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俺の漫画のヒロインのモデルは男なわけで 前編

少女漫画家のそら(男)は、ツンデレな担当編集者の王見(男)からのダメ出しの内容に納得がいかず、打ち合わせ後の喫茶店で悶々としていた。

そこへ現れた作家であり友人でもあるみぞれを捕まえて、愚痴をこぼし始めるそら。

どうやらそらのヒロインに対する執着には、何か特別な理由があるようで。

王見への想いが明後日の方向に突き進んでしまっているそらが描く漫画の内容とは。


現実の認識を微妙に間違えているそらと、それを敢えて訂正せず生温かく見守るみぞれとの会話を中心とした、そら視点の少女漫画風味ライトBL小説です。

テーブルの上には向かい合う二人分のコーヒーカップ。

空っぽの俺のカップとは対照的に殆ど口も付けず置き去りにされた向こう側のカップを、俺は恨みがましく睨みつけた。


「あら、そらちゃん。これから打ち合わせ?」


来店したみぞれが俺に気づき、声を掛けてくる。

問われた俺は不貞腐れた顔のままにみぞれを振り仰いで。


「…、打ち合わせならさっき終わった」


そう、口を尖らせるのだった。


「俺の愛は偏ってて浅いんだとさ」

「王見さんがそう言ったの?」

「そう。もっとちゃんと愛情注がないとそのうち愛想つかされるって脅された」


先程まで王見が座っていた席に半ば強制的にみぞれを座らせて愚痴る俺。

店員が気を利かせてささっとテーブルを片付けてくれる。

俺は王見が飲みかけで置いていったコーヒーを自分の手元に引き寄せ、悔し紛れにそれを煽った。もうすっかりぬるかった。


「王見さんでもそんな風にはっきり言うことってあるのね。いつもは見ているこちらが焦れったくなるくらい自分の感情をひた隠そうとするのに」

「そんなことねーぞ?あいつは遠慮なくズバズバ言いたいこと言うタイプだ」


みぞれの注文を聞き取った店員がお盆を持って離れる。

俺も追加で何か頼もうかなと考えつつ、ひとまずぬるいコーヒーを口に運んだ。


「今だって、俺がヒロインにだけ愛着持ってるみたいに言って非難して帰ったし。失礼だろ?俺はちゃんと他のキャラも大事にしてるっつの。作者は俺だぞ!」

「あ、漫画の話なのね。てっきり王見さんがそらちゃんに構ってもらえなくて寂しがってるのかと」

「ん?」

「ううん。なんでもないわ」


みぞれが小さく笑って首を振る。

いつも通りに客の少ない静かな店内。

程なくして、みぞれの前にお手拭きと水の入ったグラスが置かれた。


「特にメインの男キャラ二人へのこだわりが薄いんじゃないかって。少女漫画の読者は大半が女の子だから、その子達が憧れるような理想のヒーロー像をもう少し丁寧に描かないと読者が離れていくだろう、とか」

「メインの二人ってつまり、担任の先生とクラスメイトの幼馴染の子?」

「それそれ。王見のネームチェックが入るのってだいたいそいつらなんだよ。あとはサブキャラを目立たせ過ぎだとか話が脱線してるとか」


要するに殆ど直されるんだけどな。最終的には。


ここのコマはヒロイン側から先生を見上げる煽りカットに決まっているでしょう?どうして先生の見切れた頭頂部からヒロインのアップに流れるんですか?寝ながら描いたんですか、このネーム。

とは、先程俺を散々罵って去っていった王見の言葉である。

あんなものは打ち合わせの皮を被ったただのイビリだ。そうに違いない。


「王見さんの求める水準がすごく高いのかしら。私は読んでて二人ともとても魅力的に見えたけれど」

「ホントか?」


期待と不安を込めた眼差しを向ける俺にニコリと優しく笑み、みぞれが頷く。


「例えば、そうね。ヒロインと先生が揃って資料準備室に行くシーン、あったでしょ?」


あー。わりと最初の頃な。

午後の授業に使う教材を二人で取りに行くっていう。


ーーー


「もう一人の日直はどうしたんだ?君一人ではたぶん持ちきれないぞ?」

「なら残りは先生が自分で持てばいいでしょ。生徒に全部運ばせようなんて図々しいんじゃないですか?」

「相変わらず手厳しい生徒だなぁ、君は」

「…」

「それでえーっと、今日必要なのはこれとこれと、あとこの中の…あれ、無いな。こっちか?」

「違いますよ、先生。地図はそこじゃなくて隣の茶色い箱の中です」

「お、本当だ」

「それとその左手に持ってる地球儀、今日は使わないんじゃないですか。それよりこの上の…きゃっ!?」

「危ないっ!」

「…」

「…」

「…、…ッ!?」

「怪我、ないか?」

(せ、先生の吐息が、私の髪に…)

