77.
斥候視点。
「すまない、キリック」
そう今からやることにラガックは片手に持っているもう返事をしてくれない仲間の頭だったものに謝った。
さすがに片手に持っている状態でこっちにやってこようとしている剣士と戦闘をするのは不可能だ。
そして、詠唱をしている魔術使いに向けて思いっきり、詠唱が止まってくれと願いながら、全力で顔面目掛けて投擲した。
突然のことだったのか、不自然に止まっていた剣士はその投擲を見送り、魔法使いのほうへと驚くほど簡単に狙い通りのところに行った。
回避行動もせずにただ詠唱をしていた魔法使いはそれを真正面から受けたと思う。
そのころにはラガックと魔法使いの間に剣士がやってきて、それを見る余裕がなくなっていた。
あっちは前衛で戦闘する職。それに比べてこっちは後衛で後方で援護したり、探索の時に罠や、睡眠の時に近くに簡単な罠を張る職業だ。馬鹿正直に戦闘をすればこちらが不利になるなんてことは明白だった。
腰のポーチから短剣を取り出し、相手の剣を受け流しながら、もう片方の手で弓矢の残弾と残っている特殊弾を弓矢の羽の感覚で確かめておく。
だが、こんな接近された状態で弓なんてやれるわけがない。どうにかして、この状態から弓が打ちやすい状態に持っていかなきゃいけないんだが・・・
数度声を出しながら、ある程度の力を込めて、短剣を相手の急所にわざと振ろうとしてみると、全て防がれたが受け流したときよりも明らかにホブゴブリンは力が入っていた。
こちらの言葉の勢いを理解しているか・・・俺みたいな斥候がこんなわざとらしいことを人間相手にしても、だいたいは見抜かれるんだけどなと知り合いの斥候のことを思い出しながら、思いついた作戦のタイミングをする機会をうかがっていた。
投擲用にもってきていた短剣の数を思い出しながら、いや、この1回で成功させる気でヤる。
「おらぁ!!」
勢いのある声とホブゴブリンの剣を持っている手に向けて、短剣を振り下ろした。振り下ろす瞬間に左手をポーチのほうに回し、投擲用の短剣を素早く取り出す。
このホブゴブリンは俺の肩にある弓を警戒してなのか、自分の攻撃範囲から逃げることが嫌なのか、戦っている間、避けずに短剣を受け流していた。だから、今度もまた受け流しに来ると思った。
そして、受け流しに来た。右手を離し、左手から短剣をホブゴブリンの顔面に向けて投擲する。
これで避けてくれれば俺は弓を構えられる。それに咄嗟に片手で顔面を庇おうとしてもそれはそれで相手片手が満足に使えなくなって、戦力が半減するからいいんだが・・・
そして、ホブゴブリンは大きく後ろに飛んでその短剣を回避した。
その隙をラガックが逃すはずもなかった。
素早く弓を構えて、移動能力を奪うために・・・こちらの好き放題にするために弓矢を射た。
「・・・ちっ」
思わず掠めただけになった特殊弾の弓矢に苛立ちを隠せなかった。いや、ホブゴブリンがよく避けたか・・・
それにその様子とは違い、後ろのホブゴブリンが詠唱を再開して、魔法陣を展開していた。
だが、それだけでは終わらなかった。その今戦っていたホブゴブリンが魔法薬を服用したのだ。自分たちが来る前にテントの中にあるヌーの荷物からそれを奪い取っていたという可能性を考慮すべきだったかと倒せると思っていた自分の判断を後悔した。
今から逃げるか?いや、ヌーのほうもこちらにこないってことは倒されたってことはないだろうが・・・
さすがに特殊弾を受けたホブゴブリンはまだ満足に動けていない。それに魔法がこちらに向かって飛んでくるだろう。さっきの俺がしたことで俺に注意が向いているはずだしな。
闇に紛れて・・・殺るか、それまでヌー耐えてくれよな。
ラガックが行動しようとしていた時に、後方のホブゴブリンから大きな火球が放たれていた。
ドンッ!!!という音ともにその火は轟轟と辺り一面の草を巻き込み、今が夜の暗闇を忘れるかのような、確かな熱さと輝きがあった。
つまり、地面が火の海になった。
「あぁぁ・・・クソッ、それに暑い」
これで俺は暗闇に紛れて、好き放題撃つことができなくなった。
環境的にここで長時間の戦闘なんて俺にも今さっきまで戦っていたホブゴブリンにも不可能だ。ならば、ヌーをつれて逃げるか。
だが、そんな火の海の中にいるにも関わらず、狙いも定められずに放たれるさっきより幾分か小さいそんな火球がまだ数多くあることなど、この時の彼は知る由もなかったのだ。