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俺は絆されてペンを取る

ツンデレ編集者の王見オウミ(男)に認められたい少女漫画家のそら(男)。

再三のダメ出しに凹んだり逆ギレしたりしつつも結局はほだされてしまうという、そら視点の少女漫画風味ライトBL小説です。


シリーズ全体としてはラブコメですが、本作は他と比べてラブコメ度低めでちょっぴりシリアス寄りです。

シリアス寄りなだけで、ラストはちゃんとハッピーに終わります。


続編を書いたので、シリーズ物に変更して再投稿です。

昼下がりの喫茶店。

店内には他に数組の客がいたが、俺たち以外は全て若い女性客だった。


俺は眉間に力を込め、正面に座る王見の顔を無言で睨みつけていた。

手にした紙をパラパラと捲り終え、王見がゆっくりと口を開く。


来るっ!


俺は身構えて、鼻からめいっぱい息を吸い込んだ。


「「駄目ですね」」


タイミングは完ぺきだった。

王見の口調を真似た俺の言葉は、王見の声と見事な二重奏を奏でた。


王見が怪訝そうにこちらに視線を寄越す。

俺は何食わぬ顔でサンドイッチを口に放り込んだ。


「んで、今回はどこが駄目だって?」


俺が問うと、王見が手元の紙束に視線を戻す。


「一言で片づけるなら、全部、ですね」


ためらう間すらなく、さらりと言われた。


「具体的には、まず、ヒロインの感情の変化が意味不明過ぎます。

それから、展開があまりにもありきたりです。王道と言っても限度があるでしょう。

そもそも、どうして二人の距離が近づいたのかがこれでは…」


王見の声が耳を素通りしていく。

気分としては、真正面からナイフで心臓を一突きされた後、倒れた体を八つ裂きにされている感じ。

防御本能が一時的に痛覚を麻痺させるように、俺の聴覚機能は外界の全てを遮断した。


「そら、聞いてますか?」


視界からも王見の姿を排除していたら、長い腕が伸びてきて俺の顎を捕まえた。

強制的に顔を引き戻される。


「最も直すべきはこの、ヒロインの姉のシーンです」


言って俺の目の前に突きつけられる、紙束。

そこに描かれているのは少女漫画のラフネームで、見覚えがあるのは俺が自分で描いたものだからで。


つまりどうして昼過ぎの喫茶店で男同士が少女漫画の原画を突きつけ合っているかというと、

それが俺たちの職業だから、である。


「本筋に一切関りの無いキャラクターに、どうしてここまでコマ数割いているんですか?」

「どうしてってそりゃ、…俺の一押しキャラだから?」


王見は、これが俺の担当編集なわけだが、俺の返答を聞いて静かに眉根を寄せた。

王見の言葉が途切れたので、俺が代わりに口を開く。


「描いてたらノッてきてさ。なんか、良くね?」


軽い口調で言ってみる。

王見はそんな俺を一瞥してから、俺の顎を解放した。

何も言わず鞄を手に取り、椅子を引いて王見が席を立つ。


「ネームに赤を入れたらFAXしますので、必ず直してください」


必ず、の部分を強調された。

舌打ちする俺に構わず、王見は伝票を掴むとそのままレジへと向かっていった。


一人残された俺は、天井を仰いでため息を一つ。

机の上には、殆ど手の付けられていないコーヒーと、食べかけのサンドイッチが残った。





本屋とコンビニに立ち寄り、一駅手前からだらだら歩いて帰宅した。

部屋に入ると既にFAXが届いていて、俺は鞄を床に投げ置いてそれを手に取った。


「相変わらず仕事早いな」


言いつつも、笑い声に力が入らない。

修正箇所が多すぎて、これでは新しく描き直すのと大差ない。


「ったく、いつもいつも駄目だしばっかしやがって」


それが王見の仕事だと分かってはいるが、傷つかないかといえばそれはまた別の話だ。

くしゃりと髪を掻き、俺は渋々仕事部屋へ向かった。


王見から出された指示をもとに、ネームの修正を始める。

消しゴムを握り、ペンに持ち替え、紙をめくり、また消しゴムに手を伸ばして。


「…」


時折、胸の奥がわだかまる。楽しくないと、何かが呟く。

俺はそれに気づかない振りをして、事務処理をするように、紙をめくった。





「七並うつろと対談?いいなー。俺もやりたい」


王見との打ち合わせに向かう途中、たまたま雨英みぞれと鉢合わせた。

彼女は王見の勤める出版社で小説を書いていて、縁あって仲良くしている。


