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「風の街エレジー」  作者: 時枝 可奈
15/51

14 「舐二」

 

 銀一は全力で駆けた。誰にも捕まえられないスピードで、真夜中の赤江を駆けた。

 『雷留』のある繁華街から『死体置き場』を通り抜け、赤江の玄関口であると場を通過して住宅地、田園と工場地帯を後目に街のどんつき、坂の上の西荻家まで、直線距離にして五キロ近くはあろうかという道程を止まる事なく走った。

 何かの答えを見つけたわけではない。逆である。疑惑を払拭する答えが欲しかったのだ。

 この時点で銀一の頭にあったのは漠然とした不安でしかなかった。

 何故庭師の男は自分達に、平助に関する嘘の情報を教えたのか?

 しかしそれとて、実際には病院に付き添っていた使用人からそのように知らせを受けていたのかもしれず、ニュアンスの違いや聞き間違いも考慮に入れれば全てが間違いだ、嘘だと断言できる事ではないのかもしれない。冷静に考えればいくらでも理由は思いつく。しかしこの時の銀一はとても冷静ではいられなかった。

 得体の知れない庭師はもとより、志摩に対する疑念が大きく膨らんだ事が理由だった。

 銀一の脳裏に、どんどんと映像が浮かび上がっては飛び退って行く。

 黒を見た事があると言った藤堂のぎらついた目。

 (志摩は藤堂を黒だと疑っとった)

 護衛だ、と笑って言った志摩の顔。

 (誰から誰を守る為の護衛や?)

 やめとけ、ろくな事にならんと銀一を止めた翔吉の声。

 (黒が絡んでるかもしれんという与太話に、父ちゃんがあそこまで真剣な顔をするやろうか…)

 平助の蒼ざめた顔。

 (今頃あいつはどんな思いで…)

 微笑んでハンマーを振る真似をしてみせた難波。

 (俺が意識を飛ばされる瞬間、あいつは何を見た?)

 とぼけた雰囲気で自分達を敷地へ招き入れた庭師は、一体どんな顔をしていただろうか。

 (確かあの男は自分達やのうて、背後の成瀬らを気にしていたような…)

 『銀一さん!警察の方々!戻って来ました!難波が!戻って来ました!』

 (あいつ…)

 あの時坂を駆け下って来た庭師は確かにそう言った。銀一さんと彼の名を呼んだのだ。

 銀一はあの日初めて西荻の庭師に出会い、そして一度も面と向かって名乗ってはいない。

 誰かとの会話を聞いて名前を覚えただけかもしれないし、違うのかもしれない。

 志摩と談笑する庭師が肩越しにこちらを見やり、門扉を開ける。

 笑って志摩が、それを閉じる…。

 まるで以前から知己の間柄であったように、飄々とした志摩が普段通りお道化ているように見えた事を、銀一は思い出していた。

 死体置き場に突如現れたケンジとユウジは、時和会の仕事を匂わせて志摩と相対した。

 時和会のニューエースと自他共に認める志摩が何も聞かされておらず、志摩襲撃がその時和会から正式に依頼された仕事であるならば、これは異常事態だ。組を二分する内紛か、志摩個人に対する粛清かどちらかという話になる。ただ相手はあのケンジとユウジだ。何か理由があったにせよ、正直に全てを曝け出すような輩では当然ない。しかし間近でケンジらの喧嘩を見た銀一が、彼らの立ち居振る舞いや志摩の反応に疑わしい気配を感じる事がなかったのも、事実である、

 何故、子供の頃から見知っている志摩に対し、自分は心を許すことが出来ないのだろうか。長年のその思いが、銀一の中で疑惑となって大きく膨らんだ。

 時和会・志摩太一郎は、…『黒』なのか?