「これは今度きちんと掃除しないといけないかな。ほら、頭も埃まみれだ」

「ひゃっ…ッ!?」

「よし、これで綺麗に…ってわわわッ!?なんだ、いきなり突き飛ばしたりして」

「はっ、早く準備してください!授業に遅れますよ?」

「ははっ、君は真面目な生徒だね。よし、いい子いい子」

「…っ、…」


ーーー


そういやあの時もヒロインばかり描き過ぎだって王見に怒られたな。

そして結局王見に言い包められてかなり描き直したわけだが。


「先生の優しくてちょっぴり頼りないところが母性本能擽るのかな。それでいて助けた後に一瞬だけ見せた真剣な表情とか、読んでるこっちまでドキッとさせられちゃったもの」


褒められてもイマイチ釈然としないのは、みぞれがときめいたというポイントがそのまま、王見に指摘されて直した箇所だったから。


「なんか王見の狙い通りでムカつく」


俺がボヤいたところで、みぞれの注文したハーブティーがテーブルに並んだ。

お、澄んだ綺麗な色。うーん、俺も何か飲んでみようかな。思ってついメニューに手が伸びる。

みぞれは一口飲んでから、一呼吸置いて俺に訊ねた。


「そらちゃんの狙いはどこだったの?」

「俺的にはヒロインの、ここお前ん家でもないのに何で全部場所とか知ってんの?的なとことか、素直さの欠片もない捻くれた物言いとか、正面から褒められると逆に嫌味の一つも言えなくなっちゃうとことか。そういう王見っぽい感じをもっと推したかったんだけどな」

