野菜泥棒
「これは・・・ち、違うんです!」
「・・・・・・・・・」
大山耕助。彼が仕事から戻ると、畑が無残にも荒らされていた。
「誤解です!私が来た時にはもう、こうなっていて・・・・・・」
掘り返されていたジャガイモは、今年の夏の主食になるはずだった。スイカは春に種を巻いて、そろそろ収穫する予定だった。
身は食べたりジュースに、そして皮は漬物にするつもりだった。
大根は無事だろうか?カボチャは?ニンジンは?キャベツは・・・無理だろう。見るからに無残な姿になっている。
「あの・・・大丈夫ですか?」
そして目の前には土の付いたジャガイモを手にした少女がいる。
「・・・・・・・・・」
手に硬い感触がある。枝打ち用の鉈、それが手には握られていた。
「お、落ち着いてください・・・・・・」
「ヤサイドロボウ、コロス。」
口から出た言葉は片言だった。
「ちょ」
後ろに下がって逃げようとする少女。
「ヤサイドロボウ、コロス!」
「キャー!」
逃げ出す少女、それを追いかけたのは本能からだ。
目の前にいるのは、丹精込めて育てた畑を破壊しつくし、ジャガイモを盗み出した犯人。
「ひゃん!」
少女が何かに躓いて転んだ。これはチャンスだ。
「もう逃げられねえぞ。野菜泥棒。」
鉈を手にしたままではあるが、頭の方は少し落ち着いてきた。少なくとも流暢に話が出来る程度には。
「違います!私は野菜泥棒じゃありません!」
「じゃあ、その手のジャガイモはなんだ!?うちのジャガイモだろうが!」
「・・・・・・そうですけど。違うんです!」
「警察に突き出してやる。」
言い訳をする少女に頭が再度カっとなる。
「あっ、後ろ!」
「そんな古典的な手に誰がかかるか!」
耕助も学生時代に教師相手によくやった手だ。相手の注意を反らし、その隙に逃走を図る。
「そんなんじゃありません!」
怒りが頂点に達し、手に力が入ったところで。
後ろからバタバタと音がした。
「え?」
後ろを見ると、そこにいたのは大きな蟻に似た顔だった。
上半身が大きく九十度に曲がり、六本足のはずの足のうち、最前列の足は腕のように地面から離れているが、その先にあるのは手ではなく、鋭い鉤爪である。目は大きく口も大きい。背中には女王蟻のような透明な二対の羽が生え、その体を四本の足が支えていた。
「蟻の化物!?」
「こいつが畑を荒らした犯人です!」
少女がここぞとばかりに主張する。
「じゃあ、その手のジャガイモは?」
「・・・・・・・・・」
耕助からの質問にはだんまりを決め込まれる。
「逃がしはしないからな・・・・・・」
「その時は鉈を置いてくださいね。」
確かに鉈を持ったまま追いかけられたのだから、逃げたのも言いわけしたのもやむを得なかったのだろう。
しかし、今は野菜泥棒よりも目の前の怪蟻である。
「それでどちらさんで?」
「・・・・・・・・・」
怪蟻は応えない。
「コスプレか?良くできてるな。」
しかし、ハロウィンには早すぎる。だが現代なら『蟻の着ぐるみで畑を荒らしてみた』動画を取りそうなやつなどごまんといる。
「近づくなら怪我しても知らんぞ。」
羽を広げて腕を広げて、蟻が徐々に距離を詰めてくる。
鉈を前に出して威嚇をするが、蟻相手にどの程度効果があるのかは不明だ。
「ここは私に任せてください。」
「え?」
唐突な申し出に呆気にとられた耕助の前へと少女が躍り出る。
「地の力」
歌うように言いながら少女は腕を使って一本の線を空中に引く。
「光となって」
さらに一本線を引く。
「空を割る」
さらに一本。
「龍の咆哮!」
少女が叫ぶように声を張り、掌を蟻へと向けると、光の筋が掌から蟻へと向けて放たれた。
「おお!」
耕助は特撮のような光景に思わず声を上げる。
「ギイイイイ!」
蟻は苦しむように、否むしろ怒るように声を上げた。
「効いてねえ!」
「あ、あれ?」
少女は困惑している。
無傷の蟻は攻撃されたことを認識しているのか、少女に向かって走り出した。
「くそっ!」
耕助は思わず手にした鉈を蟻へと投げつけた。
頭にガンとぶつかる音がするが、蟻は怯んだ様子すらない。
「ちっ!」
蟻が腕を振り下ろした瞬間、少女を自分の腕に引き込むようにして体の中に押し込むと、そのまま転がる。
「きゃあ!」
腕の中から悲鳴が聞こえるが意に介している場合ではない。
「こいつ、一体なんなんだ?」
少女が掌から放った光線、それがどの程度の威力かは知らないが、それに耐え、鉈を頭にぶつけられて怯みもしない。
「せめて殺虫剤でもあればな。」
「あれにも効くんでしょうか?」
「知るか。」
少なくとも物理で殴るよりは効果がありそうだが。
「さっきのは?」
「地元の宗教に伝わる秘術なんですけど」
「使えるのか?」
この非常時にそんな説明は必要ない。必要なのはさっきの光をもう一度、それもさっき以上の威力で出せるかどうかだ。
「無理です。」
「そうかい。」
万事休すである。
蟻が腕を上に上げ、ギイギイ言いながら距離を詰めてくる。
「うん?」
あと数歩で耕助達を腕の射程に捉えようかというところで蟻の動きが止まった。
そして、羽を広げるとブーンと飛んで消えていった。
「なんだったんだ?」
「さあ?」
耕助は助かった事を喜びながら、野菜泥棒と首を傾げた。




