大山探偵事務車
「で、なんで野菜泥棒なんて」
「だから誤解ですって!」
不動美咲と名乗った少女を連れて、事務所兼住居兼車へと戻ってきた耕助は、少女をソファーに座らせ話を聞いていた。
「ジャガイモ持って逃げただろうが!」
「ジャガイモ持って逃げましたけど、それはたまたまジャガイモを持っているところに、あなたが鉈を持って追いかけてきたからです!」
「人ん家の畑でジャガイモ持ってる奴がいたら追いかけるに決まってんだろうが!」
畑の野菜はわずかだが無事な物もあった。だが大半はダメになり、貯蔵はあるので、明日食う物がないという訳ではないが、遠からず首が閉まる状況だ。
「分かりました。少し落ち着きましょう。」
「・・・・・・そうだな。」
思わずヒートアップしてしまったが、先ほど出会った蟻の話もしたい、ここは耕助も大人にならねばならぬ。
「畑に勝手に入ったのは謝ります。」
「おう。」
「ですけど、それには事情があるんです。」
なくてたまるか。そんな言葉を耕助は飲み込んだ。
「少し前の事です。私は家で占いをしていました。」
「・・・・・・・・・」
お前は何を言ってるんだ。そんな言葉も飲み込んだ。
「占いの結果、地球が危機に瀕している事に気が付いたんです。」
やばい奴だ。その言葉は後にする。
「その原因を調べるために、私はここまでやって来たんです。そして、導きに従っていたら、あなたの畑に辿り着き。あとはご存知の通りです。」
「じゃあ、そろそろ警察に連絡するから。」
「なんで!?」
美咲の目が丸くなった。
「いや、私有地に入るのは犯罪だから。」
「ぐっ・・・でもそれは、ここに来れば侵略者を知る事が出来るという導きに従った結果で・・・・・・」
「だからどうした?」
「え?」
「それがどうした?人ん家に勝手に入って、ジャガイモ持ってた事には違いない。」
「それはたまたま地面から抜かれたジャガイモがあったから、調べてみようと手にしてみただけなのに・・・・・・」
もともと警察には連絡するつもりだった。
あの蟻の件を警察なり市役所になり説明する必要はある。
この時間帯なら市役所はやっていないし、連絡するなら警察の方がいいだろう。
未成年者を保護してしまったようだし、その件もついでに処理してもらおう。正直言って占いだの、導きだの口にする少女とはこれ以上関わりたくない。
「待ってください!」
警察に連絡。その言葉に抵抗がある人は少なくないだろう。
それに相手は未成年だし、あまり意固地になるのも大人げない。
「わかった。警察は勘弁してやるから、親の連絡先を教えろ。」
「え?」
「親に連絡するから。」
「えっと・・・・・・」
「・・・・・・教えないなら、警察に連絡する。」
「ぐ・・・・・・」
なぜか美咲は追い詰め得られた表情になる。
「まさか、家出か?」
「違います!ただ、親に無断で出てきたから・・・・・・」
「それは家出だろ!」
どうやら未成年は家出少女だったらしい。
「あなたもさっき見た蟻の怪物!あれが大地を汚す侵略者なんです!」
「南米とかの外来種かも知れんし、単なるUMAかも知れんだろ。」
「UMAならそれはそれで問題な気がしますし、あんな大きい蟻は南米にもいないと思います。」
「南米のUMAの可能性もあるだろう。」
「せめて調査が終わるまででいいですから!」
「調査?」
「あの蟻が本当に侵略者かどうか、それにどの程度の相手なのかとか・・・・・・」
「知ってどうする?」
「必要ならば、その侵略を止めます。」
「そうかい。それで親の連絡先は?」
「その間だけでいいから見逃してください!」
「そんな事言われてもな。」
「分かりました。だったら、こういうのはどうでしょう?」
美咲の提案は、耕助の倫理を吹き飛ばすほどに魅力的だった。
◇◇◇
「地の神、その加護は大地に力を与え、大地の力は生きとし生けるもの全ての命となる。生けるものはその命が尽きる時、恵みを大地へと返す。その巡りが命を繋ぐ。大地の神よ、命の声を聞き、その力を貸し与えたまえ。」
「・・・・・・・・・」
美咲が唱える呪文を効きながら、耕助は早まったかとわずかに後悔した。
昨日美咲が提案したのは、この大地を恵み豊かな肥沃な土地にする秘術を、この地に授けるというものである。
その効果があれば、種を巻けば豊作間違いなしの土地へと大変身でうっはうはと言われれば、その誘惑を拒絶するのは難しい。
本来ならば、バカな事をと一笑に付すだろうが、先ほど光るビームを放っていたし、不思議な力を持っている事は間違いない。
その代わりに、親や警察への連絡を一時的にやめ、彼女を匿い、その手伝いをするという条件を押し付けられた。
「終わりました。」
「ありがとさん。」
それに加えて、依頼を完遂した暁には彼女の実家から、報奨金を支払うと言われれば断るのは難しい。
「これで秋は豊作間違いなしです!」
「じゃあ次はこっちが仕事をしなきゃな。」
耕助の仕事は探偵だ。
