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泥のダンジョンマスター  作者: ハル
213/255

201.


 魔人を観察すること。


 それは容易いことではない・・・匂いのおかげで見つけるのはそこまで難しくはないが、ひとたび獲物と認識されてしまうかもしれないという恐怖との戦い。

 幸いそこまで近い距離で観察するわけでもないので、それは本当に万が一の可能性であったが、遠くから観察していても、自分が次に狙われるかもしれないという恐怖がなくなるわけではない。


 さすがの夜は近づいてきても・・・匂いの濃さで分からなくもないが、それがもし誤ってしまったら、無くなるのは自分たちの命なので、魔人とは距離を置いて、火などを使わずに野営を行い、夜は交代で見張りを立てながら、眠る。


 見張りを立てる意味がないとでも言うかのようにその日は何もなかった。


 前にこの森を探索したときは夜に人の気配を嗅ぎつけてか、魔物が来ることがざらにあった・・・だが、今日の夜は何も来ない。


 何もなさ過ぎた、ここら一帯の魔物がいないかのようなそんな錯覚までも覚えてしまう。


 だが、時折聞こえてくる何かの破壊音があの魔人と戦っている魔物が・・・いいや、殺されている魔物が、食べられている魔物が、生きていた魔物がいるのであろう。


 だけど、その音は同時に4人に昼に見た魔物に対してのおもちゃで弄ぶような残虐な行為を鮮明に思い出させる。

 そして、その行為と自分を重ねてしまう。


 自分もあんなふうに食べられ、潰され、弄ばれるのかと・・・そんなことを想像せずにはいられなかった。




 その音が消えるのはもう少しで朝が開けようとしていた時間帯であった。

 先に寝た女2人よりも後に寝た男2人のほうが若干ではあるが、顔色がよさそうだ。


「階層上がっているよな・・・」


 慎重に匂いを、暴れた痕跡を、垂れ落ちて渇いたであろう不自然な泥の足跡を。


 あれが寝ているかもしれない。だから、音が止まっていた。


 そんな希望的な答えが現実であったならどれほどよかっただろうか。


 確かな痕跡で、導き出された答えはその化け物が上の階段へ階層移動したという事実と示し続けていた。


「「「「・・・・」」」」


 それを知ってしまった4人の心情は最悪の一言に尽きるであろう。


 通常であれば、この偵察は魔人の観察だ。これとともに魔物が多く侍っていた場合は魔物暴走(スタンビート)として、より早く上に帰還し、救助をする予定であった人らを見捨てていた。

 より少ない犠牲で済むために。

 そして、単独だった場合は想定していたのは階層を移動なんてせず、ただこの階層中でのみ動き回る魔人の観察だ、可能であればそのついでに救助者の捜索だ。

 単独で階層移動ができる魔人なんてのは想定していない・・・・ギルド員も俺達4人も・・・。


 ルルラは弓で・・・4人は神官のエフィー以外なら単独でも帰れるだろう・・・だが、誰か1人でも抜けてしまえば、パーティが崩れてしまう。


 もう考えたって仕方のないことだと割り切って4人は、このあと来るであろう自分達よりもより強いパーティのより犠牲のない確実な勝利のために、情報を持ち帰るために上の階層に上がった魔人の観察を続けていた。






 そして、また考える、これ以上あがれば、もう狭く薄暗い洞窟型のダンジョンだけだ、匂いでの判別もあの強烈な泥の匂いを我慢して、叩き潰す音もどこかで採掘するコボルトの採掘の音を聞きながら警戒・・・できるか?・・・エルフのルルラは自然のない、臭い、暗い、煩い環境で観察を続けるなんて気の遠くなる作業には向いていないだろう。


 俺だって・・・あの匂いを耐えながら、やるのは・・・やるしかないのだが・・・。


 この上の階層にいるのを見たとおりに、あれは階層を移動できる・・・そうなれば、このダンジョンの外へ出られるかもしれない・・・そんな悪い予感しか浮かばない。


 そして、移動できるということはこちらに戻ってくるかもしれないということだ、逃げ場のない一直線の道で・・・あの大きな泥の手を受けて、あの魔物みたいなみんな仲良くひき肉のミンチになるかもしれない、はっはは・・・笑えないよな。




