143.
そうして、冬は・・・特に筋トレぐらいしかすることがなかった。
ときどき、酒をこちらのほうにもらい飲みしにくるヒューさんからは『冬の森に行く?死にに行くのか?達者でな』とか言われた。
獲物が少ない冬の森に入るということは、寒い!ということもあるらしいが・・・
他にも冬の森で、動いているのは、冬眠はしない魔物か、食い溜めしてない弱い魔物で死に物狂いで餌をとりに行こうとしているのか、冬の間元気に動き回る魔物の3択で・・・・ヒューさんは、そんなところに行くなんて、よほどの飢饉じゃなきゃ行かないのだそうだ。
それに今年は十分に保存食などを準備してあるらしい。
ヒューさんは寒い中でちょっと新鮮な肉を取りに行きたいという気持ちよりも、十分食料あるし冬の間はだらだら過ごすかという気持ちのほうが強いのだそうだ。
爺さんからは『冬の間は身体作りでもみてみたら、どうかのぉ?』と言われ・・・寒いのに外に出て稽古は正直ごめんだと思っていた俺からしてみれば、その爺さんの提案には普通に大賛成だった。
冬の間は、外に出なくなったわけだが・・・外に出なくなっていたとしても、外から中に広がる冷たい温度は俺の体を容赦なく襲う。
身体を動かせば熱くなるだろう・・・・俺にもそんなことを思っていた時期がありました。
寒いものは寒い。そう実感した。それに家のなかだし、あまり激しく身体を動かすということも下に爺さんもお婆さんもいるんだから、そういうことをやるのは憚られた。
そうして、身体を動かすのが大人しい動きばかりになってくると・・・俺の足は不思議と1階へと足引き寄せられた・・・そう暖炉で暖かみを感じるために。
人は自然と温かい場所に集まるもので・・・爺さんもお婆さんも暖炉の近くで何かしらの作業をしていた。
俺も・・・何かしらをしようと思ったんだが・・・この暖炉の前で筋トレをするということを俺が実行に移せるわけもなく、ん~と首をひねっていると・・・爺さんも何かしらの作業が終わったからなのか、こちらの近くの椅子に腰かける。
「ユウキよ、身体作りでもしてみたらどうだと言っただけで、別にしなくともよいのだぞ?おぬしはここにきてから、わしからの稽古や、ヒューに連れられ狩りをして、ずっと何かしらをしておったのだ。まぁ・・・冬の間はある程度身体が鈍らぬように動かして、あとは自由にせい」
そうポリポリと頭を掻きながら、少しこちらを頭を向けて、そう言ってきた。
「まぁ・・・冬の間はやれることなど、身体を休めることや、自分らの道具の修理や、子作りぐらいしかないがのぉ、はっはっは」
そう少しお酒でも飲んでいたのか、それとも暖炉の火の色が反射して頬を照らしているのか、背中をバシバシと叩く爺さんの頬がほんのりと赤いように見えた。
そうして・・・うん、ダラダラとまではいかないが、ある程度自分の身体を鈍らせないように・・・筋トレはしていた。
こんな生活の中だ・・・ふとした時に習慣になっていた素振りをしたいな~なんてのを思ってしまうこともあった。
実際にはしていないが・・・自分の部屋といっても、それは爺さんの家の借りてる一室というわけで・・・他人が自分の部屋で木刀を振り回す姿を想像して・・・やっちゃいけないなと思って、やらなかった。
ある時、たまに爺さんが大剣の手入れをしているときに、ちょっと軽く、そう本当にかるくだ、かる~く振り具合を確かめようとしていた時に、ご飯の準備をしていたはずのお婆さんがどこからともなく爺さんの後ろにいて・・・ボソリと・・・『お爺さん・・・ちょっとお話があります』と言って、爺さんがお婆さんの後ろをトボトボと歩いていくのを見たときから・・・『あぁ、やらなくて正解だな。家主でさえ、あれなんだ』と思うようになった。
『・・・自分のダンジョンに帰ってから、やろう』と
ふとこんなことをやりたいな~と思った時は、こう考えるようになった。
そうしていきながら、時間は過ぎていき、あの寒い冬も・・・まぁ~まだだいぶ寒いが、暖炉の前にいなくてもマシになってきた。
そう!雪を降らす雲も隠れ、温かな陽の日差しがまた感じ始められるようになってきたのだ。
季節が人に優しい環境に移り変わろうとしているのを村の人たちも肌で感じ始めてたからなのか、彼らの外での活動も再開された。
そうして俺の外での初めての冬は終わったのであった。