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ガイアザウルス  作者: 旦時
3/5

大地の神

「ここが・・・・・・・」

 森の中を抜け、開けた場所。

 耕助の畑からランド号で四時間半の運転を続けて辿り着いたのは、美咲が生まれ、育ったという故郷である。

「たった三日ですけど、なんだか懐かしい気がします。」

 森を抜け、現れたのは開けた畑と田んぼ。

 町の方は今、メガントに襲われ、大変な事態となっている。それとは無縁な静かな風景がそこにあった。

「それで美咲の家は?」

「まだもう少し先です。」

 美咲の案内でランド号を進めていく。時折目に留まる人達の視線が痛いが、田舎では見かけない車は珍獣と変わらないのだろう。

「静かですね。」

「まあ、被害が出てないならこんな物だろう。」

 美咲の説明によれば、この里の全人口は二百名程度、そのすべてが美咲と同じく大地の神を信仰しているらしい。

 美咲はこの里で、巫女のような役割を担っているのだそうだ。

「あ、ここです。」

「・・・・・・凄いな。」

 指差された先にあったのは、土地を分けているのか、獣除けなのかよくわからないフェンスで仕切られた土地である。

「そっちは畑なので、こっちに止めてください。」

「了解。」

 指示された場所にランド号を止めると、シートベルトを外して息を吐く。

 これからする事を思うと、どうしても胃の方が重くなった。

「さあ、耕助さんどうぞ。」

「いや、俺からはおかしいだろう。」

 美咲を家に送り届ける。

 それが美咲に言われた最後の依頼。

 その依頼は確かに耕助にとっても重要な意味を持つ依頼でもある。

 美咲からは前金として、畑が豊かになるお祈りをしてもらった。

 だが、そんな曖昧なもので仕事はしない。

 美咲がランド号で止まった三日間、そこで消費された野菜だって、ただではない。

 耕助の三日分の食料である。

 美咲の家には、美咲の保護者がいる。

 美咲の生活にかかった費用、そして美咲が勝手に契約した耕助への依頼料。

 その徴収。それが耕助にとって、どのような意味を持つのか、それは説明する必要もないだろう。

「まずは親に顔見せてやれよ。」

「・・・そうですね。」

 我ながらどの口が言うのかと思うセリフを口にして、美咲はそれを素直に受け取った。

 美咲がランド号から降りるのを見届けて、耕助も車から降りた。

「ふう。」

 だがやはり肺はセメントが詰まったように重かった。

 家出をしていた、年の頃十六の娘が、二十五の男を連れて帰って、しかもその男は、これまでの生活費と未成年が勝手に契約を行った仕事の金を支払えと請求に来る。

 こう言っては何だが、まともな人間には見られないだろう。

 しかも耕助の記憶が確かなら、未成年の契約は保護者が取り消す事が可能だったはず。

 これから耕助は、両親をだまくらかして、気持ちよく支払ってもらえるように努力する必要があるのだ。

 耕助は探偵であって、詐欺師ではない。こういった交渉事、しかも相手を騙すような交渉は気が重い。

 そんな耕助の気とは対照的に美咲の足取りは軽い。

 慣れた手つきで鍵を開けると、家の扉を開いた。

「ただいまー。」

 小声の声が聞こえると、家の中からバタバタと音がし始めた。

「美咲!」

 悲鳴にも近い女性の声がして、美咲の体が家の中へと飲み込まれる。

「今までどこに行ってたんだ!」

 男性の声も悲鳴のようだが、その声は怒りの緊張よりも、喜びの緩和が強く緊迫感はない。

 美咲の言い訳のような言葉が、ぽつぽつと聞こえる。そして、玄関から腕だけが伸びてちょいちょいと手招きされた。

「ふう。」

 気合を入れるために、息を吐くと耕助は玄関へと近づいていく。



◇◇◇



「娘がご迷惑をおかけしたようで・・・・・・」

「いえ、彼女には助けられました。」

 耕助を見た両親は複雑な顔をした後に、美咲と耕助自身から説明を受けて態度が一転し、耕助を家へと上げた。

「メガントに襲われた時、彼女が一緒にいなければ、私もどうなっていた事やら。」

「お金の件ですが、分かりました。明日中には用意しましょう。」

 彼女の依頼と生活費、合わせて二十万近い金額を美咲の父はあっさりと了承した。

「ありがとうございます。」

 素直に頭が下がる。

「今日はウチに泊まってください。美咲が家出していた間の話も聞きたいですから。」

 美咲の母の笑顔な提案に、耕助は否とは言えなかった。



◇◇◇



 おかしい。

 客間で布団にくるまりながら、耕助はこの家の違和感を拭えずにいた。

 家出をした娘が帰って来たので、その嬉しさのあまり、二十万の支払いを快諾し、その娘を保護していた男を歓待した。

 その可能性は十分にあるだろう。

 だが、あまりにも喜び過ぎではないだろうか?