 体力に自信のある竜雄らをもってしても、ついに西荻家の前に辿り着くまでに銀一に追いつく事が出来なかった。

 銀一は夜中だというのに家の者の了承を得ないまま門扉を開き、玄関扉の前に立った。呼び鈴の場所が分からず拳で扉を叩いた。

「伊澄です!誰かおりませんか!誰か!」

 時刻は夜中の十二時を回ろうとしていたが、銀一の荒ぶる声に驚いたのか、すぐに家の中で灯りがついた。

 出て来たのは名を安東と言う、老齢の女性であった。寝巻の上に毛布をぐるりと巻いて出て来た老婆は、興奮と荒い息遣いが屈強な獣を連想させる銀一を前に、首を竦めて頭を低くした。

「夜中にすんません。ちょっと、どうしても聞きたい事、あって」

 肩を上下させつつ銀一がそう告げた所へ、ようやく竜雄らが追い付いた。

 瞬く間に四人の獣がそこに居並び、何事かと怯えて安東が後ろへ下がった。

「すんません、怖がらせるつもりやないんです、どうしても聞きたい事あるんです!」

 再びそう言った銀一の言葉を耳にして、竜雄らは全員が同じ事を思った。聞きたい事があるんはこっちの方じゃ。

「なんでしょうか」

 と返事した安東の怪訝そうな声に、銀一も自然と声のトーンを落とす。

「ひとつだけ。例の、平助が入院しよった日、この家に庭師の格好をした男の人がおったでしょう。四十代くらいの。あの男の名前は分かりますか。ずっとこの家で働きよる人なんですよね?今、どこにおるのか、分かりますか?」

 ひとつどころか三つ四つまとめて問い質す銀一の言葉に、安東は斜め上を見つめて思案する。暗がりの中で光る二つの瞳が、左右に揺らめいた。

「…誰の事ですか?」

 と、安東は答えた。

 銀一は思わず言葉にならない呻き声を漏らした。

「いや、だから、あの日、庭師の格好した人、いてましたよね?」

「…はあ」

「お前らも見たやろ!」

 銀一が背後を振り返って怒鳴る。春雄と和明が顔を見合わせた。

「おったよ、なんやそれが。そないガンガン怒鳴るなや、びびってもうてるやないか」

 春雄がそう言うと、銀一は慌てて安東に頭を下げた。

「すんません、あれやったら、他の人にも聞いてもらえますか。誰か今、他におってですか?」

 銀一の言葉に安東は首を横に振り、

「今はワテしかおらしません。そやけど、困ったわあ。ワテは当日奥に引っ込んでたもんやさかい、その誰やいう人の顔は見てしません」

 と答えた。

「誰やいうか、庭師の人。おるでしょ? 植木職人て言うんかな?」

 銀一の代わりに春雄が尋ねるも、口を噤んだまま安東は首を横に振った。

「ええ…」

 と、さすがに和明からも驚きの声が漏れ出た。事情の掴めない竜雄だけが、その場に加わろうとせず俯き加減に何かを考えている様子だった。

 安東は言う。

「この家に古くからおります。平左さんが若い頃から奉公させてもらってますんで、大概の事はワテ知ってまっけど、そやけどこれまでこの家に庭師がおった事はないですよ。こないな事言うべきやないけども、あんたらもこの街の人間や思うから言える話、所詮は赤江の人間でっさかいな。お抱えの庭師を持つような家やないですわ。そら銭があったら人は使えるかしらんけんど、平左さんはそないな人やあらしません。そもそもこの家の植木や草花は全部平左さんの趣味でっさかい、他人に触らすような真似はしたことおまへんな。…ただそういう意味では、この一年は確かに手入れが行き届いてまへんよってに、誰ぞが気を利かせて業者を呼んでた可能性は、ありまんな。それでもワテや片森を通さんいう事は、多分ない思うんですけどねえ。ただ例の日以外でも、ワテはそないな男を見た事はあらしまへんえ。力仕事はそれこそ難波がずーっと…、ああ、難波、可哀想な子やぁ、ああ」

 突然顔を覆って泣き始める安東に、銀一達は狼狽えた。

「ちょっと、おばあはんスマンけど、もうちょっと頑張ってくれ」

 と春雄が言う。

「もし誰かが植木屋に頼んで職人呼んどったとしたら、それを証明する事は出来るか?」

「…どない意味でっしゃろ?」

「植木屋の連絡先が残ってるとか、職人の名刺があるとか」

「そやさかいワテはその誰ぞを見たわけやないから、どこのモンか分からしまへんけど、片森ならもしかしたら分かるやもしれまへんなあ。そういう事があったんなら、でっけど」

