死を恐れた死神令嬢
身体は自分の意思とは関係なく倒れていく。
だが、咄嗟に防衛本能が働いたことによって身体の側方を下にできたため、腹部のナイフがさらに深く突き刺さるという事態はなんとか回避した。
回避した―――――はいいものの。
「あっ…くあぁ…っ」
久しぶりに感じたこの感覚、どうやら足を撃たれたようだ。
弾は貫通しているようだが、大腿骨に直撃して完全に折れてしまっているらしく、足に全く力が入らない。
腹部と左大腿部、相当量の大量出血であり、息が切れて目が霞み、手が震える。
ダメだ、逃げようにもその機能が失われている。
だが気配を感知する力は残り、周囲の音を認識する機能はまだ生きており、彼女の知覚と耳に知りたくもない情報が与えられた。
前から、後ろから…確実に迫ってきている。
なんとか顔を上げると、霞む視界に男の足が見えた。
彼は前方に伸びていた彼女の手を骨折する勢いで踏みつけると、腕に銃を向けて銃弾を容赦なく撃ち込んだ。
感じる激痛。
だが、もう声を出す力も残っていない。
そして反対の腕にも遅れて走る、同じ痛みによって、両腕の機能も奪われた。
「…いや…ああああっ」
続けて背中を強く蹴られて仰向けに転がった。
転がった方向のせいで、かろうじて避けていたナイフの刺傷がさらに深くなり、すでに息も絶え絶えの口から悲鳴が溢れる。
そして暗殺者の男は、既に虫の息となっている彼女をじっと見下ろすと、かろうじて出血を最低限に留めていたナイフを掴み、勢いよく引き抜いた。
これまで以上の大量出血。
喉奥からは血が逆流し、溢れた血は彼女の口回りを真っ赤に染め上げ、そして横たわる地面に深紅の川を作り出す。
出血の量から考えて既に助かる状態ではない。
そう判断した腕利きの暗殺者達は目配せをすると、後方で伸びていた仲間を回収し、彼女が所持していたアタッシュケースを手にして音もなく去っていった。
(………)
彼女は彼らが去った後もまだ生きていた。
とはいえ、暗殺者達の見立て通り、もう助かる見込みはないだろうと自分でも分析する。
両腕と左大腿部、ナイフが引き抜かれた右腹部からの出血は全く止まらず、動かせる身体も右足のみ。
これまで以上に目は霞み、呼吸は上がってくる出血によって妨げられ、周りの気配は感じられず音も聞こえない。
意識も遠くなってきた。
(…これが…終わり…?私の…死…?)
死にたくないが、自分だってこれまでに大人数の命を奪ってきた暗殺者だ。
これが相応しい結末と言えるだろうし、まさしく因果応報だろう。
まだやり残したことも未練もあるが、仕方がない。
受け入れよう。
(いや…いやよ、死にたくない…!)
なんて受け入れようはずがない。
私は死にたくない一心で暗殺者になり、生きていたいそれだけの理由で人を殺め続けてきた。
全く動かない身体を捩らせ、力なく手を空へ伸ばす。
虚空へ向けられた手は、しかし誰も握ってくれる者はいない。
(怖い、怖い、怖い、怖い…!死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない…!いや、いや、いや、いや、いや、いや、いやいやいやいやいやいやあぁっ…!)
彼女の慟哭はこの世界の誰にも届かない。
手も地面に落ち、目の前が完全に闇に包まれた。
残る感覚は今もなお降り続ける雨が、自分の身体に残っていた熱を容赦なく奪いとっていく感覚。
しかし、それもすぐに遮断された。
だが―――――黒く染まった意識すらも完全に失う直前、何か温かいものに包まれた気がした。
既に彼女にそれを確かめる力は残っておらず、柔らかな温もりを感じながら繋ぎ止めていた、意識はついに手離された。