 あの後、里の人達も参加し、ちょっとした酒盛りが行われた。

 そして、その中でも耕助に感謝を述べたり、それどころかこの里で暮らさないかと、わっしょいわっしょいと持ち上げられた。

 この里で美咲は巫女という重要な役割を担っているらしいが、その巫女を三日とはいえ家に帰しもせずに泊めていたら、少し冷静な人に怒られても不思議はない。

 だが、里を上げてわっしょいわっしょいと、帰ってきた美咲をわきに置いてまで盛り上がっていた。

「・・・・・・・・・」

 昔まだ耕助がホームレスをしていた頃、住処にしていた高架下に一人の男が来た。

 その男は、耕助達の話を聞いて、そしてその一人一人を褒め、多くのホームレス達から可愛がられる存在になっていた。

 ある日、一人のホームレスが無残な死体となって発見された。

 内臓がえぐり出され、骨の上に皮だけが乗っているような姿だ。

 だが警察に連絡する事もなく、その死体はホームレス仲間達の手で埋められた。せめてもの供養だと、その日はみんなで酒を飲んだ。あの男もそこにいた。

 また数日後、同じような事件が起こった。

 さすがに警察に連絡するべきだという声も上がったが、変に警察に連絡して立ち退きにでもなったら困ると、結局は同じように埋められた。

 そして、また別の日、耕助が外を歩いていると、その光景を目撃した。

 あの男の姿を。

 生きたままのホームレスを縄で縛って、いきたまま内臓を取り出しているその男を。

 その後、その男は警察に逮捕さえた。

 捕まえた女刑事によると、その男はホームレスに近づき、油断させたところを縛り上げて、生きたまま内臓を取り出す猟奇殺人犯だったらしい。

 そんなエピソードを思い出したのは、今のこの状況と無関係ではないだろう。

「そこまではされないだろう。」

 そして、そんな話を思い出すと、部屋の周りに気配を感じる。

 気のせいだと飲み込むには、耕助はあまりに嫌な景色を見すぎた。

 目を閉じて、軽く呼吸を整える。

 まるで眠っているかのような息をして。

 階段を上がる音を聞いて子供のように。

 ススっと扉が開かれる。

 トントンと振動が耕助を囲った。

「こんな時間になんの用ですか?」

 周りからビクッとした気配が伝わってくる。

「何か用があるんじゃないんですかね?」

 目を開いて体を起こすと、そこには見覚えのある老人達が棒やロープを持って立っていた。

 先ほどまで宴席で耕助をわっしょいと持ち上げていた里の人達だ。

「バカな真似は止した方がいいと思いますよ。」

「バカな真似をしたのは、あの子のほうだ!」

 叫んだのは老人だ。

「この里は外とは関わらん!みんなそうやってこの里を守ってきた!」

 別の老人も叫ぶ。

「いい齢して、キャンキャンわめくなよ。」

 どんな理由があろうと、人を囲って襲うのは犯罪だ。

 しかも、それを『あの子』のせいにするとは、まったくもって見苦しい。

「両方とも、落ち着いてください。」

 複雑そうな表情を張り付けて現れたのは、美咲の父親だ。

「大山さん。我々の気持ちも理解して欲しい。」

「へえ?」

「この里は長く、信仰を守るために外との繋がりを断ってきた。美咲は、大地の神に仕える巫女でありながら、それを破ったのです。」

「それと俺が囲まれている理由が繋がらないな。」

「・・・・・・この里の事、そして我らが秘術を外には漏らすわけにはいかない。」

「秘術って、あのビームや儀式の事か。」

「ビームではありません。大地の神に選ばれた者だけが使える、大地の気を放つ気功です。」