「片森て誰?」

 と、銀一の背後から和明が首を伸ばして尋ねた。

「うちで二番目に長い使用人だす。一番目はワテだす」

「今どこにおるん」

 と和明。

「平助さんについて、病院に」

「すんません、もう一個だけええですか」

 と銀一が聞いた。

「この家に、志摩っていうヤクザもん、よう出入りしてましたか」

「志摩て、時和会の?」

「そうです。やっぱり出入りしてますか」

「ワテ、ふわんですねん。けど、この家に?いやあ? はて、見た事おまへんけど、なんでまた?」

 年甲斐もなく頬を染める安東には答えず、銀一は思案を巡らせた。

 銀一と春雄が先日この家を訪れた時、玄関先の門扉で出くわした庭師の格好をした男は、西荻お抱えの庭師ではなく、ひょっとしたら職人ですらないのかもしれない。その男は何故か銀一の名前を知っており、志摩と親し気に話をし(これはそう見えただけかもしれない)、平助の容態が大した事ではないかのようにウソの情報を伝えた。その男は西荻の家に仕えて一番の古株が顔も名前も存在すらも把握しておらず、まるで初めからいなかったかのように見事に行方をくらませている。

 安東に礼を言って玄関先から離れると、銀一達は門扉の近くで顔を寄せ合った。

 銀一が言う。

「さっき成瀬と電話で話をした時に聞かされた。平助な、刺された傷の具合が酷うて、意識が戻ったんは、今朝らしいぞ」

「は!?」

 勢いよく喰い付いたのは、あの日一緒にいた春雄と和明であった。

「なんでや、命に別状はないんやろ?」

 と和明が言い終わるのを待たずして、

「大丈夫なんか!今は!」

 と春雄が平助の容態を聞いた。

「…何とも言えんな。ちょっと前に急変して、連絡受けて成瀬が病院行ったらしいわ。何かがあったらしゅうてな、今もずっと泣きよるんやと」

 銀一の言葉に誰もが言葉を失った。

 何が起きているのか全く理解が出来なかったからだ。その証拠に春雄と和明は顔を見合わせ、竜雄は俯いて下唇を強く噛んでいる。今朝?急変?泣いている? それらの事実に対し、言うべき言葉が出てこないのだ。

「何があったんかは成瀬も言いよらんかった。ただ、俺らが今日見舞いに行ったかを確認してたから、誰かが平助の所へ現れたんやと思う」

 銀一の言葉に、竜雄が顔を上げる。

「誰や」と春雄。

「分からん。それは言いよらん。それ所か何で今まで一回も見舞いにこんのじゃーいうて怒鳴られたよ」

「何でてお前、命に別状はないて、手術は長引いたけど無事終わったーいうて、そういう話やったろうが」

 和明がそう言った瞬間、「うわ」と声を上げて春雄は後退った。両手で額を覆い、そして髪の毛をかき上げた。銀一達の視線が春雄に集まった。

「…ウソなんか。あの庭師の格好した男が俺らに言うた事。平助の事、ウソやったんか」

「…多分そういう事やろ」

 銀一が頷いて答えると、

「おいおいおいおい、何じゃいその恐ろしい話は!」

 と和明が声を荒げた。口では怖いと言いながら、明らかに怒りが漲っている。もし庭師の伝言が故意のウソならば、彼らは全員騙されたのだ。そこにどんな理由があるかは分からないが、友人の生き死にについての情報を謀られたのだから、平静でいられるはずがなかった。

「…ほな、おい、そしたらその男と違うのか!平助の入院先に現れた言うんは、その庭師と違うんか!」

 和明が言うも、

「かもしれんな。けど成瀬も阿呆やないよ。そうそう平助から目離さんやろ。平助はパニックでおかしいなっとるようやが、俺は庭師が今も病院におるとは思えんな」

 と銀一は答えた。

「一体何者なんじゃ。何がしたいんじゃ」

 と、久しく黙り込んでいた竜雄が口を開き、「そいつが平助刺したんちゃうのか。そいつが山で難波殺ったんちゃうのか」と続ける。

「…ああ」

 銀一も、そう思い始めていた。平助が顔を見ている以上、平助を刃物で刺したのは幸助の可能性が高い。しかし銀一達が見知っている幸助があの通りの人間ならば、とても難波を殺せるとは思えない。例え刃物を使って背後から襲ったとしても、一撃を食らわせた瞬間取っ捕まって、難波の熊並みの腕力でもって返り討ちに会うだろう。