「そらちゃんは少女漫画の方だから、対談は難しいのかしら」


王見が少し遅れるというので、一緒に紅茶を飲みつつ情報交換。

殆ど机に向かっている孤独な仕事だから、たまに人と会うとテンションが上がる。


「それ以前に、俺、女漫画家ってことになってるから、そもそも対談とか無理なんだよな」

「ふふ。そらちゃんの漫画って、連載誌のどの作品よりも乙女らしいものね」


自分より断然乙女らしい人物に言われ、複雑な気分になる。

ま、目の前の乙女が書いている小説の方は、俺の口からは到底言えないような大人向け作品なわけだが。


「それで…」


紅茶を一口飲んでから、みぞれが声を潜める。


「王見さんとは、上手くいってるの?」


言いながら、丸い眼鏡の奥に秘められた瞳が、僅かに大きくなった。

頬を赤らめて興味深げに問われているのは、もちろん、仕事上の関係のことではない。


俺は少し決まり悪そうに視線を外してから、小声で言う。


「上手くっていうか、相変わらず…かな」


俺の言葉に、みぞれが両手で口元を覆った。

興奮した表情で小さく悲鳴を上げて喜ばれても、俺は対応に困るしかできない。


「相変わらずラブラブなのね。んもう、お幸せにっ」

「ラブラブって、そんなんじゃ…」


なくもなくもない…こともない…とも言えなくもない、というか…


俺が口ごもると、みぞれが更に浮かれる。

俺は残りの紅茶を一気に飲み干してから、怒ったように口を尖らせた。


「つーか、だいたい、会ってもほぼ仕事の話しかしないし」


電話が鳴るのはプロットの直しか原稿の催促ぐらいで。

口を開けばここがつまらないだのあれが分かりにくいだのと。


あ、考えてたらイライラしてきた。


「こないだだって、俺の一押しをあっさり全削除して返しやがって」

「まぁ、それは大変だったわね」

「俺の心はズタボロだよ、全く」


愚痴る俺に、みぞれが慰めの言葉をかけてくれる。


「そうね。思い入れがある部分ほど、つらいものね」


優しく慈しむように微笑むみぞれ。


あー、同情でも心地いい。

いや、むしろ、同情でいいんだよ。こういう時ってのは。


「俺、みぞれが恋人だったら救われるのになー」


甘えるように言ってみる。

みぞれは、ふふふ、と可愛く笑ってから、どうかしら、と言って小首を傾げた。


女の子だな、と当たり前のことを思う。


少なくとも、王見は絶対にしない。

されたら逆に気味悪いけど。


そういえば、次の連載のヒロインはロングにしようってことになったんだっけ。

ちょうどみぞれくらいの、長めの天パで…


俺は吸い込まれるように片手を伸ばして、そして。


「失礼します」


いきなり割って入ってきた声に、伸ばしかけた腕を掴まれた。

見上げると王見の顔があって、俺は射るように睨まれた。


「そろそろ、宜しいですか?打ち合わせをしたいので」


にこり、営業用の笑顔を貼り付け、王見がみぞれに訊ねる。

みぞれは上品に微笑んで、頷きを返した。


俺は、腕が大変痛いんですけど。

という間もなく、喫茶店から引きずり出されていた。



「王見、どこ行くんだよ?ってか、腕痛いんだけど、腕!」


俺の声が聞こえていないはずはないと思うのだが、王見は無言のまま歩き続けた。

途中でタクシーを止めて、俺を無理やり押し込む。

隣に座り、行き先を告げて、王見はまた押し黙った。


無言の俺たちを乗せたタクシーが止まったのは、俺の借りているマンションの前だった。

王見が運転手に告げたのがここの住所だったんだから、当然だが。


「で?」


俺が鍵を開け、そこで王見だけ締め出すというのも変な話だからそのまま一緒に部屋に入って。

とりあえずまだ昼過ぎなのでカーテンを開けてみてから、俺は王見に問いかけた。


「今日の打ち合わせはここですんのか?別にいいけど」


王見は暫く俺の事を睨みつけ、それからわざとらしくため息を吐いた。


「打ち合わせですか?そうですね。やりましょうか」


物凄く不機嫌そうに言われた。

お陰でこっちまで不愉快な気分になってくる。

ムカついたので、飲み物は出してやらないことにした。


鞄を開け、紙を取り出す王見。

それは先日俺が送った新連載のプロットと、キャラ表だった。


「まず最初に言いますが、このキャラクターはあなたには無理だと思います」


また、だ。一言目から否定の言葉。


「世界観も壮大過ぎます。連載が打ち切られた場合、フラグを回収するのが困難に…」