「あんたらは使えるのかい?」

「・・・・・・・・・」

 村の人達が黙り込んだ様子を見るに使えないらしい。

「あんたらは信仰を守るために、外との繋がりを断って、おバカな巫女さんが繋げちまった外の人を排除しようとしている。それは何のためだ?」

「ですから、信仰を守るためです。人の心は弱い。外に出れば、信仰を外れ」

「だから、その信仰の元になっている大地の神、それが選んだのは、閉じこもりのあんた達じゃなくて、美咲だろう。」

 美咲の父の言葉を遮って、耕助は自分の考えを口にする。

「信仰を守る。それはなんのためだ?」

「先祖より伝わる信仰を守るのは当然の事だ!」

「当然ね。」

 耕助は老人の言葉に苦笑してしまう。

「何がおかしい!」

「信仰ってやらには、信仰を守るためには、大地の神の声ってやつを無視しろってあるのかい?」

「な・・・・・・」

 耕助の言葉に里の人達は言葉を詰まらせた。

「美咲は大地の神の声を聞いたと言っていた。それが助けて欲しいと言っていると。」

「・・・・・・・・・」

「あんたらは信仰を守ったんだろうよ。そのためにその声を潰したんだろ?」

「それは・・・・・・」

 耕助はこの里の信仰とやらを詳しくは知らない。

 美咲の言葉通りなら、基本的な信仰は大地へとの感謝と、その声を聞く事にあるらしい。

「感謝をする恩を忘れないと言いながら、いざとなれば助けはしない。まあ、人ってそんなもんだよな。」

「黙れ!」

「外に出なくとも信仰からは外れる。人は弱いもんさ。」

 老人や美咲の父は顔を真っ赤にしながらも、反論が出来ずフーフーと唸っている。

「我らの想いも知らずに!」

「じゃあ、あんたらはあの子の想いを考えた事があるのか?」

「何!」

 違うと思う。そんな子供じみた想いで家を飛び出し、鉈を持って追いかけてきた男と寝食を共にして、大地の叫びとやらのために、一人で調査をしていた『あの子』。

 不安だっただろう、怖かっただろう。それでも一人で旅立った少女。

 それを『バカな真似』と呼んだ者。

「大勢で一人を襲うバカより、立派だよ彼女は。」

 睨み合いの中、周りが少しずつ騒がしくなっていく。

「もう、やめませんか?」

 そう言って声を上げたのは、先ほどまでいなかった美咲の母だった。

「母さん。」

 それをなだめるように、あるいは縋るような声を美咲の父が上げた。

「私達は、あの子の言葉を、大地の叫びと呼んだあの子の言葉を、子供の言う事と相手にしなかった。その時点で私達は・・・・・・親として間違えてしまったんじゃないでしょうか。」

「親として・・・・・・」

 その意味に心当たりがあるのか、美咲の父は沈痛そうな表情を浮かべる。

「子供の言う事だった。だからこそ、信仰だの規則だのと言ってないで真剣に聞くべきだったんじゃないでしょうか?」

「それは・・・・・・」

「だからあの子は、家を出て行ってしまった。里を出て行ってしまった。」

 その言葉に老人達も暗い表情をする。

「耕助さん。美咲はあなたに感謝をしていました。」

「感謝?」

「口は悪くとも、美咲の言う事を信じて、色々と世話してもらったと。」

「・・・・・・そうですか。」

 実際にはどうなのだろうか。

 耕助が美咲を信じられたのは、メガントに襲われた仲間で、しかも気功とやらを目撃したからだ。

 それがなかったら、子供の言う事と信じられなかったかも知れない。

 それでも、誰にも信じてもらえなかった少女にしてみれば、心強く感じたのだろうか?