 今攻撃を仕掛けられるとしたらこの場所しかない。見通しの良い階段の近く・・・こちらを潰しに来てもちゃんと避けるスペースがあり、こちらの連携も通しやすい。


 ・・・ここで逃げて街を戦場にするか、ここで魔人から隠れてギリギリまで隠れて、つかず離れずの距離を維持しながら観察を続けるなんてのは、考えてはみたがこれは正気の沙汰じゃないか。


 いいや、あの魔人は攻撃は強いが、攻撃は単純で単調だ、叩き潰すことや、巨大な手で払いのけることしかしていない。


  一度でも、小さいながらも『あんたらはこの町の英雄だ』なんて自尊心をくすぶる言葉でほめたたえられたいという理由もなくもないが、あれはこの場所では絶対強者であった。


 自分を決して魔物は殺せないのだから、魔物は決して自分に傷を犯すことができないのだから、だからこそ、あんな単調な攻撃なんだ。

 そこに付け入る隙がある、油断ができる、ここをつくことさえできれば、自分達でも勝てるのであはないだろうか。


 俺達4人で勝てるかもしれない。




 『それはお前たちの慢心だろ?』


 そんなことを言う他人はここにはいない。


 『お前たちには無理だ、魔人を甘く見すぎている』とそれを否定する先達者はいない。


 観察を続けるうちに初めの恐怖は薄らいだ。


 観察を続けるうちに自分達にも勝てるのではないかとそんな妄想が膨らんだ。


 観察を続けるうちに自分達にも英雄のような活躍ができるのではないかと・・・自分達だけに都合のいい希望が産まれた、産まれてしまった。


 魔人の狂気的な行動を観察し続けるうちに、正常であったはずの彼らの少しばかり歯車が狂った。




 生まれたばかりの魔人なんて弱い。それは事実だ。


 生まれたばかりの魔人が強いなんていうのは圧倒的弱者でのみ通用する。


 恵まれた筋力、莫大な魔力を持っていても、正しく使われていなければ場それはただのついているだけの付属品に過ぎない。


 だからこそ、彼らは付属品を使っていない、ただ殴る蹴るしかできない産まれたばかりの魔人に対して慢心してしまった、慢心するように狂わされてしまった。


 己らが活躍する彼らの夢見る夢の中を夢想し、今の彼等には偵察というやるべきことを見失っている。

 


 なんと・・・人は愚かなのだろうか。


 相手は魔人、されど、まだ赤子。・・・だが、それは規格外の魔人という赤子だ。


 それは赤子から子どもになるように急激に成長する。


 成長しなければ魔物の中で生きていけないから、それは必要に駆られて成長する。


 そして、それはまだ弱きものしか倒していない魔人だとしても変わらない。


 殺されようとすれば、自ずと自らが望んでなくとも急激に成長してしまうだろう。


 誰であって、例え魔人であっても死にたいなんて思わないのだから、当然であろう?


 成長すれば、魔人はどれほど凶悪で醜悪で取り返しのつかない本物の化け物となるだろう?




 だから、ギルド員は彼らに言ったのだ。これは『調査と可能であれば救助』 彼らに討伐なんて大層なことは望んでない。できるとも思っていない。


 ギルドの人たちは成績もよく、ギルド員からの評価も、それに伴った実力でこのクエストを頼んだ。


 だが、彼らは間違えた。


 このクエストに必要なのは相応の実力ではなく、ただひたすらに地味なことを恐怖と戦いながら、続ける忍耐力であるんだ、


 だが、恐怖に打ち勝ち、そして、それに挑むような馬鹿がこの世に存在しているということを忘れていた。


 恐怖で簡単に人は狂い、道を見失ってしまう。


 弱くても引き際の間違えないパーティであればよかった、下手に実力があったから、彼らは分不相応な自分たちに都合のいい妄想を抱いてしまったのだから。



 

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