稽古の続きと終わり
僕が稽古場に戻ると、稽古は再開されていた。エチュードという即興劇をやっていた。役者の人は頭がいいというか、頭の回転が速いというか、セリフが湧き水のように出てくる。
それを見ながら黒崎先輩とミズキはなにかメモっている。
考えるとこれは恐ろしい事が行われているのだなと思った。作・天才作家、演出・国民的アイドルという布陣のお芝居が打たれようとしているのだ。
しかも、たぶんまだ黒崎先輩以外はミズキのことを福浦瑞稀だとはわかってないと思う。たぶん。変装はしてないけど、水色のショートカットに、大きめの伊達眼鏡かけてるからたぶんバレてない。
黒崎先輩からは、「この人を演出家にしてほしいです」という条件を出したから、採用はしてくれるだろうけど、この人は誰なんだろうという空気はまだあるのかもしれない。
じゃあ、僕はなんだろう?
僕は何のためにここにいるんだろうか?
黒崎先輩の背中を押したから、その責任を取るためのもの?
「じゃあ、今日の稽古はこれでおしまいにしまーす」
「おつかれさまでしたー」
稽古が終わったようだ。無駄なことを考えてすぎたようだ。
「なにぼーっとしてるのよ?」
ミズキが僕に言った。僕は本当にしていたから弁明する余地がない。黒崎先輩もミズキも帰る支度をしている。黒崎先輩と僕たちを出迎えてくれたグラマラスな女の子が何か喋っている。たぶん、今後の流れについてかもしれない。
ミズキは先に出ていた。壁に寄りかかってつまらなそうな顔をしていた。
「どうしたんだよ?」
「どうもしてないわよ」
「聞いてくださいって顔には書いてあるよ」
「随分回りくどい言い方ね。でも、端的に言わせてもらえば、やっぱり素人ね」
「おっ、言うねー、まるでプロの女優さんみたいだ」
「あんた、舐めてんの!」
「いやいや、ジョーク、ジョーク。笑ってくれよ」
「ばあか」
「ごめんよ」
この関係に違和感はない。ミズキは強くて、僕が弱い。いつものことだ。
「なに夫婦喧嘩みたいなことしてんの」
黒崎先輩がやってきた。
「だって、こいつが」
「だって、こいつが」
「ハモるなんて仲がいいじゃない? じゃあ、ファミレス行きましょう。お金は出してあげるから」
「やった」
「やったね」
「やっぱり、仲がいいのね」