「私達に、少しだけ時間を頂けませんか?」

「・・・・・・良いでしょう。ただし、今日は車で寝させてもらいます。」

 逃げる気かという声も上がるが、その声は美咲の父が抑えていた。

「久しぶりに布団で寝れるかと思ったんだけどな。」

 今日は慣れた我が家で寝る事になった。



◇◇◇



 次の日、目が覚めたらランド号の周りを里の住人達が囲っていた。

「ごめんなさい!」

 そしていつの間にかランド号に上がっていた美咲が、車内で土下座をしていた。

「どうやって入って来たんだ?」

「鍵を返すの忘れてて。」

 そう言えばいざという時のために、美咲に鍵を渡していたのを忘れていた。そして回収する事も。

「まさか里のみんながあんな事をするなんて・・・・・・」

「いや、それはもう良い。」

 良くはないが、少なくとも美咲が気にする事でもないだろう。

「里の人達も反省して、耕助さんと話し合いをしたいって。」

「・・・・・・・・・」

「警戒する気持ちもわかりますけど、少しだけでも話を聞いてもらえませんか?」

 どうやら美咲は里のメッセンジャーとして来たらしい。

 だが、妥当な人選だ。

「分かった。その代わり条件がある。」

「条件ですか?」

「一つ目は里の人間をこの場から解散させる事。」

 さすがに大勢に取り囲まれた状況で話し合いに応じる気はない。

「分かりました。そう言えば、なんで囲ってるんだろう?」

「逃げられないようにだと思うぞ?」

「私がですか?」

 自分の前科を思ったのか、美咲がトンチンカンな事を言う。

「俺がだよ。」

「・・・・・・なんかウチの里の人達が悪人に見えてきました。」

「色々あったんだよ。」

 昨日の出来事を美咲に説明するのは気が咎めるし、少し恥ずかしい。

「それともう一つ、交渉の場は家の外、駐車場の前だ。」

「家の中じゃダメなんですか?」

「家の中は隠れたい放題だからな。」

「忍者の里じゃないんで、それは大丈夫だと思いますけど・・・・・・」

「忍者じゃなくても、玄関ぐらいは塞げるさ。」

 相手のフィールド内での交渉や話し合いは危険だ。駐車場の前ならいざという時、車に乗って逃げられる確率は高くなる。

「そして相手はこちらで指定させてもらう。」



◇◇◇



「昨晩は失礼しました。」

 耕助が指定した話し合いの相手は、美咲の両親、それと里の責任者だという翁、そして立会人である美咲だ。

「いえ、こちらこそ失礼な事を言いましたから。」

 謝る相手に余裕を見せる。

 里側が何を言ってくるつもりなのかはわからないが、印象を良くするに越したことはない。

「えっと、まずは両方共の言い分を」

「裁判じゃないから。」

 頑張って仕切ろうとする美咲を耕助がやんわりと遮る。

「こちらは先にお話しした料金を支払っていただき、無事に帰る事が出来れば、それ以上望む事はありません。」

「こちらとしては、この里の事、大地の神の事を漏らされるのは困る。」

 翁の言い分は簡潔だ。

「念書でもしたためましょうか?」

「それにどれほどの意味があるというのだ?」

 この翁、里の人達と比べて幾分か落ち着いている。

「実を言えば、一つ美咲に頼まれている事がある。」

「美咲にですか?」