探偵を名乗ってはいるが、事務所は自宅兼事務所兼車のキャンピングカー・ランド号であり、普段昼間は仕事を探すために繁華街の方へと向かっている。
しかし実態は仕事は月に一度あれば良い方である。
そのため、美咲の提案は現金の持ち合わせが少ない耕助にとっては、ありがたい話だ。
「さて、それであの蟻の事だが。」
美咲と一緒にランド号へと戻ると、ランド号のスクリーンにパソコンの映像を映し出す。
「もう何かわかったんですか?」
美咲は驚いているが、今のところは大した事はしていない。
「テレビやネットで軽く情報を集めただけだが、結構な情報は手に入った。」
プレゼンテーションソフトを起動して、集めた情報をまとめて表示させる。
「これって・・・・・・」
「日本中で目撃情報は入っている。ニュースでもUMA現るでワイドショーは持ちきりだ。」
しかし、政府は未確認情報として大々的な発表は行っていない。
「だが警察はあちらこちらに出ているようだ。」
「そうなんですか?」
少し疑わしそうに美咲が耕助を見る。
「・・・・・・この辺は郊外だから。」
確かに外で怪しげな儀式をしている間、一度もパトカーどころか駐在の影すら見かけなかったが、大都市圏では警察がウロチョロしており、UMAの情報と合わせて大騒ぎになっている。
「それと同時に家畜が殺され、死体ごと攫われたという情報が多く入っている。」
「家畜?」
「牛や豚だな。小屋が全滅して、残されたのは血痕だけで死体すらないそうだ。」
「蟻が持ち帰った?」
「UMAの出没情報と、家畜の被害が同時に起こった。そして俺達はUMAと呼べる蟻に襲われた。偶然の可能性もあるが、まあ同一犯だろう。」
実際のところ根拠はない。
蟻の目撃情報も本当に目撃したと思われるものは少なく、SNSで見た情報に便乗したようなものが多い。
「それと昨日、蟻を目撃したと思われる人間に共通している事がある。」
「それは?」
「八時頃に目撃し、その前後に蟻は姿を消したという事だ。」
◇◇◇
ネットの情報を漁って分かったのは、
蟻は人、あるいは家畜を殺して集めていた。
あの蟻は八時ごろに一斉に姿を消した。
それぐらいである。
「確かにそれぐらいの時間だったと思う。」
プレゼンテーション資料を見せながら、被害にあった四十過ぎの牧場主に話を聞くと、それを裏付ける話しを聞けた。
「六時に見回った時は何もなくて、九時に見回った時にゃあ」
牧場主は牛舎を見てため息をついた。
乳牛を育てていた牧場だったはずだが、牛舎の中には牛はいない。
「このままじゃ、ウチも廃業だ。」
「・・・・・・・・・」
こんな時、どんな言葉をかけるべきか。諦めないでと言うのは簡単だが、諦めないという事は簡単ではない。
原因が分かっていれば、資産さえあれば出直しは不可能ではない。
だが、今回は正体不明な相手が原因である可能性がある。
金、手間、時間、愛情、それらをかけて育てた資産が、目を離した三時間で地面に遺された血痕になった人間の気持ちなど、そうそうに理解出来るものではない。
出直しても、また消えるかも知れない。その恐怖は人を縛り付ける。
「なあ兄ちゃん。」
「はい?」
「犯人は噂の・・・その・・・UMAってやつなのか?」
「・・・・・・可能性はあります。」
少し考えて肯定する。
「・・・・・・そうかい。」
ため息を吐く牧場主。
「保険下りると思うか?」
その言葉に胸が痛くなる。
「厳しいでしょうね。」
「だよな。」
畜産物は伝染病や災害でならば保険が適応される。だが、おそらくUMAに襲われたというのでは、保険金は下りないだろう。共済金は出るかも知れないが、UMAに襲われし死体がない状態では、どの程度適応されるかは怪しい。
「ふう。」
また牧場主はため息を吐いた。
「元気を出してください。」
「あ?」
そんな大人達を見ながら空気の読めない発言をしたのは美咲である。
「ご家族は無事だったんですよね?だったらそれを喜ぶべきです。」
「おい。」
生意気な口を利くなと美咲を軽く小突く。
確かに被害は家畜だけ。少なくとも、人間に被害に出なかった事は幸いだが、被害にあった人間からしてみれば、その違いは理解しがたい。
「確かにな。そうだな、凹んでても仕方ないよな。」
その能天気で生意気な発言が意外にも効いたのか、牧場主は少しだけ元気を取り戻した。
◇◇◇
「お前らも嘘だと思ってるんだろ?」
「はい?」
「警察には信じてもらえず、ネットで嘘乙と散々叩かれて、マスコミは面白い話が聞きたいだけ。」
耕助と美咲が牧場の次に向かったのは、友人が蟻の被害にあったという大学生だ。
「そうですね。礼を失してしまったのは私達の様です。」
いきなり敵意を向けられて困惑する耕助、そしてその耕助を尻目に頭を下げる美咲。
「この度はご愁傷様でした。お悔やみを申し上げます。」
美咲の言葉を聞いて、ようやく理解した耕助は慌てて頭を下げる。
目の前にいるのは、ただの情報源ではない。
友人を目の前で失い消沈している大学生である。
