195.
「あぁ・・・マスター行っちゃいました・・・」
何かを言うのを我慢し、噛み締めた表情で無言でマスターは自分の私室へと戻っていった。
だけど・・・何を言わずとも足音がそのマスターの気持ちを表していた。
足音が自分怒っています!というような普段よりも分かりやすく、足音に力が籠っていたのだ。
「・・・僕は何かを間違えたんでしょうか?」
そんなことを言いながら、マリウスは近くにあった椅子に座り、考える。
その問いに反応を返す人などここには誰もいない。ただ何の答えも返さないダンジョンコアに向かって、その独り言をつぶやいた。
「・・・見捨てるってことでしょうか??」
だけど、数日に一度ダンジョンで人が死ぬと同じように・・・・いや、それよりも圧倒的に多く毎日人によってか、違う種類の魔物によっての違いはあるが、日々魔物は大量に死んでいる。
僕たちはそれの犠牲の上で今ここに生きている。・・・言い方を変えれば、僕たちはそれらの犠牲を見捨てて生きているのだ。
倒されている魔物はとても弱く、ダンジョンでも当たり前のような消耗品だ。
だけど、それらを見捨てている、犠牲にしている事実が消えるわけもない。
だからと言って、マリウスはそれに罪悪感なんて感情は持っていない。
それがダンジョンにとっての当り前だ。『仕方のないことだ』、魔物を一匹も犠牲せずにしていれば、数か月・・・いや、もっと短い期間で人はここに侵入し、富のためか、名誉のためか、己の欲望を叶えるためにダンジョンコアを我が物にしようとダンジョンマスターであるマスターを殺しに来るだろう。
だから、これは仕方ない犠牲なのだ。
「・・・分かりませんね」
この人と魔物の犠牲に何か違いはあるのだろうか?
強いか弱いかでしょうか? ・・・・正しく命令を聞く頭???応用力でしょうか?
それが彼には分からなかった。
そうして、分からないということを抱えたまま、いつも通りに寝る準備をして、彼は眠る。
そして、朝になって、いつものように朝食の準備を料理人形に命令して、マスターが指輪の力であちらいかないうちに一緒にご飯を食べようと準備をしていると、イオルにちょんちょんと服の端を引っ張られる。
「ん?どうしたんですか、イオル?」
朝飯の前に起きたばかりであろうまだ少し眠そうなイオルがマリウスに声をかけてくるのは珍しい。今日は何だろう・・・組み手の相手でしょうか?そんなことを想いながら、今日のダンジョンですることを思い出していると・・・服の端をまた引っ張られることで現実にへと戻ってくる。
「あの人がいない・・・」
「・・・え?」
あの人・・・・イオルが言う人物で、思い当たるのはただ1人しかいない。
そんなはずがない・・・・そんなことを心の片隅で想いながらも、でも・・・その不安からか、マリウスは急いでマスターの私室へといくと、そこからはいつもはしっかりと鍵を閉めて、きっちりと閉められているはずの扉が、少し開いていた。
不安が心の中で増大するのを感じながら、イオルが見たときたまたまいなかっただけかもしれないというのを期待して、マスターがいるかもしれない部屋のドアをノックをしてから、声をかける。
「マスター入りますよ?」
イオルの言っていた通りに、そのベッドには誰の姿もいなかった。
農場にも、お風呂場にも、トイレにも、ダンジョンコアの周りにも、どこにもマスターの姿は見当たらなかった。
ダンジョンコアを覗くと、ダンジョン商会から剣の購入の画面と、階層のマップが映し出されていた。
それを見て・・・マスターはここからダンジョンへと出ていったことを理解した。
それと同時になんて馬鹿なことを・・・とそんなふうにマスターのことを思った。
「・・・・・・・」
すぐに助けに行くことに迷った。
ここで助けなくても、あのマスターが泥だらけのあの道を森の階層まで行くことなんてできない。足場のあれは瘴蟲だらけで・・・歩いただけでもかなり気持ち悪い上に歩きにくい。
ダンジョンマスターであれば、ダンジョンにいる魔物には襲われないし・・・・。
ダンジョンマスターは誰よりもダンジョンで愛されている。
僕が助けに行っても何の意味もない。
・・・・そこで手が止まり、また次のことを考え付いてしまった。
『もし偶然にも泥の階層に入ってきた異物に出会って、それに殺されたりしたら・・・』
・・・あぁ、そうだ、異物がいたんだ。
ならば、理由ができた。
僕が助けに行かないという選択肢はなくなった。
道に迷って、きっと森の階層にも辿り着けていないはずのマスターを助けに行こうという意志は固まった。
「・・・」
万が一のために、すぐ戦えるようにと最近は使う必要のなかった剣を異空間から取り出し、腰に下げる。
そして、マリウスはマスターの後を探しに追いかけるのであった。
取り残されて1人ぼっちでイオルは朝食を食べて、昼食はゴブリンたちと採れたて新鮮野菜、夜はマスターがくれたお菓子の三食。