205.
あ~あ~こわいな~・・・・
ガチ、ガチと歯が噛み合う音と呼べるのだろうか?今まさに自分の腕に噛みつきそうなところを手を引き、思いっきり魔人の顎を膝で蹴り上げる。・・・わぁ~ギザギザしてて、凄い引きちぎられそうな歯・・・とそのような歯に対する感想が今の俺の頭の中には浮かんできている。
まぁ、まだ・・・こんなくだらないことを考えらながら、戦えるだけの余裕ができている。
そんなことを考えていると、泥が魔人の頭のほうに集まり、また元の形に戻り、また噛みつきに来た。
人間相手なら頭と胴体がお別れ、・・・もしくは頭のほうがグチャグチャになるぐらいの力を込めたと思ったんだが・・・いや、あの分身の時もグチャグチャというか、木っ端微塵にしていたよな、ルドが・・・。
そんなこと考えているとまた噛みつきに来た。
それをしていくうちに戦闘の初めのうちに感じられていた。
『怖い』という感情が薄らいでいく、いや、慣れてしまっている。
今の攻撃には強さという意味での命を失う『怖さ』という感情は湧き起らないが、自分が戦闘に負けた後にもし負けたときの敗北の悲惨さが想像できる『怖さ』がある。
必死にその目の前の化け物のことしか考えて、戦闘をしていればこんなくだらないことを考える暇さえなかっただろう。
噛みつき、噛みつき、噛みつく。
その動作しかしてこないので、比較的には楽だ。
楽だからこそ、こんなことを考えてしまっているのかもしれないけど・・・。
ルドとティナを範囲に含めて、魔物を一撃で倒したような泥の塊を放出されでもしたら、こんなことを考えられないくらいに必死になって、ルドとエフィーをルルラとともに範囲外に連れ出して、この階層から上に上がろうとするだろう。
今は攻撃は単調、手段は単純。
だが、それは普通の魔物や人間の動きでは到底できないような速さで繰り出される。
『食欲』に塗れた濁った目をずっとこちらに見せながら、迫ってくる。
魔人のこれは戦闘ではない、ただの手間のかかる食事なのだ。
ルルラに矢での牽制をしてはもらっているが、一昨日までは受けることさえ嫌って、ルルラを狙っているような動きを見せていたが、今の魔人はただ太郎のことを見て、噛みつきに来るだけで、何の反応もない。
ただ矢は魔人の身体を吹き飛ばし、即座に身体の泥が集まり、形をなし、身体を整え、噛みつく。
今の化け物には目の前の『食事』のことしか気にしていないようだ。
「・・・人間らしくなさ過ぎて、楽だが・・・」
一噛みでも受ければ、その部位は引きちぎられて、痛みで歪む視界の先には恍惚とした表情で自分から奪い取った肉を貪り食うのが見えるかもしれないと考えれば、・・・いや、その隙にルドを回収して、逃げるか・・・ポーションのおかげで・・・傷が残るだけで・・・いや、今のような動きができるかもしれないが、死ぬよりましか・・・
そんな自己犠牲の案を思いつきながら、ルドが動けるようになるまでの時間稼ぎをする。
そんなことを戦闘行動中に考えながら、このまま避けつづけて、自分以外の奴らに興味が移っても困るので・・・・
「ほら、化け物、てめぇの大好きな人間の肉だぞ!!」
魔人の回復している隙をついて、上半身の皮鎧と服を脱ぎ、半裸になった。
「・・・」
魔人の目がもっと・・・欲に塗れた目になったような気がする。
なんだろうな・・・脱ぐなら美女の前だけで・・・。
戦闘中になに俺はアホなことをやっているんだろうと・・・若干落ち込みながらも、確かに魔人の目にはもう自分しか・・・・いや、俺の身体しか映ってない。
・・・こんなに上半身を熱心な目で見つめられて悲しくなるのは・・・オルガのギルドマスター以来だ、前は貞操の危機だったが、今回は命の危機か・・・。
・・・まぁ、こんな男のムキムキな身体よりは、むっちりとしたエフィーのような肉のほうがある意味美味しいかもしれんがな・・・いかんな、想像したら鼻血が・・・。
「・・・あんた、戦闘中に何想像してんのよ」
木から降りてきたルルラがその鼻血の様子を見て、自分の身体に手を当てて、若干太郎に引く。
「なに降りてきてるんだよ?あ~相手さん、鼻血の跡にまで、来てるのか・・・引くわ・・・」
・・・いや、お前の胸は・・・想像してないぞ?だって・・・な・・・。
「今何思った?言ってごらんなさい?あんたを戦闘中に足を射てから、エフィーとルド引き連れて逃げるから」
・・・まだ心の中でも言ってねぇよ、ギリギリ。
「・・・・何でもない、さて・・・相手さんも地面から興味を・・・なくしたみたいだな、んで・・・どうする?精霊魔法は効きそうか?」
顔についてる鼻血を手で拭ってから、ルルラに尋ねる。
「・・・さぁ?効きそうなのはやってみないと分からないわよ。やっても泥がまた集まって噛みつきに来るだけかもしれない。それにやるにはここだと準備に時間は多少は必要よ?あんたの・・・いや、これは言っても仕方ないわよね、はぁー矢のように事前に準備なんてしてないし・・・・大丈夫?」
「だいじょ~ぶ、大丈夫、んじゃ、俺は時間は稼ぐとしますか」
「・・・エフィーたちから、ある程度引き離したところに魔力を残した矢を刺しとくから目印ね、合図ができたら、魔人に矢を放つから、誘導よろしくね」
「あいよ」
赤ん坊の時は口元を汚れさせながら、食べさせてもらう。
子どもの頃は食べ物を遊びながら食べる。
大人になれば、食事を味わいながら、食べる。