「なんで・・・くそぉ・・・」
その時の様子を思い出したのか、大学生は目を潤ませて誰にもなく悪態をつく。
「私達はあなたの話を信じています。」
「・・・・・・・・・」
心を痛めた大学生は美咲の言葉を疑わし気に聞いている。
「事実ですよ。我々も蟻に襲われたんですから。」
「え?」
「蟻、UMA、エイリアン、色々な呼び方はあるでしょうが、我々が目にしたのは上半身の起き上がった大きな蟻でした。そして八時ごろに蟻はどこかへ飛んで消えた。」
「・・・・・・・・・」
「あなたが見たのも同じものではありませんか?」
相手は心を閉ざしている。どうやら耕助達が来る前に無神経な質問が飛んできたようだ。
心を開く。そんな事は出来はしない。だが、信じられるような共通点を与える事で、相手が話し易くする。
「そうだ。言われて見れば蟻に・・・・・・見えなくもなかった気がする。」
「我々はあの蟻を追っています。政府は半信半疑の様ですから、動かざるを得ない根拠を探しているんです。」
「・・・・・・・・・」
「少しだけ、お話を聞かせてもらえませんか?」
事実と嘘、それを織り交ぜた言葉に大学生も少しだけ表情を緩ませる。
「昨日は講義が早くに終わったから、他の友達と一緒にあいつの家でゲームして、六時ぐらいから飲んでたんだ。」
あいつ、それはおそらく彼の失われた友人の事だろう。
「七時ぐらいに酒が切れたから、コンビニで買いに行って・・・・・・」
それは楽しい道中だったのだろう。
少しばかりバカな話をしていたのかも知れないし、大学生らしく未来の話をしていたのかも知れないし、先ほどまで遊んでいたゲームの話をしていたのかも知れない。
「後ろから変な音がしたんだ。」
「変な音?」
「羽音だったんだと思う。その時は特に気にもしてなかったけど。」
「無理もない。」
耕助自身、羽音を聞いてまさか巨大蟻だとは思わなかった。
「そして気が付いたらあいつの声がしなくなっていた。」
大学生は少し息を荒くして、下を向く。
「後ろを見たら、胸に穴の開いたあいつと、アレがいた。」
「落ち着いて。」
過呼吸気味になった大学生を落ち着かせるために、耕助は彼の背中をさする。
「意味が分からなかった。気が付いた時には走り出してた。」
語る彼の顔に浮かんでいるのは恐怖か、後悔か。
「何分走ったのかわからない。足が動かなくなるまで走り続けて、後ろを見た時アレの姿がなかった時、ホッとした。助かったんだって。」
そして彼は顔を覆った。
「よかった、殺されたのが俺じゃなくてってさ。」
◇◇◇
「・・・・・・・・・」
初日の調査を終えて、畑まで戻ってきた耕助と美咲。
その雰囲気は重かった。
「やっぱり、あの生物を放置してはいけないと思うんです。」
「・・・・・・・・・」
美咲の言う事は理解できる。
牧場も、学生も、唐突に大切なものを奪われた。
あの蟻、おそらくは一匹ではないあの蟻を放置すれば、その被害は更に拡大する事だろう。
「俺はこの件から手を引くべきだと思うがな。」
「どうしてですか!」
耕助の意見に美咲が抗議の声を上げる。
「調査で得られたのは、蟻は事実として人や生物を殺し、しかも牛舎の牛を丸ごと運ぶ事が出来るという事だ。」
そして、学生の話を信じるのであれば、蟻はその場で獲物を捕食していたのではなく、仕留めて持ち帰った。
見た目の通り、蟻に似た生物ならば、おそらくは巣に持ち帰ったのだろう。
そして一斉に姿を消したのが事実ならば、それなり以上の統制力を持っているという事になる。
「ならば、その事実を警察に説明して」
「警察は知ってる。」
「え?」
「学生に話を聞いてたようだし、牧場主にも話を聞いてるだろう。」
その結果、どの程度真面目に行動するかは別の問題だろうが。
「仮にあいつらの巣を見つけ出して、それでどうする?」
「それは・・・・・・」
「一匹すら倒せないのに、どうする気なんだ?」
仮に巣を見つけた。そうしたところで、何が出来るわけでもない。
「占いの結果を告げた時、両親にも同じことを言われました。」
「え?」
「占いの結果はともあれ、地球の危機に我らに何が出来るのかと。」
「・・・・・・・・・」
「あなたは占いの結果など気にもしないのでしょうね。」
「そうだな。」
星の巡り、地の流れ、そんな事よりも天気の方が大切だ。
「私達が伝えた占いは、大地の声、地球の声を聞きます。その地球が声を上げたのです。助けて欲しいと。」
地球の声、それは怪しい宗教団体だの環境保護団体などがよく口にする。
「地球で生まれ、その恵みで生きている。なのに、地球の上げた悲鳴を無視するのは・・・・・・違うと思うんです。」
「違うと思うか。」
幼稚な言葉だ。
言葉を理性で、知性で、まとめる事が出来ていない。子供の声だ。
かつては口にし、大人になる過程で失った声だ。
「はあ。」
耕助はため息を吐いた。
「前金は貰っちまったしな。」
「・・・・・・・・・」
その意味が分かってないのか、美咲が耕助を見る。
