154.
見張り台を降りてから、近くの家の薪置き場にあいつを隠すように置いてきた。
ゴブリンに見つからないように、あいつを弄ばれないように薪で隠して、俺が死んでもちゃんと見つかるように願いを込めた。
「・・・ふぅ」
一息をついて、あのゴブリンが逃げていった方角を見た。
村のみんなは俺が鳴らした鐘の音で、今も教会で逃げていく足音が雨音とともに聞こえてくる。
その音とは逆方向の森へと、俺は・・・あのゴブリンを探しに行った。
これは間違っていることだ。
戦えないのなら村人と一緒に教会へ行けばいい。
戦えるのなら村長が来るのを待って、一緒にゴブリンを倒せばいい。
・・・この行動はバカなことで、身勝手で真面目とは到底言えないことだろう。
だけど・・・だけど!
死ぬ前の、手を伸ばしていたあいつの目が頭から離れない。
さっきまで話していたあいつがもう何の返事も返してくれないことが・・・信じられない。
そして、あいつを置いてくるときにどんどん雨で冷えていく身体を感じて、あいつが生きていたという体温を奪って、どうしようもなく冷たくなったあいつの身体は、俺に死んでしまったことをどうしようもなく実感させてしまった。
そして、それは俺が悪い・・・俺のせいだ。
最後の言葉にならない言葉はきっと俺のことを責めていたんだ。
お前のせいで俺は死んだんだと、お前がしっかりしていれば俺は死ななかったんだと、お前が!お前が!!お前がぁぁ!!!
さっきから、左手がきゅっと掴まれていて、そこを見れば・・・目から血を流しながら、真っ黒な目でこちらを見て、あいつは・・・口から血を流しながら『お前のせいだ』とこちらをずっと、ずっと、ずっと、ずっと・・・あいつが俺にそう言っているように聞こえる。
確かにさっきまで俺がこの手で、あいつの死体を隠していたはずなのに・・・死体を隠しているときもずっと、ずっと、ずっと・・・あいつはこちらを見つめ、声にならない声を出して、俺の手首を強く握る。
死んだあいつはきっと俺を恨んでいる。だから、こうなっているんだ。そうだ・・・そうに決まっている。
だから・・・その掴まれている左手首にある手を右手で握りしめ・・・固く固く握りしめ・・・誓う。
「せめて、せめて、俺の手でお前の・・・仇は討つから」
そう誰も見ていない場所で誓いを立て。後ろで燃え続けている見張り台を背に、暗い森の中へと1人入っていく。
森に少し入ったところで、2匹のゴブリンを見つけた。
少しだけ見張り台から照らせれる光と、少しだけ周りより自分の目がいいことに感謝した。
だが、そのゴブリンの中に火傷の痕跡があるやつはいない。
だが、見つけたゴブリンは俺のことを獲物が来たと笑みを浮かべながら、近づいてきた。
こいつじゃない・・・・こいつらじゃない。
こいつらじゃないのに、こいつらは違うのに、こいつじゃこいつらじゃ、これは・・・アレじゃナい。
殺気立つ俺のことを感じたのか、ゴブリンは少し窺うようなそぶりをした。
「・・・ちがう、ちがウ、チガウ」
これじゃ、あいつの誓いを守れない。
早く見つけないと見つけないと見つけないと、誰よりも早く、村の誰よりも早く、アレを殺さなきゃ・・・
「「グギャ」」
そんなことを考えているうちにゴブリンが棍棒でこちらに攻撃を仕掛けてきた。
アレは獣の牙だった。
森での戦闘はあまり自警団ではやってこなかった。
・・・いつもなら、村の中で戦うことが前提だ。
それでも、あの強い3人が自分達だけで対処できてしまって、いつも自分たちの出番はなかった。
自分の強さに自信はなかったが、それでも、ゴブリンの棍棒をさばいて、2匹のゴブリンを殺す。
「ははは」
できる。今の俺ならあいつの仇を討てると、そう有頂天になっていた。
後ろに潜んでいたゴブリンに後頭部を殴られるまでは・・・
殴られた衝撃で、剣も少し遠くのほうに飛んでしまった。
それでもゴブリンは追撃の手を休めることなく、こちらに棍棒を振り下ろそうと、トドメを刺そうとしていた。
『まだ死ねない、まだまだまだまだ・・・』
殴られた衝撃でよく動かない頭で生きようと・・・
必死に俺は振り下ろされる棍棒からの衝撃から、頭を隠すように両手で包み込んで、歯を食いしばり、来るであろう衝撃を待ち受けていた。
クがつく神話って面白いよね・・・見る専門だけど