「王見さんぽいって、…え?」


パチクリと大きな瞳が瞬くけれど、俺の視界は手に取ったメニュー表で埋まっていたので全く気づかない。

みぞれの疑問符をよそに、俺はもう一人の男キャラに関してもみぞれに確認した。


「なら、あれは?球技大会の、男子のバレー決勝戦」


このセットを取ったら勝てるというところで、手を負傷した幼馴染をヒロインが保健室へ連れて行ったところ。


ーーー


「準決勝の時から傷めてたのに、無理して決勝まで出るからよ」

「なんで、んなこと知ってんだよ?誰にも言ってねーのに」

「見てれば気づくに決まってるでしょ。何年一緒にいると思ってるの?」

「…俺の気持ちには全然気づかないくせに」

「?」

「ッ今まではお前こういう学校行事とか適当に流す奴だったくせに、今年はなんでそんな気合い入ってんのかって聞いたんだよ!」

「何いきなり怒ってるの」

「怒ってねーよ。馬鹿」

「もう、そんな態度だと優しくしてあげないわよ?」

「痛っ!?怪我してるとこ叩くかよ、普通。ったく俺の扱いなんてどうせいつも雑な…」

「あ」

「なんだよ。窓の外なんか見…て」

「勝ったみたいよ。うちのクラス」

「…あ、そ」

「ふふ。先生、嬉しそう」

「ッ!」

「…よかった」

「やっぱりあいつのッ…あいつの為、かよ…」

「え、何?」

「っなんでもねぇよ!このッ馬鹿女!」

「ちょっと、まだ手当終わってないのにどこ行く気ッ!?もうっ」


ーーー


本当はもっとヒロインにネチネチ嫌味を言わせるつもりだったところを、テンポが悪いという王見の一言でバッサリ切られた。

俺としてはやや物足りない感もありつつの入稿だったわけだが、読者アンケートの反応は上々で。

この回を境に幼馴染は当て馬確定のポジションから脱却し、いまや先生と肩を並べる立派なヒーロー候補である。


「あれでみぞれは幼馴染にもドキッとしたのか?」

「そうね。ときめきもあったけれど、どちらかと言えば微笑ましかったかしら。ヒロインに良いところを見せたくて空回りする一生懸命さは思わず応援したくなったわ」


またもや王見の狙いが的中したかのようなみぞれの回答。

俺はメニューを閉じ、見計らったようにやってきた店員にみぞれと同じものを頼んで視線を正面に戻した。


「でもさ。もう少し皮肉っぽいヒロインが見たかったとか、ないか?もっとこう笑顔で傷口に塩を塗り込むくらいのが」

「王見さんみたいな?」

「そう!それか、クラスの勝利を知っても当然の結果と言わんばかりの余裕を醸し、不敵にほくそ笑むヒロインとかさ」


言って俺が息巻いてテーブルに身を乗り出したら、みぞれは無言で微笑み、ハーブティーを一口。


「不敵さよりも愛らしさの方が、そらちゃんの描くヒロインには合ってると私は思うけれど」

「愛らしいって例えば?」

「そうね。返された小テストを握りしめて頬を染めた時のヒロイン、可愛くて凄く好きよ」

「ああ。点数の横に先生がこっそりコメント書いてくれたアレな」


それは、準備室でうたた寝している先生を発見したヒロインが、先生の肩の自分のストールをそっとかけてあげるという少女漫画的イベントが発生した翌日の、先生が担当する授業の時間。

返却された小テストには点数だけではなく、先生からヒロインへの特別なメッセージが書き込まれていて。という、その回の山場でもあり、次回へのフラグにもなった重要なシーンだ。


「確かにあの小テストのシーンは、王見からも殆どダメ出しされずに描けたとこなんだ。俺のお気に入りの一つ」


にへら、とだらしなく頬を緩めて椅子に座り直す俺。

脳内には、テスト用紙の右上に視線を留めたヒロインの姿があった。


ーーー


(ストール温かかったよ。ありがとう。でもうたた寝なんて知れたら恥ずかしいから他の生徒には内緒にしてくれるかな。もし秘密にしてくれたら…)

「いつまでテスト握って突っ立ってんだよ、お前」

「きゃっ!?」

「そんなに悪かったのか。珍しいじゃん、俺はいつもだけど」

「一緒にしないで。点数は別に悪く、なんて…」

「恥ずかしくてまともに見れないくらい悲惨な点なのか?」

「やだ、勝手に覗かないでよっ。これは先生以外、誰にも見せられないんだから」

「はあっ!?たかが小テストだろっ。んな必死で隠さなきゃなんねぇくらい気にすんなら俺が代わりに破り捨てて…ッ」

「こら、そこ。騒がないで席に着きなさい」

「…はい。すみません」

「チッ!」

(明日の放課後、君だけを秘密のティーパーティーに招待しよう。購買のお菓子とお茶で良ければね)