「満足するまでは手伝うよ。それが大人だからな。」
美咲の頭を軽く撫でると美咲は笑顔になった。
「はい!よろしくお願いします!」
◇◇◇
「手伝ってくれるって言ったじゃないですか!」
「それはそれ!これはこれだ!」
作業着を来た二人は、辛うじて残っていた野菜を収穫していた。
「農作業は午前中が命なんだよ!」
これ以上遅くなれば、日が昇り熱くなる。そうなる前に収穫出来るものは収穫し、雑草を抜いておきたい。
「もー・・・あ、これも収穫できそうですね。」
文句をぶー垂れながらも、美咲は慣れた手つきで野菜を抜いていく。
「根菜が多いですね。」
「キャベツもあったんだがな。」
蟻の被害を免れたのは、土の中にあった野菜だけ。地表に出ていたキャベツは踏み荒らされたのか、食い荒らされたのかすらよくわからない状態になっていた。
「栄養バランス悪そうですけど。」
「バランスを気にして貧乏が出来るか。」
「そういう問題なのかなあ・・・・・・」
確かに肉や左官、たんぱく質呼ばれるものを摂取する機会は少ないが、それでも人間は健康的に生きていけるものである。
「収穫したものはどうするんですか?」
一通り収穫と草抜きを終わり、カゴを地面に置いた美咲が手で顔を仰ぎながら耕助に聞く。
「こっちだ。」
耕助がランド号の後ろ辺りの土を払うと、鍵のついた鉄製の扉が現れた。
「地下貯蔵庫?」
「ああ、電気代もかからんしな。」
鍵を開けると、コンクリートで覆われた小さな部屋がある。中には野菜がいくつか置かれていた。
今日収穫した野菜も、そこへと収納していく。
収納し終わると、再度扉を閉じて、鍵をかけなおした。
「じゃあ、昼飯食ったら、今日の調査を始めるか。」
「はい!」
ボールを見つけた犬のような元気な声で美咲は応えた。
◇◇◇
「今日はどこに行くんですか?」
「警察だ。」
「え?」
美咲の顔に不安そうな表情が浮かぶ。
だが彼女を突き出すためではない。
「警察の動向を知りたい。知り合いの刑事なら・・・力は貸してくれんだろうが、少しは話を聞いてくれるだろう。」
「力を貸してはくれないんですね。」
「ああ、真面目な奴だからな。」
ランド号を一時間ほど走らせて、警察署の駐車場に辿り着くと、その駐車場に停める。
「さて」
耕助はスマホを取り出して、電話をかける。
「ああ、俺だ。え?いや違う、今警察署の前にいるんだが・・・はあ?」
何やら電話先の相手と揉めている。
「わかった。じゃあ喫茶店で待ってるから・・・・・・ああ、じゃあよろしくお願いしますよ、刑事さん。」
「女の人ですか?」
電話を切った耕助に美咲が質問を飛ばしてきた。
「なんで?」
「仲良さそうでしたから。」
「変な勘繰りはするな。」
耕助は美咲の言葉を手を振ってあしらう。
「ただの知り合いだ。」
その言葉に嘘はない。
◇◇◇
喫茶店・深淵。
「あのぉ、大丈夫なんですか?この店?」
「大丈夫だ・名前と雰囲気は怪しいけど、普通の喫茶店だから。」
店主は一九〇cmはありそうな身長を、筋肉の鎧で肉付けした中年の男性。その店主がカウンターに立っていると、この店がすごく小さく見える。
「久しぶりだな。耕助。」
「ご無沙汰してます。」
店主が注文を取るために近づいてくると、美咲はかちんこちんに固まった。
不愛想な顔立ちに、可愛らしいアザラシのエプロンを身に着けている姿は、もはや異様だ。
「コーヒーと・・・・・・」
耕助が、どうすると美咲を見ると、あわあわとメニューを開いている。
「こ、紅茶をお願いします。」
「それだけか?」
「はい。後から進藤が来るんで、その時また注文します。」
「分かった。」
それだけ告げると店長は奥へと下がっていく。
「ふう。」
「見た目ほど怖い人じゃないから。」
「注文が苦手なんです。」
どうやら注文する事に慣れていないから固まっていたらしい。
「それで警察の方って進藤さんっていうんですか?」
「ああ、昔世話になった奴でな。」
「警察のご厄介に・・・・・・」
「そういう意味じゃねえ。」
そんな話をしていたら、店の扉が勢いよく開いた。
「店長!バカはいるか!」
気真面目そうな鋭い目をした女性が怒鳴り声を上げながら入店してきた。
「店で騒ぐバカなら今来た。」
店主も慣れているのか、指を耕助達のテーブルへと向ける。
「久しぶりだな、大山。」
店長に怒られた女性は、少しイラついた様子のまま、耕助達と同じ席に座る。
「これはこれは進藤さん。わざわざのお越し痛みいります。」
ビジネススマイルで応対する耕助を、進藤は奇妙なものを見る目で見る。
「まあいい。そちらのお嬢さんは?」
「依頼人兼家出娘ですよ。」
「ちょっと!」
警察を前に、重要な情報を暴露された美咲は抗議の声を上げる。
「なんだお前と同じか。」
「え?」
「いらん事言わんでいい。」
耕助が白旗を振って、話がいったん途切れる。
「それで何のようだ?ホームレス。」
「今はホームはある。今日も乗ってきた。」