 チラッと美咲を見ると、ハッとした顔をした。

「その件をあなたに依頼しようと思う。」

「待ってください!」

 異議を申したのは、立会人である。

「それこそ里の問題ですよ!耕助さんを巻き込む必要はありません!」

「その大山殿が昨日、我らに信仰の是非を問うたと聞いております。」

「そのような話もしましたね。」

 信仰の是非ではなく、信仰とは何かを問うたのだが、細かいところは気にしない。

「確かに我らは信仰として定めたルールを守る事にこだわり過ぎて、大事なものを失っていたのかも知れん。」

 この里の責任者だという人物から、このような発言が出る事は意外である。

「しかし、長きに培われた信仰を・・・・・・慣習から外れるというのは難しい事だ。」

「そうですね。」

 無理もない。ルールや規則は長くあればあるだけ、出来た理由や意味よりも、それそのものが重要になってくるものだろう。

「美咲の提案は、その慣習からは大きく外れたものだ。だが、確かに大地の神の声は、それを求めているのかも知れん。」

「それで?」

「この里から、少し行った所に洞窟がある。」

 翁が指さしたのは、耕助にはただの森にしか見えない場所である。

「その洞窟の中に、かつて大地の神が我らに託したという宝物が安置されているそうだ。」

「そうだ?」

「中に入った物はいない。宝物は大地の神が与える試練を超えるものだけが手に入れる事が出来ると言われておる。」

「まさか試練を受けろと?」

「そうだ。」

「内容は?」

「誰にも分らん。」

 冗談ではない。内容も分からない試練を受けろというのは無茶な話だ。

「だから私が取りに行くと言ってるじゃないですか!」 

「巫女は試練を受けられんと伝えられている。だが、里の人間ではなければならんとは言われておらん。」

 どうやらそう言う事らしい。

「我らも昨日、大山殿に言われ考えた。少しでも美咲の言うとおりにしてやろうとな。じゃが、」

 翁は軽く目を伏せ、意を決したように口を開いた。

「この里に試練を受ける気概があるような若い者はおらん。」

 言われて見れば、昨日襲ってきたのも、ランド号を囲んでいたのも老人達だった。

 美咲の両親にしても、若いとは言えず、若者を見た記憶はない。

「そちらが示した金額、その倍額をお支払いしましょう。」

「里長!」

 美咲の声も耕助の耳には入らない。

 倍額、それだけあれば、数か月食べるに困らず、それどころか今の畑にちょっとした改良を加える事すら可能だ。

「良いでしょう。」

「耕助さん!?」

「その依頼、確かに承りました。」



◇◇◇



「何を考えてるんですか!」

「何がだ?」

「危険です!」

「それは誰が行っても同じだろう。」

「それはそうですけど・・・・・・」

 出発は明日。それまでに村側で必要なものを可能な限り揃えてくれるらしい。

「ところで、その宝物ってなんなんだ?」

「私にもわかりません。ですが、大地の神が力を封じたものだと言われています。」

 随分と曖昧な話である。

「それでメガントを倒そうと?」

 だが、美咲には普通の人にはない力、村の人達に言わせれば、気功らしいが、それを扱う事が出来る。

 ならば、その神もひょっとしたらと思うのは、都合が良すぎるだろうか?