 ただあの得体の知れない庭師の格好をした男が、あるいは『黒』やそれに関係する類の人間ならば、話は違ってくるだろう。

 銀一は言う。

「この家の人間が庭師なんか使っとらんと言いよるからには、竜雄の言う通りあいつは何者なんじゃと言う話になる。俺らにウソをついたのが平助の見舞いに行かせん為やと言うのは考えすぎかもしれんけど、仮にそうなら今日平助の所へ現れた理由としても辻褄が合うんと違うやろか。今の所なんの確証もないし、ただの思い付きでしかないけど、おそらく庭師は今回の事件に関わってると俺は思う」

「いや」

 と春雄は言う。

「庭師がなんや関係しよるのはそうかもしれんけどよ、平助の見舞いの件に関してはいくら命に別状はないと言うても、知り合いが刺されたら普通見舞いくらいは行くわいな。そのタイミングをや、『命に別状はいないですー』程度のウソで操ったと考えるには、ちょっと弱いんと違うか」

「せや。問題はや」

 と和明は言う。

「なんで俺らは一度も見舞いに行ってないんや? もちろん、死ぬわけやないし、親兄弟でもあるまいし、落ち着いてからでええがなと、そう考えとったのもあるよ。ただほんまはそうやないんと違うの。多分俺らは、『行くのであれば四人揃って顔を出す事になるやろう』と、そう思ってたんやないかな」

「…それはつまり、今日やないか」

 と銀一は言う。

「だから庭師は、俺らが見舞いに行く日を、後にズラそうと操作したんと違うのか? ん、なんや、ややこしいぞ。分からんなってもうた、お前ら色々言いすぎやぞ!」

 混乱する銀一をよそに、

「…完全に舐められとるやないけ」

 と、そう言ったのは竜雄だった。

「銀一。お前逆の事言うとるぞ」

「…どういう事や」

「確かにその庭師とやらは俺らが見舞いに行くのを遅らせる為に、平助の容態が大した事ない言うてウソをついたんかもしれん。ただ本心は、遅らせる為やないんじゃ。遅らせて誰にも知られずコソコソ行動したいわけやないんじゃと俺は思う。考えてみい。和明の言うように俺らは行くとなったら四人が顔揃えた時に一緒に済まそうとするじゃろう。ただ俺らは全員仕事がバラバラ。ましてや春雄は普段東京におって、しかも明日帰るときた。となれば、今日しかない」

「…おう」

 銀一が頷いた瞬間、

「え」

 と春雄が何かに気が付いた。竜雄が続ける。

「事件が起きた日、幸助さんを探して銀一は一晩中山の中。その裏では庭師も山におって、銀一を眠らせてから難波をボロ雑巾に仕立て上げた」

 想像するだけで冷や汗の伝う話に、「くそが」と漏らして和明が俯く。

「問題はそこからじゃ」と竜雄。「その後警察に呼ばれてしつこう話聞かれたリ、あるいは俺が仕事で街におらんだり、和明が漁で海に出よったりで、結局四人揃ったんは、…今日じゃ」

 竜雄は銀一を睨んだ。

「庭師は今日、がん首揃えて見舞いに来いいうつもりで平助の病室に張り付いてたんと違うけ。自分に会いに来いと言うとるんちゃうのけ。それに気づかんと俺らは阿呆みたいに酒かっ喰らいよって、それに腹を立てて庭師が平助追い込んだんと違うんけ!」