「・・・・・・あれはホームにカウントされるのか?」
「住所はあるぞ?」
ちなみに耕助の所在地は畑のある土地と同じになっている。
「本題にさっさと入れ。」
進藤は疑問は不毛な会話はここまでだと、店長が持ってきたコーヒーを飲みながら話を促した。
「UMAの噂は知ってるな?」
「ああ、あくまで噂ならな。」
気のないように答える進藤の目がわずかに鋭くなる。
「俺達も襲われた。」
「へえ、それなら警察に連絡するべきだな。アルコール検査と薬物検査を約束するぞ?」
「警察はどこまで知っている?」
「・・・・・・本気で警察がUMAを相手にするとでも?」
「するね。犠牲者が出てる以上は。」
耕助は警察がある程度本気であると考えている。
少なくとも目の前にいる女刑事は、この事件を無視していないだろう。
「あの、私は不動美咲と言います。」
静かに睨み合っている耕助と進藤に割って入るように、美咲が声を上げた。
「ああ、自己紹介もしていなかったね。進藤よ。」
少し場が緩み、進藤は美咲に握手を求める。
美咲はその握手に応えると、軽く息を吐く。
「あの蟻は危険です。だから、私達は蟻の事を調べて、対処できるのであれば、それを知りたいんです。」
「なるほど、ならばその件は警察に任せて欲しい。君達にも危険が及ぶからね。」
「ですが」
「わかった。進藤がそう言うなら、これ以上は情報も得られそうにないな。」
まだ言葉を続けようとする美咲。だがこれ以上は欲張りすぎかと、耕助が声を挟み込んだ。
「分かってくれたようで助かるよ。」
「行くぞ美咲。」
美咲に声をかけると、美咲はやや不満そうに、それでも耕助の指示に従って立ち上がった。
「店長、支払いは進藤に。」
「お前最低だな。」
どさくさに紛れて会計を押し付ける耕助。
その耕助に悪態をつきながらも、店主は無理に止める事はしなかった。
◇◇◇
「聞いても良いですか?」
ランド号に戻り移動を開始、信号で止まった時に美咲が聞いてきた。
「なんだ?」
「家出したんですか?」
「・・・・・・・・・」
信号が変わって、その質問を紛らわすようにエンジンが声を上げる。
「まあな。」
「理由を聞いても良いですか?」
「大した理由じゃない。親と折り合いが悪かっただけだ。」
「苦労したんですか?」
「それなりにな。」
今でもたまに考えたりもする。
家の庇護下で独立出来るまでのんびりと暮らし、就職してい独立していたら、少なくとも畑の出来栄えに一喜一憂せず、スーパーで買った野菜、肉、魚、卵を食べていた事だろう。
それはそれで苦労もあろうが、それはそれで平穏な日々だろう。
「後悔していますか?」
「どうかな。」
後悔していない。そう答えれば嘘になる。少なくとも、畑の土地やランド号を手に入れるまでは、家がないという意味を始めて理解した。
ホテル暮らしとは違う、安住の地がないという意味。
眠れる所、雨露をしのぐことは出来ても、どこかで恐怖を感じ続ける日々。
仲間達は、すべてを諦めたように笑っていたが、耕助はどうしてもそこまで諦める事が出来なかった。
だが畑と、ランド号を手に入れてすべてが変わった。
襲われる事のない家、行政にも暴漢にも怯えないで良い土地、決して楽な暮らしではないが、それでも自分で勝ち取ったという充足感はある日々。
「美咲はどうなんだ?」
「・・・・・・どう、なんでしょう。」
家出をした身、美咲は耕助に自分の将来を重ねているのかも知れない。
「親と仲が悪いわけじゃないんだろ?」
「悪くはないです。」
「だったら帰れるさ。怒られるかも知れないが。」
耕助は家には帰れない。
母親は受け入れてくれるかも知れないが、父親には下手をすれば殺されかねない。
「はい。」
美咲の返事には元気がなかった。
◇◇◇
「次はどこに行くんですか?」
家出仲間の話から、少しだけ明るさを取り戻した美咲は、車の中でおにぎりと漬物の昼食を食べ、休憩が一段落したところそう言った。
「昨日合った牧場主から連絡があった。」
「何かあったんですか?」
「人権派の弁護士が被害者の会を開くんだそうだ。そこで情報を提供して欲しいらしい。」
「行くんですか?」
それに美咲は少しだけ不満そうだ。
情報を集めるという目的から逸れているように見えているのだろう。
「情報を得るためにな。」
「どういう事ですか?」
「情報はタダじゃない。こちらの情報を出す事で、相手も情報を出してくる。」
情報を集める基本は、情報が集まる場所に行くことだ。
ネットの海も、被害者も、警察署の刑事も、被害者の会も同じ事だ。
そして、情報が集まる場で情報を得るためには、元手が必要だ。
元手は金や名誉、そして情報。
新しい情報を得るのは難しいかも知れないが、運が良ければ重要な情報を得る事が出来る。
そして、耕助も詳細は効いていないが、この被害者の会には近くの被害者が集まり、離れた場所の被害者も通話で参加するらしい。
情報が集まる場所としては悪くない。
「行くぞ。情報提供をしてやろうじゃないか。」
