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役割が一つ終わる

 脚本ができあがった。

 もちろん、僕が書いた本だ。

 黒崎先輩に連絡をして、ファミレスで待ち合わせして脚本を読んでもらうことにした。

 演劇部の方はもう稽古が始まって二週間スケジュールが押している状態になっている。その間はミズキになんとかしてもらっている。

 大学の近くのファミレスの店員さんは僕の顔を覚えたらしく、いつもの奥の席に通してくれる。

「すいません、遅くなって」

「いいのよ。大丈夫。なにか頼む?」

「後にします」

「そう」

「先に渡しちゃいますね。脚本です」

「ありがとう。今は、パソコンで原稿のやりとりができるのに、なぜ直接あなたに会うかわかる?」

 黒崎先輩が意味ありげな顔をして言った。

「わからないです」

 僕は深い意味を考えないようにして答えた。

「そう、ならいいけど」

 先輩は受け取った脚本を読み始めた。

 僕はだれかに本を読まれている時、自分がどうすればいいのかわからない。

「すいません」と言って店員を呼ぶ。

「はーい」応えてやってくる。

「コーヒーください」

「ホットでよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

 とりあえず、少しは気を紛らわした。たぶん、相手はプロだから読むのは早いだろうと高を括っている。

「ねぇ」

「なんですか」

「私が早く読み終わればいいと思っているでしょ?」

「いや、それは、そうかも、しれない、かもしれない、です」

「図星ね」

「はい」

「かわいい」

 黒崎先輩は僕の方を見ないで言った。会話だけ取り出すと可愛げのあるものだけど、実際はものすごく寂しいものがあった。

 そんな会話があっても僕には居場所がないというか、針のむしろというか、とにかくきを紛らわしたい。スマートフォンを取り出してSNSを見ても落ち着かない。そんなことをしていたら、ホットコーヒーが届いた。でも、そんなものはたいして意味のないことだ。時計はしていないから、先輩が読み始めてからどれくらい時間が経ったかなんてわからない。どれくらいコーヒーをかき混ぜただろうか。どれくらい早く読み終われと思っただろうか。その思いが届いた。

 渡した脚本を机においた。

 黒崎先輩は紅茶を一口飲み、赤のボールペンで頭を軽く小突きながら言った。

「あのさー」

「はい」

「これはさー、さすがに私の作品としては世に発表はできない」

「すいません」

 謝ることになんの意味があるのかわからないが、反射神経で謝ってしまう。

「でも、これはこれでありなのかしれないって思うところもある。私らしくない」

「はい」

「これをボツにしてしまうのはもったいないと思うんだ」

「はい」

「だから、共作という形でいいかな?」

「それは、先輩が良ければ、僕はかまいません。むしろ、先輩が僕みたいな人間と一緒にやってブランドが落ちなければいいんですが」

「そんなことは大丈夫、気にすることじゃあないから」

「そうですか」

「そうだよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、それで決まりだ。今後の流れとしては、私が君の書いた脚本を改稿して完成にするということで、ミズキさんには話をしておくわ」

「わかりました」

「ありがとうね」

「いいえ、こちらこそありがとうございました」

「本当はもっと手のかかる子だと思ったけど、全然そうじゃなくて安心したわ」

「はい?」

「なんでもないわ」

「じゃあ、私は家に帰って早速原稿を書くわね」

 そう言って先輩が立ち上がる。その時に伝票に手をかける。僕は財布を取り出すしぐさをする。

「いいの、ここは私が出すから」

「ありがとうございます」

「これからもがんばってね」

「はい」

 先輩と二人で帰ろうと思ったけど、先輩は店を出たらタクシーを捕まえて帰ってしまった。

 金持ちの考えていることはまったくわからない。

 とりあえず、僕の役目は一つ終わったようだ。

 でも、まだ一つだ。

 あと、いくつあるんだよ?

 毎日が嫌になるわー。

 そんなことを考えながら電車に乗っていたら一駅乗り過ごした。

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