「二人、だけの…」

「おい、何ニヤニヤしてんだよ?」

「な、なんでもないわよ。てか、いちいち煩い」

「ああ!?ーッ俺はっ…!」

「はい静かに。同じことを二度言わせないでね」


ーーー


あの時の幸せを噛み締めて微笑むヒロインの横顔は俺の最高傑作と言っていい出来栄えだった。

もういっそその月の付録のイラスト全てそれにしたいくらいだと王見に言ったら、思いっきり眉間を寄せて睨まれた後、ガン無視された。


「みぞれも現物が見たいなら今度一緒に行くか?牛丼食いに」

「牛ど…ん?」


俺は運ばれてきたハーブティをゴクゴク飲みながらみぞれに訊いた。

口から鼻に抜ける香りを堪能するだけの優雅さは兼ね備えていないので、早々に食道を通過させる俺。

首を傾げるみぞれに俺は自慢の一品を自信を持って解説する。


「実物も一見の価値あるぞ。ただ、毎回見れるとは限らないところが難しいんだよな」

「ごめんなさい。何の話だかよくわからないのだけれど」

「ん?だから、覗き込んだ湯呑みに立った茶柱を見つけて嬉しそうに笑う王見の横顔だよ。俺は今までに牛丼屋で三回見た」


まるで珍しいモンスターの目撃情報でも教えるかのような口振りだが、それも致し方ないこと。だって本当にレアなんだよ。しかも激レア。

初めて見た時はあまりの衝撃に茶化すのも忘れ、まじまじと凝視してしまったものだ。ちょうど今のみぞれのように。


「あの、先に一つ確認させて貰ってもいいかしら」


言って小さく挙手したみぞれが俺の様子を窺う。


「もしかしてヒロインのモデルって、王見さんなの?」

「なんだよ、今更。あんなへそ曲がり、王見以外にはいねぇよ」


あまりにも当たり前の質問に思わず素で返してしまった。

てか、他に居ても困るわ。王見は一人で十分だっての。


「見た目だってまんまだろ?違うのは眼鏡くらいで」

「髪型も違うでしょ?ヒロインはふんわりカールした女の子らしいロングヘアだもの」

「王見が伸ばしたら絶対ああなるって。あいつも癖っ毛だし。それにたぶん、眼鏡を外したら目もデカくて睫毛も長い」


はず、だ。俺の設定では。まだ眼鏡を外した王見を見たことがないからただの想像だけど。


「女性的な見た目という評価ならそらちゃんの方が断然女の子に見え…いえ、何でもないわ」

「ふん。どうせ俺は王見ほど背も高くないし、腹筋も割れてねーよ」

「あらら、ごめんなさい。拗ねちゃったかしら」

「拗ねてないけどちょっと傷ついた」


大袈裟に頬を膨らませてむくれてみせる俺に、みぞれがもう一度謝ってから続ける。


「でも、外見だけなら先生が一番近いと思うの。実際の王見さんに」


どうかな?と小首を傾げるみぞれ。

確かにみぞれの言う通り、見た目の印象は近いかも知れないけれど、だがしかし。


「王見はあんなに物腰柔らかくないし、何よりあんなに性格良くない」


俺はきっぱりと言い切った。

だって考えてもみろ。あの王見だぞ。鬼畜教師には成れたとしても、あんな親切で人好きのするキャラには成れるものか。


「それにもし、先生のモデルが王見だったらあの雨の夜だって」


落ち込んで雨の中を立ち尽くすヒロインと、何も聞かずサッと無言で傘を差し出してくれる先生。

決して強引ではない控えめな優しさが余計にヒロインの心を締め付けて…とはならない。先生のモデルが王見だったら。


「王見なら、シャワーと雨の違いも分からなくなったんですか、あなたは。とかずぶ濡れのヒロインに面と向かって嫌味を言うに決まってるだろ」

「そうかしら」

「そうだよ。んで悩んでるヒロインにずけずけムカつくことばっか言い続けんの。ヒロインが自分から帰るって言い出すまでずっと、傘もささねーままで」


内容は即興の思いつきだったが、案外、外れていないように俺には思えた。

ヒロインと同じ様に冷たい雨に打たれながら、ヒロインの気が済むまでいつまででも傍にいてくれる。

最初はたぶん鬱陶しいんだけど、でも、絶対そこにいてくれるってすげぇ心強いんだよな。特に、心が折れてる時って。


それでいてヒロインに素直にありがとうと言わせないその捻くれた態度。完璧に王見だ。

ま、この場合ヒロインも王見なわけだから、互いに嫌味の応酬で収拾つかなくなりそうだが。


「ったく…ホント、面倒くさいヤツ」


ため息混じりに零し、俺は無意識に微笑んでいた。

カラン。

古風な鈴の音が扉の開閉を告げ、見ればいつの間にか店内に残った客は俺たちだけになっている。

そういやみぞれはずっと俺の相手してるけど、時間とか大丈夫なのか?と、今更ながらに気になった。


顔を上げた俺を、みぞれの大きな瞳が映しだす。

目があって。


「そっか。だからそらちゃんは、ヒロインのことをつい沢山描きたくなっちゃうのかしら。そらちゃんだけしか知らないような秘密の顔も」


みぞれは慈しむようにふわりと微笑んだ。


「いつも全部、一番近くで見てるから」


そんな納得って顔をされても意味わかんないんだけど、俺は。

みぞれの笑顔を見つめ返す俺の傾げた頭の、首の角度が更に増す。

持ち上げたティーカップを優雅に口元に運ぶみぞれ。

みぞれは吸い込んだ香りを楽しんでから、俺に優しく問いかける。


「そらちゃんにとってこのヒロインは特別?」

「うん?そんなの当然だろ?」


首を傾げながらも俺ははっきりそう答えた。


「ふふ。そう」


俺の答えを聞いてまたみぞれが擽ったそうに笑みを零す。

静かな店内に暫く、くすくすと笑うみぞれの声が小さく響いた。


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