人権派弁護士、どうしても好きになれない単語を頭に浮かべながら、耕助はそう言った。
◇◇◇
「以上の事から、当該UMAは複数、それもどこかに主となる・・・・・女王蟻に該当する存在がいる巣がある可能性があります。」
人権派弁護士や被害者達の前で、これまでの調査結果から導き出された結論を淡々と告げる。
「現時点で被害拡大の恐れもあります。早急な対応、そして保証は必要であると考えます。」
もちろん内容は被害者に寄せていく。
ネットで調べた情報によれば、昨日の被害報告はほとんどない。
まだ蟻が出てきて二日なので、情報が足りていない。だが、もっと被害が増えるというのが、耕助の予想である。
その後出てきたのは、蟻が西に消えただの、友人が蟻に殺されて連れていかれた等、被害の報告だ。
目新しい情報は多くないが、それでも重要な情報は多く示された。
「それでは最後に、大山弁護士にお話を伺いたいと思います。」
司会の案内で出てきたのは、人権派弁護士として雑誌やテレビでも見かける弁護士だ。
「このUMA、政府はその存在を現時点でも認めておりません。」
それに被害者の会がざわつく。
UMA、蟻の存在が認められなければ、蟻被害による保険は適応されず、姿の消えた人達は、『犠牲者』ではなく、『失踪者』として扱われる。
「これだけの人が被害に合われ、心にも大きな傷を負われた方も少なくない。」
昨日、話を聞いた大学生の顔が頭に浮かぶ。
彼の心には大きな傷が刻まれていた。
失った友人、自分が助かった自責、そして助かった事を安堵した自分への失望。
「政府が認めなくとも、それはなかった事にはならない!」
力強い弁護士の声に耕助の心はどうしてもかき乱される。
「我々は被害に合われた方々の力になる事を約束する!そして、被害への補償や保険が適切に対処されるように全力を尽くします!」
人権派弁護士の力強い言葉に、被害者の会が「おおー」と声を上げる。
その顔には希望の火が灯った。
「皆様、ご協力をお願いします。」
頭を下げる人権派弁護士に、会場から拍手が沸き起こる。そして耕助の隣に座る美咲もパチパパチと拍手を送っていた。
「・・・・・・・・・」
だが耕助は拍手する気にはなれなかった。
◇◇◇
「おい。」
被害者の会が無事に終了し、会場から出ようとしたところで、耕助は声をかけられた。
「久しぶりに会ったというのに、挨拶もせんのかお前は。」
「え?」
先ほどまでとは異なる様子で声をかけてきたのは、人権派弁護士の大山である。
「どうもご無沙汰してますね。」
耕助が雑な言い方で挨拶をすると、大山弁護士は不機嫌そうに眉に皺を作った。
「これで満足か?」
「はあ。」
その言葉を聞いた大山弁護士は、思いため息を吐く。
その様子を目に入れた人達が、好奇な視線を耕助と大山弁護士に向けた。
「場所を変えるぞ。」
「・・・・・・俺はこれでも忙しいんだ。依頼人も一緒だし。」
「あの・・・・・・」
逃げのダシに使われた美咲は、状況が理解できていない。
「情報交換、それなら問題ありませんかな、依頼人さん?」
「えっと・・・・・・」
依頼人として声をかけられた美咲は、なおも状況が理解できず耕助を見る。
「必要ない。」
「それを決めるのはお前ではないだろう。」
操作の方針を決めているのは耕助だが、依頼人は美咲だ。
それに美咲の依頼である蟻の情報を集めるという目的を果たすために、被害者の会の主催者である弁護士と話をするのは悪い話ではない。
「じゃあ、少しだけ。」
「お好きな食べ物はありますか?」
「えっと・・・・・・」
咄嗟に言われて返答に困る美咲。
「では、ウナギはお好きですかな?」
◇◇◇
思えばこの二日、彼女にも厳しい生活をさせてしまったのかも知れない。
耕助はそんな反省をする。
「すごい、ふわふわです。」
箸が触れれば崩れる程に柔らかな身に、美咲は食べる前から笑顔だ。
「そうかい。」
そんな反省をしつつも、悪びれる気になれないのは、目の前の男のせいだ。
「それで、お前は今何をしてるんだ。」
食べて目を丸くするまで美咲を見て、優し気に微笑んでいた目の前の人権派弁護士は、耕助に視線を移すと一気に厳しい目になった。
「さっき自己紹介しただろうが。」
「・・・探偵か。もう少しまともな職業についたらどうだ?」
「親が親なもんでな。」
そういうと大山弁護士の眉間に深い皺が刻まれる。
「あの、お二人の関係は?」
ピリピリとした空気を破るように美咲が声を出す。
「親子ですよ。」
大山弁護士の言葉に美咲は目を丸くする一方、耕助は「昔はな」という言葉を眉間の皺と共に喉奥に刻み込んだ。
「その話は情報交換には必要ない。」
「それはそうだ。」
耕助の抗議をあっさりと大山弁護士は肯定する。
「だが情報交換は、飯の後でも出来るだろう。」
「ふん。」
耕助は嫌そうな顔をしながらも、ウナギを口にする。
身はふわふわ、ウナギが漬けられご飯に染み込んだタレも本来なら、胃袋も祝福するのだろうが、今はただ消化液に漬けるだけの代物だ。