「今、私達に出来る事、そしてその可能性があるとしたら、その宝物だけです。」

 昨日今日とニュースでは、メガントに対する作戦を議論している。

 今は自衛隊が戦車やら戦闘機やらで奪還作戦を考案中だとかで、実行には移されていないらしい。

 頼りになる友軍も手を貸してくれるとか、くれないとかを毎日のように変わる意見を出しており、一部では核期待論まで飛び出す始末だ。

 少なくとも、核に頼るぐらいなら、怪しい宗教の方がまだマシだ。

「軽く説明をします。」

 美咲の家、不動家の客間で耕助は美咲に本を渡された。

「大地の神、それと宝物についても書かれています。」

「ふーん。」

 パラパラと見るに、宗教そのものを説明する本ではなく、その宗教に伝わる神話を伝承するための本であるようだ。

「大地の神が地球を生み出した。あるいは、この地球が神そのものだと言われています。」

「へえ。」

 確かにそんな記述が本の中にもある。

 曖昧な記述だが、『神が眠り、命と大地がもたらされた』と書かれている。

「神は夢を見ます。そして、その夢の中でのみ人と繋がる事が出来る。」

 どうやら神の眠りとは死んだという意味ではなく、言葉通りの意味らしい。

「そして、その夢と繋がる事が出来る者が巫女だと言われています。」

 『私です』と言わんばかりに美咲が胸を張る。

「そして、詳細は分かりませんが、世界に一度危機が訪れたそうです。」

「危機?」

「人類が現れるよりも遥かに前、一説によれば恐竜を絶滅させた隕石の事を指しているらしいですが、真実は分かりません。」

「ふん。」

「その時に大地の神が力を顕現させたと言われています。」

「顕現?」

「神の分身たる獣だとも、火山のような地形だという説もあります。」

 つまりよくわからないが、すごい力であるらしい。

「そして、その力は危機が去ると眠りにつき、今は里の近くに封じられているそうです。」

「ふむ。」

「神は力を悪用される事を恐れ、地の底に封印したとされています。そして、里の近くの洞窟には、その力へと繋がっていると言われています。」

 これが里に伝わっている全てらしい。

「もしもそれが山だったら、どうしろって言うんだ?」

「その時はその時です。」

「・・・・・・それもそうか。」

 行ってみないと分からない。

「でも本当に良いんですか?」

「別に良いさ。」

 家を出てからこれまでの人生、出たとこ勝負だった。

「いつもの事だからな。」



◇◇◇



「じゃあ行って来る。」

 耕助は、大きなカバンに工事現場でつけているような頑丈なヘルメットを着けている。

「気を付けてくださいよ。本当に危険な場所かも知れないんですから。」

 里の外にある洞窟、その前で美咲はくどいほどの注意を繰り返す。

「分かってるよ。」

 それでも、危険な場所に行くのに心配してくれる人というのは悪くない。

 自己責任で自分勝手な生き方をしてきたが、その時は戻る必要も、戻る場所も必要だと思えなかった。

 だが、今は戻りたい。そう思う。

「行ってくる。お土産を期待してくれ。」

「一番のお土産は無事に帰る事ですからね!」

 洞窟の中で響いた言葉は少しだけむずがゆかった。



◇◇◇



「ミノタウロスでも出てきそうだな。」

 ミノタウロスが出てくるのは洞窟ではなく、ラビリンスだが状況と合わせてそんな気分になる。

 真っすぐに歩いているだけなのだが、道に迷いそうな雰囲気、手にはカンテラ型のライトを持って照らしている。

 洞窟の入り口から歩き始めて一時間、曲がりくねった道を歩き続けて少し疲れてきた。

「ふう。」

 普段ならどうという事もない時間だが、慣れない、それも舗装されていない道は体力を奪い取る。

「それに」

 普通に歩く分には分かりにくい傾斜だが、道はなだらかな坂になっているようだった。

 だが息苦しさは感じない。むしろ空気は清涼である。

「なんだか妙だな。」

 洞窟の空気は綺麗で、澱みもない。だが、それに伴う違和感に答えが出せない。

「まあ良いか。」

 考えても仕方ないと足を動かし続ける。



◇◇◇



「おかしい。」

 更に一時間歩き続けた計算となる時計を見て、耕助の違和感は確信へと変わりつつあった。

「なんで、生き物がいないんだ?」

 空気が問題ないというのに、蝙蝠のように暗いところを好む哺乳類どころか、爬虫類や虫すら見かけず、その気配すらない。

 静かな、そして自然に出来たにしては、あまりに整えられすぎた洞窟だ。

「どうなってるんだ?」

 人工物という可能性も考えたが、それにしては出来すぎなほどによく出来ている。

 自然なのに、不自然な姿。そんな奇妙な場所である。

「本当に合ってるのか?」

 真っすぐに歩いてきた。そんな自信すら揺るぐ。間違いなく歩いてきた道のりが正しいという自信もなくなる。

 分岐はなかったか。どこかで休憩した時、戻る方向に間違えて進んでしまったのではないか。

 あり得ない妄想が頭の中を駆け巡る。

 違和感が、妄想が自分の中でせめぎ合った。



◇◇◇



「・・・・・・・・・」

 どれだけ歩き続けたのだろうか?

