175.
場所は変わって、ギルドの裏手にある訓練場。
「じゃあ・・・試験を始めるわよ~」
そうオカマはあとから、訓練場に来た受付嬢に目配せをする。
それにしても・・・何度見ても、目の前にいるオカマな姿は消えない。
ギルド長ってことは・・・・強い、よな?・・・それ以上に見た目が・・・強烈だけど。
休憩するために隅に置かれている椅子も・・・ほとんど席が埋まってない、ギルド長の姿を見ては、冷やかしに来たであろう男たちは一瞬で来た道を引き返しているからだ。
一部の男や、女の人たちは俺の実力を計るためか、席に座って、この試験の様子を観察している。
ギルドから貸し出されている木剣や、一つしかなかった大楯の感覚を確かめながら、礼儀として、腰を折り曲げて、挨拶をする。
「よろしくお願いします」
「あら~礼儀正しい子じゃない、あたしのこ・の・みかも」
オカマからの強烈なウィンクによる先制攻撃・・・俺の精神が寒気を覚えた。
は!?まさか、もうすでに勝負は始まっているのかもしれない。
そう気を取り直して、強気に挨拶を返す。
「よろしくしてやっても、構わん」
「あら~強気な子も嫌いじゃないわ~」
オカマが身をくねくねとさせて、頬を赤らめた。
俺の精神にカウンター攻撃・・・・俺の心が目の前の物体を拒絶し始めた。
「よろしくしない」
「まぁ、ひど~い、あたし、心が悲しんじゃうわ~」
オカマの手が頬に添えられ、身を崩しながら、泣き真似をする。
勝ったような気分が味わえた。
俺は優越感に浸った。
「・・・お二人とも試験を始めますので、合図をこちらでしますね」
その様子を見かねたのか、受付嬢の合図で試験が始まることとなった。
「では、これよりガネル推薦のユウキの試験を行います!両者構え!」
オカマと俺はある程度の距離を保って、お互いに構えをとる。
「はじめ!」
始めの合図をされても、俺は動かなかった。
ギルド長も俺の実力を見るためか、その場から動かずにじっとこちらの動きを待っていた。
そうして、まだ来ないと思って、俺はギルド長にこう話しかけた。
「・・・何も装備してないように見えるけど、打ち込んでもいいの?」
・・・そうギルド長、このオカマはガネルに抱擁していた時と変わらず同じ見た目をしていたからだ。
何一つの装備をしていない通常時と同じような格好を・・・俺の方は、木剣、大楯、それに一応の皮鎧を身につけてる。
たいして相手はひらひらのドレスだよ?オカマでも良心的に攻撃するのに遠慮してしまいます。
木剣でも、叩かれたら、痛いものは痛いよ?うん。
「あら~あたしの心配をしてくれるの~優しい子ね、ますます好きになっちゃうわ~」
この身をよじらせ、ちょっと赤らんだ顔でこちらのほうを見つめてくる。
・・・ちょっと、この時言わなきゃよかったと後悔した。
「じゃあ、ちょっとだけ、あなたを安心させるために、あたしから動くわね~」
そう一瞬の出来事であった。
戦いが始まっているのだ。
常に相手を意識して、その相手から目を離すはずがない。
だが、一瞬にして、その場にいたはずのオカマは姿を消した。
どこだ?どこに消えた?
慌てて左右を見て、オカマが影ないことを確認して、まさか!上で跳躍したりなんて!と思って、上を見ても・・・青空に太陽が眩しく輝いているだけで、それ以外の形あるものなど存在しなかった。
ぎゅっと後ろから何やら、筋肉質のような塊が抱擁している確かな感触が伝わった。
まさかと思い、ギギギと後ろを振り返ると、顔は見えなかったが、見覚えのある派手な色をしたドレスを視界の端にとらえた。
「あ~ん、若い男のか・ん・しょ・く・・・滾るわ~」
耳元でそんなことを言われ、怖気が走る。
ガネルでも抜け出せなかった抱擁だけど、必死に抜け出そうとあがく、この身の危険の塊からあがかずにいられない!
でも、それは意外にもあっさりと抱擁・・・拘束をやめて、俺を解放した。
「あなたの実力を見るための試験だもの~あなた程度じゃ、あたしは大丈夫よ~存分にかかってきなさい」
そう挑発気味に言われ、この人はこれでもヤバいと認識を改め、気合いを入れなおし、オカマへと斬りかかった。
木剣はいなされ、弾かれ、かわされた。
大楯による防御はほとんど視界を制限されるだけで、身軽なギルド長相手には意味を為さなかった。
大楯を捨て、こちらも身軽にしたとしてもそれは変わらず・・・そして奥の手である左手に生活魔法で砂を出して、相手に目つぶしをしている間に斬りかかるという方法もあっさりとかわされた。
最後に『これで終わりにするわね~』と試験とは思えないほど、のんびりとした口調で言われ、次の瞬間には目の前に現れるオカマ。
殴りかかろうとしてきたので、咄嗟にそれに合わせて木剣で防御をしたのだが・・・木剣はあっさりとその拳の前で砕け散り、その拳はいとも容易く俺を吹き飛ばした。
「あら~大変、早く私のへ、医務室に運んで行かなきゃ~」
そう白々しい棒読みでギルド長は俺をお姫様だっこする。
「た、す・・・・」
殴られた衝撃により、言葉がうまく発せられずに、周りの人に助けを求めるように、弱弱しく利き手を伸ばした。
ここで救いの手が・・・受付嬢によりそれは未然に防がれた。
今後あなたのことは心の中で受付神と呼ぶことにしよう。
無事に合格はしたのだが・・・。
・・・試験が終わってから思った。
オカマとはとても怖い生き物だということに・・・。
ローラが虫に対して、魔法を放った時、その時は未然に防げたけど、今なら魔法を放ったローラの気持ちが分かる。
・・・小さくても怖くても怖い。
それを殲滅するためには多少の犠牲を仕方ないんじゃないかと思えるということに。