「それで、お前はどこまで知ってるんだ?」
美咲と大山弁護士の世間話が一段落ついたところで、大山弁護士は耕助へと質問を飛ばした。
「企業秘密だ。」
「交換は出す物を出さねば、受け取れる物も受け取れん。」
「・・・・・・・・・」
子供の頃から変わらない言いように腹を立てながらも、耕助は口を開く。
「さっきも話したように、蟻は巣を持っているはずだ。それぐらいだな。」
「位置は?」
「さあ?」
「検討はついてるんだろう?」
厳しい言い方をする大山弁護士。
「交換は出す物を出さねば、受け取れる物も受け取れん。」
今度は耕助が大山弁護士に言葉を返す。
「上乗せが欲しけりゃ、出す物だせ。」
「道理だな。」
そう言って、大山弁護士はコピー用紙の束を耕助へと渡した。
「これは?」
「聞き取り調査のまとめだ。」
パラパラとめくってみると、その情報の多さに耕助は驚く。
耕助達が話を聞けたのは、二人。その二人も含めて多くの情報が記されていた。
「被害者が出会った位置と、去っていた方向、俺達が目撃した分も含めれば、おそらくは関東方面。神奈川か静岡か、山梨あたりだろう。」
逃げた方向、そこからの推測だが東北の方では南西に、中部の方では東に逃げたというのだから、おそらくその辺りだろう。
「そこから飛んできたと?ならば、もっと多くの目撃情報があるはずだ。」
「飛んできてたらな。」
「なんだと?」
「え?」
大山弁護士だけではなく、美咲も驚いたように声を上げる。
「相手はありんこ。それも、牛だのなんだのを大量に運んだんだぞ?飛んでたら血がだってもっと飛び散ってる。」
「それはそうですけど・・・・・・」
「だったら単純だ。下、地面だよ。」
◇◇◇
結果として、情報交換はそれなりに意味のある情報交換となった。
「ふむ・・・・・・」
「あの・・・・・・」
コンビニにランド号を止め、水とコーヒーを購入し、コンビにの電灯を頼りに車内で貰った資料に目を通す。
「なんだ?」
「地面って、いつから気が付いてたんですか?」
「最初からその可能性は高いと思っていたよ。」
それに美咲は怪訝そうな顔をする。
「どうして?」
「そもそも、あの蟻達は主に肉を狙ってた。俺の畑を荒らす理由がない。」
「それは確かに。」
だから、蟻は畑の野菜を狙ったのではなく、単に出口として利用したのではないか?それは当初から想像していた候補の一つだった。
「さらにさっきも言ってたが、飛んできたならもっと目撃者がいるはずだ。それも少ない。」
「まあ、そうですね。」
「それに、空なら政府だって追えたはずだ。それが出来なかったのは、地面に消えたからだろう。今姿が見えないのも、同じ理由で説明できる。」
「地面に潜ってるから?」
「ひょっとしたら、あちこちに貯蔵庫を作ってるのかも知れんが。探すのは無理だろう。」
それなら大量の牛が消えた事にも説明はつく。地面に隠し貯蔵している。耕助が畑の地面に貯蔵庫を作ったように、蟻達が同じ事をしていないとも限らない。
「どうしてそれを私に言わなかったんですか?」
「確信がないからな。」
現状は、不思議な点がそれで説明がつくという程度。証拠らしい証拠はないし、根拠らしい根拠もない。
きっちり調査をするにも、下手をすれば地面を掘り返して、蟻と再会する可能性もある。
それは避けたい。
「むう。」
美咲は不満げな表情を隠そうともせず頬を膨らませた。
「あのな」
美咲に理由を説明しようとした時、ドンと軽く地面が揺れた。
「うん?」
それと同時に、周りがざわめきだす。
「こ、耕助さん。」
リアラスを指を差す美咲の声は震えている。
「まさか・・・・・・」
バックミラーを確認すると、そこには見覚えのある巨大な蟻の姿がある。
「シートベルトを締めろ。」
「はい。」
美咲がシートベルトをしたのを確認すると、車のエンジンを起動させ、レバーを「R」に合わせる。
「逃げるぞ!」
そして一気にアクセルを踏み込んだ。
キルルルル、タイヤの悲鳴を聞きながら、バックでスピードを出した状態でハンドルをきる。
「行くぞ!」
駐車スペースから抜けると、大通りに向けて車を走らせた。
「蟻は!」
「追ってきてます!」
どうに大通りに出ると、他の人間も蟻達に気が付いたのか、逃げたりカメラを向けたりと大忙しだ。
「あ・・・・・・」
「どうした!」
美咲が小さな声を上げて、黙り込んだ。
「追ってきてた蟻が別の人間を襲いました。」
その声に抑揚はなく、感情を抑え込んでいるようだ。
「そうか。」
嫌なところを見たのだろう。かける言葉は見当たらない。
「おい、あれって・・・・・・」
前を見ながら運転していると、道路わきや道路に立つものの姿に気が付いた。
「そんな・・・・・・」
暗い夜に黒い姿。
そのせいで見辛いが、巨大な蟻が二、三、四・・・・・・・少なくとも十匹以上の蟻達が人間に襲い掛かっていた。
「止めてください!」
「バカを言うな。」