 五時間歩いたのは覚えているが、その後の事を思い出せない。

 いや、もう考える意味を感じる事が出来ない。

 何時間歩いていようが関係ない。歩き続けるしかない。

 ただ歩き続けるしか



◇◇◇



「ここは・・・・・・」

 耕助が気が付いた時、不思議な空間にいた。

「どこだ?」

「気が付きましたか?」

 声のした方を見ると、そこには見覚えのある人物がいた。

「美咲。」

 その名前を呼ぶ。

「ええ、彼女の姿を借りています。」

「お前は・・・誰だ?」

 美咲の姿をした人物は、堂々と本人ではないと言い切った。

「彼女の言葉を借りて、大地の神と名乗りましょう。」

「大地の神?」

「はい。」

 唐突に出てきた神様とやらに、耕助の理解が追い付かない。これは夢なのだろうか?

「そうですよ?これは夢です。」

「・・・・・・・・・」

「あなたの、そして私の夢です。」

「意味が分からん。」

「私にもわかりません。意味を理解する必要があるんですか?」

「え?」

「理解なんて出来なくとも、私は私、あなたはあなた。大切なのはそれだけでしょう?」

「・・・そうなのか?」

 大切なのは、その言葉を聞いて、耕助は改めて大地の神を見る。

 美咲と同じ見た目をしているが、その声も表情も美咲よりも大人びて見えた。見た目は同じだが、確かに知らない姿だ。

「そうだな。大切なのはそこじゃない。」

 今大切なのは、相手が大地の神である事、そして耕助が洞窟に入った目的だ。

「あなたが大地の神なら、美咲に助けを求めたのはあなたなんだろう。」

「ええ、誰だって眠っている体に虫が這っていたら気持ちの良い気分ではないでしょう?だから、私と繋がる事の出来る彼女に助けを求めました。」

「その美咲があなたが残した力とやらが必要だと言っている。貸してもらえないだろうか?」

 下手な交渉はしない。必要ない場面では交渉は悪い方向に向かう事の方が多い。

「悩みどころですねえ。」

「何故だ?」

「あなたは体に這う虫が気持ち悪くて、自分の体を炎で焼きますか?」

「いや・・・・・・」

「同じ事ですよ。あなた達が求める力は、確かにあの虫共を焼き払うでしょうけど、私にもダメージがあるんです。」

「だが、このままじゃ・・・・・・」

 頭に過ったのは、ニュースでやっていた核待望論とやらだ。

 人々はメガントに対して恐怖を抱いている。

 雨戸を閉めようとぶち破り、警察すら対処不能な相手、自衛隊でもどの程度相手出来るのかわからない。

「あなたはどうしてここまで来たんですか?」

「どうして?」

「永遠に続く道、それを歩き続けるのは大抵な事ではありません。それを自らの限界まであなたはし続けた。どうしてですか?」

「それは・・・・・・」

 どうしてだろうか?美咲のため?それともメガントの恐怖のせい?それともメガントに恐れる人達が望む愚かな行為が恐ろしいから?

「この世界を守りたい?」

 世界を守る。素晴らしい言葉だが、それは違うような気がする。

 だが耕助は博愛主義者などではない。知らない人を守りたいとは思わないし、そのために苦労をしようとも思えない。

 そして、守りたいと思えるような人もいない。

 何かを言おうとして、顔を上げた時目に入ったのは、見覚えのある、それでいて知らない少女だ。

「違う。」

「じゃあどうして?」

 守りたかったのは、この世界ではない。

「自分の世界を守りたかったんだ。」

「自分の世界?」

 折り合いの悪い親、口の悪い刑事、見た目の怖い喫茶店の店主、命を繋ぐ畑に、事務所兼自宅兼車のランド号。

 そして、

「小さな世界だ。他人から見たらどうでも良いような。くだらない世界だ。」

 それでも耕助にとっては大切な世界だ。

「あなたにとっては小さな、小さすぎる理由かも知れない。だが、それが俺の全てだ。」

「本当にね。帰りなさい。」

 世界がスッと暗くなる。

「待ってくれ!」

 耕助の声はすでに彼女には届かない。

「そして、行きなさい。」

 最後に聞こえた言葉と共に耕助の意識は途切れた。

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