210.
彼女は少しだけ他の人よりも勇気を持っていて、ただちょっとだけこの状況で自分が助かろうと動こうとする意志が、生きている人が、生きようとしている人が当たり前のように持っている感情が強かった。
「なんでそれで逃げられると思うんですかね?」
ただ・・・ここから生きようと足掻こうとしている彼女のことを見ていた者がいた。
「あ~、そうでした、これ忘れ物ですよ」
「・・・え?!」
その襲撃者の手には、ついさきほど、あの化け物のために放ったはずの矢があった。
見間違えるはずがない、見間違うはずがない。
知らない人から見れば、外見は少し意匠が豪華な矢だ。
だが、私には分かる、感じられる、嫌でも感じてしまう。
その矢から感じられる精霊の気配を、漏れ出る自分の魔力を。
だから、すぐに気づいてしまう。
この襲撃者が結界を壊した犯人だ。
外側から?まさか・・・内側?いや、どっちにしろ、あの結界を突破して、襲撃者のこの綺麗な服だ。
それはこの襲撃者が結界を歯牙にもかけなかったという何よりの証拠だ。
魔法でも、武術でも勝てない・・・そんな相手・・・1人で勝つなんて無理に決まってる。
泥が迫っている今の現状でそれ以上考えることは、勝てないことを考えても無意味だと切り捨てて、すぐに逃げる、生きる方向に思考を変えた。
彼女はそれで煙玉に手を伸ばし、助かろうと・・・逃げようとした。
煙玉を投げようとしたときに、突然肩に衝撃。
その衝撃に彼女の身体は引っ張られ、煙玉を握っていた手は開き、手のひらから煙玉は零れた。
彼女はそのまま吹き飛ばされ、木まで縫い付けられる。
そして、それを彼女の脳が認識して、すぐあとにやってくる激痛。
「ああああああああああ!!!!!」
彼女の絶叫が辺りに響く。
傷口から血がゆっくりと溢れ出してくる。
「別に・・・今さっきので殺す気は失せてますけど・・・ソノママニガスワケナイジャナイデスカ」
襲撃者はその矢を握り、自分の魔力を混ぜる。
『幸福には不幸を、不幸にはより大きな不幸を』
もう片方の手から小さなナイフを持ってきて、彼は矢を握る方の手の指を軽く切る。
彼女は激痛で視界がぼやける中でそんな姿が見えた。
『そうして・・・乗り越えた先に訪れる救いも、全ては転じて災いと化せ』
羽から装飾をなぞり、彼女を貫通して、未だ溢れる傷口までなぞる。
「ん・・・ちょっと、血の量が少ないですかね?矢をグリグリして、血を出すのは僕の趣味じゃないですし、別にいいですか・・・」
『呪印』
矢が彼女の身体と混ざる、抉った肉の代わりを果たすように・・・グニャグニャと形も性質も木から紛い物の肉を模るように混じる。
「あなたのこれからにどうかあらん限りの不幸があらんことを」
そうして、後ろで迫ってきている泥の壁に対処しようと・・・ついでに1人回収しようと歩みを進めようとした。
「まったく・・・あなたがこんな小規模とはいえ門を開かなければ、よかったんですよ。これからの己の不幸を呪いなさい、そして、命を掴み取った幸福を噛み締めなさいな」
と、そのエルフには聞こえない声でそんなことをつぶやきながら、問題の解決へと動こうとしたときにドンッと後ろで何かが爆ぜる音がした。
「・・・えぇ?」
後ろからすぐに音がするとは予想外のことが起きて、彼は後ろを見ると・・・今さっき矢と融合させた肩を破裂させているエルフがいた。
痛みの刺激の強さゆえか、今度は絶叫をあげることもなく、白目を剥いて気絶している。
そして、破裂した肩はグチョグチョと元の肩の形に戻ろうと蠢ていた。
「・・・・」
命を気まぐれでとらないで、呪いを施したのに・・・魔人のことを対処しようとして、行こうとしたすぐあとに、まだ融合し始めて痛みが激痛が支配する腕を抑えながら後ろから魔術ってひどくないですか?
不発でしたけど・・・不発でしたけど・・・・・・
でも、あれだけ絶叫上げさせた元凶にすぐに魔術放つとか・・・本当に面白い子。
そんなことを考えながら、少し口元をニヤけさせる。
「攻撃を受けることはないだろうと、背を向けたとはいえ、僕はあなたを殺せるということを忘れちゃいけませんよ・・・というより、命の危険を感じさせたのに、僕に魔術を仕掛けようという無謀とも言える図太さには少々いいとは思いますけどね、どうせ聞こえてないでしょうけど」
今は彼女の肉体は今さっきの激痛よりもさらに地獄な痛みを感じているでしょう・・・起きた後にどんな声でなくのでしょうか???
あぁ!これが不幸なのでしょうか?一矢報いたい相手に一矢報いもせずに自分を痛みつけて相手からの笑いを誘う?というやつでしょうかね?
「ふふっ♪さて・・・マスターを連れ帰るのと、その図太さの賞品でもとってきましょうか」
最近はずっと護衛みたいなことと、運動にもならない運動をしていた僕を笑わせてくれたお礼を出さなきゃいけないですね。
自由になった両手を広げ、その泥の壁を見ながら、そんなことを考えていた。