気持ちは理解できるが、車を止めたら襲われるのは耕助達の番だ。
「俺達じゃ蟻には勝てん。」
「でも・・・・・・」
自己犠牲は美しい。だが、愚かだ。
人を守りたければ、苦境を跳ね返す強さが必要なのだ。
「ここは逃げる。」
幸い蟻達は車道に出てきてはいない。今が逃げるチャンスなのだ。
「うっ・・・うう。」
美咲の泣き声がする。
「くそっ。」
耕助の拳は、意味もなくクラクションを鳴らした。
◇◇◇
死傷者二万人、行方不明者五万人。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
『迅速な対応を』
テレビでは、この国のトップだと名乗る男が、判を押したような虚しい言葉を口にして、ネットでは政府の対応に怒りの声と、理解を示す声の両方が垂れ流されている。
UMA被害の噂が出た時点で、対応すべきだったという声と、そんな噂に一々振り回されてどうするという声と。
「お父様はご無事でしたか?」
「ああ、さっき連絡があった。」
被害は一都市だけ。だが、その一都市は蟻に占拠された状態になっている。
『あの蟻をメガ・アント、通称メガントと呼ぶ事を閣議決定いたしました。』
「怪我して病院にいるらしいが、生きてはいるそうだ。」
「行かなくて良いんですか?」
「・・・・・・・・・」
正直、気持ちの整理はつかない。
耕助は親と喧嘩して家を飛び出した。それがたまたま再開して、そして情報の共有をしたりはした。だがそれは、あくまでも仕事としてだ。
見舞いに行ってどうするというのか。
「耕助さん。依頼主として依頼します。」
「うん?」
「被害に合われた方のお話を直接お聞きしたいです。」
「・・・・・・わかったよ。」
どうやら美咲は悪い大人のやり方を覚えたらしい。
◇◇◇
『危機管理能力が足りない。即刻退陣を!』
「調子は・・・良くなさそうだな。」
テレビでは野党がカメラに向かって、被害者には何の意味もない事を吠えている。
「良い方だ。他の人に比べれば。」
憮然とした様子の大山弁護士は、ベッドに座った状態で耕助と美咲を迎えていた。
所狭しと並べられたベッドに、陰鬱とした雰囲気。
確かにそれに比べれば、大山弁護士の調子は良さそうだ。
「母さんには?」
「来ると言ってたが、危ないからやめとけと言った。」
病院はメガントが占拠した都市の近くにある。
今のところメガント達に動きはないが、いつ来るとも限らない。
「話しが聞きたい。」
「だろうな。」
大山弁護士も、ただ見舞いに来たのではないと予想していたのか、耕助の言葉に驚きもしない。
「何があったんだ?」
「お前の予想が正しかった。地面から蟻の奴らが現れて、周りの連中を襲いだした。」
その光景はまさに惨劇だったのだろう。
「呑気にカメラを向けてた連中が真っ先に狙われていた。光に反応したのか、止まってる奴を狙ったのかは知らんがな。」
耕助達を追ってたメガントも同じだったのだろう。
「・・・・・・私は連中をなめてた。」
「うん?」
「警察が銃で応戦していたが、まったく相手になってなかった。弾丸を弾き、蟻は警察にも襲い掛かっていた。」
メガントは拳銃ぐらいでは相手にならない。そんな相手だったらしい。
「お前らはよく二度も無事に逃げられたな。」
「幸運だっただけだ。」
一度目は、理由は知らないがメガントが引き上げたから、二度目は車で逃げたから狙いの順位が低かったのだろう。
どちらも幸運だったとしか言いようがない。
「私は逃げる途中で背中を殴られた。そこからは・・・よく覚えていない。」
気でも失ったのだろう。普段なら、彼の言葉を返し、軟弱なとぐらいは言うだろうが、この状況ではそんな事を言う気にはなれない。
「耕助。」
「あ?」
久しぶりに名前を呼ばれて、耕助は怪訝そうに返事をする。
「この件からは手を引け。」
それはどういう意味なのだろう。
「断る。」
「耕助、相手は人間じゃない。あれを調べても意味などない。」
どこかで似た言葉を聞いた事がある。
そして美咲を軽く一瞥してから。
「お前も大人なら、」
「悪いな親父。」
大山弁護士がしようとする説教の内容は想像できる。それぐらいは耕助も大人になった。
「自分がやる事は自分で決める事にしたんだよ。」
その言葉だけを残して耕助と美咲は病院を去った。
◇◇◇
「それでこれからどうする?」
「・・・・・・・・・」
耕助は依頼で蟻、メガントの情報を集めていた。
そして、その情報はもはや意味があるかは怪しいが、メガントの脅威は一般市民にも広く理解される事となった。
「最後に一つだけお願いがあります。」
「最後か。」
最後、これでこの少女ともお別れになるのだろう。
彼女は元いた場所に戻り、耕助も畑に戻って農作業をしながら、繁華街で探偵業を・・・・・・続けられる状況ではないが、これからの事は後で考えよう。
「これは耕助さんにとっても重要な案件だと思います。」
「ほう?」
「私が元いた里に一緒に来てください。」




