0.686回目の敗北。
「【悪果焼滅】」
轟、と渦巻いた魔力が分裂し、膨大な熱量が解き放たれる。
次の瞬間、空間を埋め尽くしたのは白光。
恒星の表面温度をも超越する超高温の熱線。
鋼鉄さえも蒸発する熱量が周囲を呑み込むのに続いて、超音速の爆風と衝撃波が全てを圧し潰す。
黒曜石めいた未知の石材から成る邪神を祀る神殿は、この一撃で文字通り瓦解した。
巨大な柱はへし折れて砕け、支柱を失った大重量の天井は無数の破片となって降り注ぐ――のではなく、超音速の爆風に押し上げられる形で上空数十メートルにまで舞い上がった。
空間を支配するのは灰燼と土煙。
猛烈な上昇気流が、漆黒のきのこ雲を生む。
【悪果焼滅】は正真正銘、最強を誇る火焔系統の攻撃魔術である。
魔力分裂の際に生じる膨大な熱量は、魔力による防御障壁を蒸発させ、確実に相手を焼き殺す。
仮に熱線に耐性があったとしても、次なる超音速の爆風が標的を確実に圧死させる。
常識的範疇の敵が相手ならば、使えば勝てるという反則級の攻撃魔術。
まさに人類が獲得し得る破壊力の極致――そして、685回の転生を繰り返し、人類種最強にまで上り詰めた冒険者ゲルハルトが誇る、最強の攻撃手段でもあった。
だが、爆心地の中心に立つ詠唱者のゲルハルトは魔力を集積し、次なる魔術の行使に備えていた。
(こう簡単に勝たせてもらえるはずがない)
彼の予想は正しかった。
吹き抜ける一陣の風。
途端に、灰燼と漆黒の雲に覆われていた空が開けた。
広がったのは、憎らしいほどの青空。
燦燦と輝く太陽が、地平線まで広がる荒野を照らす。
「いまのが、攻撃?」
嘲笑。
無数の怪物、あらゆる魔王を火葬にしてきたゲルハルトの切り札。
物理的・魔術的防御の一切を呑みこみ、無力化するはずの叡智の炎。
血反吐出る努力とたゆまぬ研鑽により、人類種が到達し得る究極。
……それがたやすく嘲笑われる。
「成程。これが人類種最強の攻撃魔術か。成程、成程。恒星並の熱量を浴びせて、相手を焼き殺す――単純明快ながら、強力な術理ではある」
積み重なる瓦礫の上に腰かけた、年端もいかぬ少女が嗤う。
「だが。所詮は魔王級の毛が生えた程度、私には届――」
ゲルハルトは、最後まで聞かなかった。
無詠唱で【身体強化】、【魔力噴射】を多重がけ。
そうして超音速まで加速した彼は、一挙疾駆して居合の距離にまで間合いを詰めた。
そこからは、常人では見切れぬ超高速戦闘。
「そのまま、死ね」
ゲルハルトの左腰から弾き出された斬撃は、人類種どころか魔王級の魔人でさえも認識できない速度であった。
その剣の名は、異世界の言葉で旋風を意味するヴィルベルヴィント。
この魔剣の刀身は風の刃を纏い、物理的な刃と合わせて相手の体内をズタズタに破壊する。
青白い燐光をほとばしらせながら空間を断ち切るその刃――その軌道の延長線上には、確実に彼女がいた。
だが次の瞬間。
ゲルハルトの凶刃は彼女の首筋に触れることさえできず、それどころか彼ははるか後方へと弾き出されていた。
「死ぬのは君だ」
空中を舞いながら、ゲルハルトは自分の身に何が起きたかを瞬く間に理解した。
(未知の爆風系攻撃魔術!?)
少女から無詠唱で放たれた爆風系攻撃魔術、その暴威的風圧に吹き飛ばされたのだ。
完全に虚を衝かれた――が、一方で彼が態勢を立て直すのも早かった。
ゲルハルトは反射的に【座標固定】の魔術を行使して空中にその身を縫いつけ、態勢を立て直す。
(こちらの最大火力【悪果焼滅】が通用しなかった以上、中距離魔術戦では勝ち目がないことは明らかだ)
もはや彼女に勝てるとすれば、近接戦闘しかない。
再びの【魔力噴射】による吶喊、超音速で空翔けるゲルハルト。
だがゲルハルトの視界に映った少女は、その背中に眩いばかりの白光を背負っていた。
「まずいッ」
1秒もせずに放たれたのは、数百、一千近い青白い雷撃。
ゲルハルトですら知覚が困難な速度の攻撃に対して、長髭族製の特殊甲冑の自動防御機能が作動して魔力障壁が展開される――が、それも僅か数撃で砕け散り、残る1億ボルト・50万アンペアの雷の矢がゲルハルトを容赦なく撃ち砕いた。