93.
照りつける太陽の下俺は鍬を振り下ろした。
流れ落ちてくる汗が服に染みて、少し気持ちが悪いが、自分がこれほどまでに身体を動かしたということを改めて感じた。
そして、額から零れ落ちる汗を手で拭いながら・・・俺はこういったのさ。
「ふぅ・・・いい汗かいたぜ」
「まだほとんど最初の位置から進んでませんよ」
横からパラソルの下にある椅子に座ってじっとこちらを観察している。
「それに汗をかいたのだって、ほとんどが僕が少し目を離している隙に全力で逃げようとしたときに出た汗じゃないですか・・・はぁ・・・」
目に手を当てて、下のほうを向きながら、わざとらしくため息を漏らしながら、またこちらをジト目で監視している。
「ほら・・・あのさ・・・鍬って真上に振り上げてから振り下ろすじゃないですか?そして、振り下ろした後に大地を抉り、そしてそれを矮小なる人間の身で大地を掘り起こすじゃないですか?それって凄く力を使うと思うんですよね?だからね・・・」
「だから、なんですか?マスター」
そんなこと言っている俺を冷たい目線が俺のほうを貫く。
「休んでもいいですか?」
そう・・・絶対零度の視線に立ち向かい・・・俺はそう言ってやったのさ・・・手足の筋肉がこの労働に震えながらな。
「はぁ・・・仕方ないですね・・・」
「え?いいの?」
意外にもあっさりとそれが許可された。案外それだけ逃げる体力があったんですから、耕すほうももっとできますよね?なんてことを言われるかと思っていた。
「そんな最初からずっと鍛えてない人にやらせるわけないじゃないですか・・・逃げてなければ、それとも休憩が嫌ならやめてもらっていいですよ、そのまま農作業を続けてくださいね」
「・・・あ、違う違う違う、休む休む、俺超休みたい」
「・・・水を持ってきますね」
「ありがたや~」
この地獄から逃げられない原因に初めて・・・感謝した。あれは・・・鬼だけど、勝てない相手にはたとえ部下みたいなものでも敬おう、うん。だから、一番最初に鍛えるといっていた過去の俺を呪うことにしよう。
「冷たくない~」
だが、この汗を流した分だけの水分がこの体の中から消えているんだから、ぶーぶーと言いながらもちゃんと飲む。
「キンキンに冷やして氷になっている水のほうがよかったですか?」
と言いながらも、何かしらの魔法を使ったのか、マリウスの持っていたグラスの水だけが、さっきまではなかったが、グラスの中に氷が入っていて、その冷たさを表すかのようにグラスの外側から水滴が出てきていた。それはもう・・・見るからに冷えていて飲んだら、喉を通る冷たさがこの火照った体を駆け巡って気持ちいいんだろうなとは思ったが、口には出さない。
そんなこんなで再開するのだが・・・
「マリウスさんや・・・お手本を見せてはくれないかい?」
「・・・鍬を振り下ろすだけですけど、そんなことも汗と一緒に体から流れ落としたんですか?」
「効率よく鍛えるためにはより効率のいい仕事ぶりを見たほうが役に立つと思ってね、うん」
「よく動く口ですね・・・そんなことを言っている暇があったら手を動かせばいいのに・・・」
「だ・・・め?」
そんなことを縋るようにマリウスの足にすり寄っていく。
「僕が見せたらちゃんとやりますか?」
「うんうん、やるやる」
「凄く軽く返事されているようですけど・・・はぁ・・・やりますよ・・・」
「どきどき」
だが、両手には何も持っていないマリウスが俺の耕していた横に手を当ててから、こういった。
「地形操作」
ドッという音がしたと思ったら、次に見たときのそれはしっかりと耕やかされていた?見た目だけかもしれないと近くにあった土を触ってみるが、柔らかく掘り起こされたからなのかその土は少しひんやりと冷たかった。
「・・・」
今の自分には参考にならない・・・・でも、俺分かったわ、これから目指す道が
「俺・・・魔法使いになるわ」
「そんな楽したい!なんて理由で僕が教えるわけないじゃないですか・・・」
そういえば、よく見ると・・・俺の耕す範囲が終わっていた、あれ?これで今日は終わりで、魔法講座なんてやってくれたりは?
「地形操作」
ドッという音ともに、マリウスのほうへと一歩を踏み出す前に目の前の耕されていた地面はすっかりと元の硬い普通の地面になっていた。しかも、今さっき俺自身が耕していた部分もそっくりそのまま・・・元通りに・・・。
「・・・」
「見せるのは代償が必要じゃないですか?頑張って耕してくださいね」
「・・・・うん」
反論することもできただろうが・・・あんなのを見せられたらね・・・周りから小石やら石がなくなって掘りやすくなったと思えば・・・うん、まだ、頑張れる。
「普通の農民はあなたと同じように耕していますから、例外ですからね、一応言っておきますけど・・・」
あんなふうに農家が耕すわけないと・・・思ってはいるが、本格的にこっちの世界の農業はゴブリンたちのしか見てないから、確信はできなかったが、マリウスがそういうなら、俺が普通で、マリウスのが異常なんだろう。
「頑張るか・・・」
そして、休み休みではあったけど、今さっき耕した部分よりも少し先まで耕してから、マリウスから夜ご飯にしますよと声がかかった。
その日のご飯は労働をちゃんとしたからだろうか、少しだけおいしく感じられた。
翌日・・・俺の肉体は悲鳴を上げながらも、農作業をすることになるとは、思ってもいなかった。
そりゃ・・・毎日だらだら過ごしていたんだ。こうなることなんてのは明白だった。当たり前のことだった。だけど・・・俺はあの苦しみを忘れていたんだ。この平穏の暮らしの中でそんなことをするとは思っていなかったから、自堕落に過ごしていた分のつけが・・・訪れた。
全身が筋肉痛で歩くのがつらい・・・。