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斎藤葉子登場!

 脚本ができると稽古はスムーズに進んだ。

 ミズキの演出はさすが芸能界にいるだけあって、的確なアドバイスや演出がされる。受ける側もみんなそれを納得している。

 しかし、一人この状況によく思っていない人間がいた。

 久代だった。

 久代はミズキに演出をつけられると嫌そうな顔をあからさまにする。ただ、ミズキはそれを大人な対応でやり過ごす。

 ミズキは稽古が終わった後にうちに帰ってきて僕に愚痴を漏らす。

「あいつ、なんなの? なんであんなにやる気ないのに舞台に立とうと思ってるの? 不思議なんだけど。あー、腹立つ」

 最近、ミズキがよく食べるようになった、気がする。

「ねー、どうなってるの? 最近、みさきさんとの関係は?」

「うーん、最近は脚本のあれもあったから、会えてないんだよね」

 なんか心の中が痛む。なんだろうこの気持ちは。

「ちょっと会ってきてよ」

「えー、でも」

「いいじゃない。減るわけでもないしー。スマホ借りるねー」

 減る。確実に僕の中の何かが減る。ミズキは不用意に出していた僕のスマホをいじってみさきさんに連絡をとった。

 僕も僕だと思う。流されるだけ流されて、自分の意見を言わないでいる。今も自分のプライバシーに関わるスマホを取られても何にも言わないでいる。「言いたいことはあるのだが、言えないでいる」という文章も正しい。ただ、どこかでミズキに逆らってはいけないと調教されてしまったのかもしれない。

「はい、明日の稽古終わりにいつものファミレスに行くことになったから」

 そう言ってスマホを返してきた。

 怒ってもいいのだろうか。怒ってもいいのかもしれない。怒ろう。

「あ、そうだ」

 ミズキがなにかを思い出した。

「えっ、なに?」

「お腹減った」

 僕の怒りのボルテージは一気に下がった。

「あっそう」

 僕は呆れて物が言えなかった。

 それでも、彼女への抵抗としてその日はもうミズキとは喋らなかった。

 次の日、稽古場は、ついでに僕も混乱した。

 理由は、脚本が追加されキャストが一人増えることになったからだ。しかも、ミズキが連れてきた人だ。

「はじめまして、斎藤葉子です。よろしくお願いします」

 どこかで見たことある。どこかで。うーん、なんか知り合いにいるような気がするけど確信が持てない。第一、粗相があったら失礼だから僕は遠くから見てるだけにしよう。

 目が合ったら、ウインクをしてきた。

 なんだなんだ、僕のことを知ってるのか? なんか怖い気持ちする。

 さて、その新入りの葉子ちゃんが早速悪い男に引っかかりそうになっている。

 久代だ。

 久代は、演劇部のことを教えてあげると言って、誰も頼んでないのに稽古のやり方とかを教えだした。ミズキもそれを黙認している。

 一方、みさきさんは目にいっぱいの涙を浮かべている。劇団の稽古場でもこんな感じじゃないのかなと思ってしまうが、彼女の中でなにか耐えきれないものがあるのかもしれない。

 僕はみさきさんに耳元で言った。

「もう、出ませんか?」

 彼女はひどく驚いた様子だった。僕がこんなことをするとは思わなかったのかもしれない。

「はい」

 彼女はハンカチで涙を拭いて僕の後をついてきた。

 その時、久代が僕たちのことを見ていたかどうかはわからない。

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