えても貴様には小娘の演技を続けさせておいた方が得策ではないか。私掠伯は貪欲であるのみならず、愚か」
「閣下は欲望に忠実でいらっしゃる。あとはグリーンドラゴンを容易く葬ったのを見て、私と貴様らを戦わせたくなったのではないかな」
デーモンロードは防盾を構え、長剣を頭上へ振り上げた。
大上段――盾により敵の斬撃を受け止め、長剣を振り下ろすカウンターで相手を確実に仕留める構えだ。
口ぶりこそ傲慢不遜。
だがしかしその戦備。慢心はなく、隙もない。
「見ていろ。そして決闘がいかなる結果に終わろうとも、必ず生きて閣下に報告せよ。ゆめゆめ油断するな。旅団長の高級悪魔を殺した相手だ」
「はっ」
その背後では村長の皮を脱ぎ捨てた高級悪魔が、膝を折って頭を垂れる。
彼が参戦することはないだろう――高級悪魔ごとき仮に不意打ちを仕掛けてきたとしても、片手間で捻り潰せる自信が、ゲルハルトにはある。
ゲルハルトもまたハンドサインで、背後のシズクに「下がっていろ」と指示を出した。
それに彼女は素直に従った。
自分も戦えば数的優位は作り出せるかもしれない、とも思ったが、おそらくあの魔将級から感じ取れる圧を鑑みるに、足手纏いになる可能性の方が高い。
「賢明な判断だな、猿」
「そちらこそ自分の敗北を悟り、見届け人を用意するとは賢明賢明」
「なに、万が一のことよな。残る9999は貴様が惨たらしく死ぬ」
次の瞬間、魔力の風が轟と唸った。
互いに【魔力噴射】で駆け、瞬く間に詰められた彼我の距離は剣戟の間合い。
先制したのはゲルハルトの側であった。
闇夜に溶け、その漆黒の刀身を隠す魔剣ナイトホークの抜き打ち。
が、横一文字に放たれた斬撃は、魔将の盾に受け止められた。
「もらった」
白色の火花が散り、金属音が鳴り響くと同時に、魔将が大上段に構えていた長剣をゲルハルトめがけて振り下ろす。
前述の通りの定石。
魔族の驚異的膂力が生み出す、高速の斬撃。
おそらく切っ先は音速を超えているだろう――が、ゲルハルトは左半身を後方へずらし、半身になってこれを容易に避けた。
ただ避けるだけではない。
左半身を退けたそのままの流れで、繰り出される後ろ回し蹴りが悪魔の腰を捉えていた。
この攻防一体の戦闘機動に魔将は反応できず、悲鳴を上げてたたらを踏む。
「馬鹿力がッ」
堅牢なはずの自身の腰骨にひびが入るのを感じながら、魔将は再び剣を振りかぶった。
ゲルハルトの頭頂部目掛けて振り下ろされる超音速の凶刃――が、彼はその刃の軌道を予知していた。
鳴り響く高音。散る火花。魔将の刃が毀れる。
魔将の刀身を受け止めた魔剣ナイトホークは、その凶刃を滑らせてゆく。
そしてゲルハルトは、手首を返した。
「む――」
こうして完成したのは、敵の斬撃に応じて放つ返し刃。
激しい剣戟にも堪える魔剣の刃は、悪魔の脇腹を捉えると易々(やすやす)、表皮と脂肪と筋肉を断った。
そして彼の内部を破壊する。
振り抜かれた魔剣ナイトホークは深々と魔族の内臓を抉り、そして臓物の欠片と夥しい量の血液を地面へぶちまけた。
「やるではないか」
それでも魔将は斃れなかった。
接近戦では敵わない、とみるや魔術戦で勝負に出るつもりらしい。
途端、ゲルハルトは数百発の魔力の矢の掃射を受けた。
無詠唱による【魔弾】の弾幕――魔将はこれで相手の動きを遮り、距離をとる腹積もりであった。
が、挫かれる。
ゲルハルトは、魔弾の弾雨の中をすり抜けた。
長年に渡る経験で魔弾の軌道を予測し、反射で避ける。
避けられないものは『試製展開式魔力装甲』の魔力障壁が自動展開して防御する。
破壊の奔流を押し退けるまさかのパワープレイに、魔将は反応が遅れた。
魔剣ナイトホークが、彼の首筋を捉えた。
「成程」
と、魔将の首は虚空を飛びながらつぶやく。
「どうやら俺には本物の戦闘経験が足りなかったらしいな」
所詮、雑魚を潰して強者を気取っていただけ。
故に自身が強者を相手取っても、どこかで勝てるだろうという油断があり、結局は敵の手管に対応することができなかった。
思考はそこで断ち切られた。
宙に浮いた魔将の頭部は、地面に着くまでに追撃の斬撃を3回浴び、滅茶苦茶に破壊された。