 銀一ははっとするも、どこか竜雄の話を素直に受け入れられなかった。話が急すぎる。

「待て待て!庭師が全部やった事になってるけど、そこまでお前、何の確信もないやろが」

 銀一の言葉に、竜雄は顔色一つ変えずこう言う。

「こんなけったくそ悪い事件のど真ん中に誰とも分からん人間が紛れこんどるんやぞ。どこに石投げても知り会いに当たるクソ狭い街ん中でや!」

「それはそうかもしれんけど」

「銀一。あの日藤堂から西荻の話を聞いた帰り、志摩が俺らの後ついて来よったじゃろ。そん時なんや嫌な気がして話さんだけどな、俺は平助から誰にも言うてない相談を受けとったんや」

「な、なんじゃあ、今頃」

「タイミング悪うて話せなんだけどよ、今やっと意味が分かったわ。平助な、最近全く見た事のない男が家の周りうろついとる言うて気味悪がっとった。幸助さんがおかしいなった原因がその男にあるんやないかて気に病んどったんじゃ。どういう類の男なんじゃあ言うたら、それが不思議と全く顔を思い出せんと抜かしやがる。ただ、知り会いじゃない事は確かじゃあ言いよったわ。その薄気味悪い男っちゅうんが、庭師と違うか」

「なんじゃいその話…」

 黙って聞いていた和明が思わずそう零した。

 怪談話でも聞いているかのように、背筋に冷たいものが這い上がって来るのを感じながら、銀一は生唾を飲み込んで言う。

「仮にそうやとせえや。ほな聞くがよ、そもそも庭師がなんで俺らの仕事やら顔会わせるタイミングを知っとるんよ」

 銀一の問いに、竜雄は噛み付くように答える。

「分かるやんけ!志摩がチクっとるんじゃろうが!」

「お、わ」

 自分以外にも志摩を疑っている者がいると分かって、銀一は正直面食らった。それでもどこかで、学のない人間の浅はかな思い過ごしであれば良いと願っている部分もあったのだ。驚いたと同時に、悲しさにも襲われた。

「ケンジが時和の命令でタマ取りに来た言いよるんなら、そんなもん志摩はもう時和の人間やないいう話やんけ。それが初めっからか、今んなってかは知らん。ただこのタイミングでそれがバレるいうんは志摩がそれなりの事やらかしとるんじゃろうて」

「待て待て待て」

 と思わず銀一が遮ろうとするも、竜雄は止まらない。

「志摩なら俺らの仕事も分かっとるし、実際俺が街を出る前日にも会うとる。港の連中に口聞けば和明の動きなんぞすぐに把握できるやろ」

「志摩だけやないけどな、時和はよう出入りしとるわ、なんぞ企んどるんや知らんけど」

 和明の言いように、銀一が声を荒げる。

「待てて!言いたい気持ちは俺にも分かるがな、志摩まで疑いだしたらよ。…ほな妹の響子はどうなる?」

 銀一の言葉に、竜雄と和明ははっとなって春雄を見やった。

 春雄は銀一達から顔を背けるようにして立ち、何も言おうとはしなかった。その表情は複雑であり、怒りもあれば、不安も浮かんでいた。

 普通に考えれば、響子が兄太一郎と結託して事件の渦中にいるなど考えられない。だがどう足掻いても事は普通ではなかったし、誰がどこで何を考えているのか、誰にも定かではないのだ。その不安が春雄を無口にさせた。むろん春雄は響子を信じている。信じてはいるが、彼女の潔白を『知っている』わけではないのだ。

「ただ言える事は」

 幾分声のトーンを落とし、竜雄が言った。

「その庭師とやらは、俺らが四人揃って病院へ見舞に来る事を待っとったいう気ぃがしてならんわ。俺ら四人を相手にする気満々やったんと違うか。これは完全に舐められとるよ」

「じゃあ、庭師が俺らに、平助が大した事ない言うたんは…」

 と和明がつぶやく。

「今にも死にそうじゃ言うたら、俺がおらん状態でもお前らは真っ先に病院行くじゃろうが。そうなれば庭師かて自分が出向いて待ち構える事ができんじゃろ」

 竜雄の言葉には全ての辻褄が合うだけの説得力があった。だが唯一、一番大切な部分が抜け落ちている。その為銀一の放った根源的な問い掛けには、誰も答える事が出来なかった。

「ただお前、…一体それに、なんの意味があるんじゃ?」




 

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