言いながら、目の前で王見が赤ペンを走らせる。

一つずつ、一つずつ、否定されていく。

まるで、お前は無能だ、と烙印を押されていくみたいだ。


「…わかった。その方向で直してみる」

「お願いします」


一通りの王見の駄目だしを聞き流し、俺は冷静ぶってそう応えた。


これは仕事だ。と、自分の心に呪文をかける。

そうしなければ、俺はきっと、ペンを手にできない。


「それから、こ…」

「もうわかったって!」


何か言おうとした王見の言葉を、俺は叫ぶように遮った。

言ってから慌てて、誤魔化す様に笑ってみる。


「いや、もうその…今から直すから」


苦笑して、肩をすくめて、俺は意味もなく髪の毛を掻きまわした。

そうして低く唸ってから、俺は疲れたように脱力した。


「お前、もう帰れよ。仕事の邪魔」

「…わかりました」


一応、玄関まで王見を見送る。

靴を履いて玄関を出てから、王見がこちらに向き直った。


「では、新しいプロットが出来ましたら会社の方に…」

「わかってるって。じゃあな」


俺は王見の言葉を聞き終わる前に、そう言ってドアを閉めた。

ドア越しに王見が歩いていく足音を聞く。

その音が聞こえなくなってから、俺は天井を見上げて、深く、息を吐いた。




俺が初めて漫画を描いたのは学生の頃で、それを初めて見せた相手が王見だった。

見せたというか、正確には偶然見られたというか。


俺の漫画を見ている間、王見はずっと無言だったから。


今、笑った?


俺は恥ずかしさとか緊張とか不安とか、とにかく気が気ではなかったのだけれど。


驚い…た、よな。今。…あ、ムッとした。


ページをめくる王見の表情が、薄っすらではあったが変化するのが嬉しくて。


視線が戻った。読み返してる?

気に入ったの、かな。どのシーンだろ?


一気に最後まで読み終えた王見が、俺の顔を見て。うずうずした感情をその海色の瞳に乗せて。


「続きは、無いんですか?」


そう言われたのが、全ての始まりだったんだ。






だから俺は、迷わず専門学校に進学した。漫画家になるために。


「あいつは普通に大学行ったけどな」


机に向かって、手にしたペンを指先でくるりと回転させながら、

俺は王見が残していった採点済みのプロットを見下ろした。


いつの間にか王見は俺の担当編集になっていて、気付けば俺と恋人同士になっていたりもして。


そして口を開けば、駄目だしばかり。

あ、駄目だ。考えるとイラつくってわかっているのに。


こないだの最終話の時だって、あいつは。

結構上手くまとまったと思って、王見に感想を聞いたら。


「感想ですか?そうですね、読者アンケートでは…」


とか言って、送られてきた読者アンケートを読み出しやがった。


「誰が読者アンケート読めって言ったよ!?」


思わず過去の王見にブチ切れて、俺は力いっぱい壁を蹴り飛ばした。


「ー痛ぇッ!!」


足のつま先が潰れたのではないかというほどの激痛に襲われた。

俺は椅子に足を上げて、手で足先をさすりながら膝に顔をうずめた。


そう言えば学生の頃も、あいつの口から面白いとか言われたことないな。


今回の新連載用のキャラクターだって、王見が気に入りそうなのを必死に考えたのに。

そりゃ、確かに、俺の技量では全然生かしきれないって薄々感づいてはいたけどさ。


それでも、せめて…


せめて、嘘でもいいから一言、いいですね。くらい言えよ。バカ王見…


「…痛ぇ…ッ…」


膝がほんのり湿ってきたから、俺は膝にうずめた顔を上げられないでいた。


理由はもちろん、原稿が濡れたら困るからだ。

…違う。本当は、こんなことで心が痛がっていると、自覚したくないからだ。


「…そら?」


不意に、名前を呼ばれた。

驚いて顔を上げると、部屋のドアに手をかけて、王見が立っていた。


「どうしたんです?何を泣いて…」

「っ!これは、違っ…!」


俺の顔を見て、王見が僅かに目を見開いた。

俺は慌てて腕で涙を拭う。


「あ、足をぶつけて、すげぇ痛くて…てか、お前こそ何でそこにいんだよ?」


動揺し過ぎて、怒ったような口調になってしまった。

王見は少し困った顔でため息を吐くと、


「玄関のドアが開いていたので。不用心ですね、全く」


言って、ゆっくりと俺の方に歩いてきた。

椅子に座った俺の前に立ち、すっと、王見が腕を伸ばす。

俺は王見に抱き寄せられるようにして、王見の胸に顔をうずめた。


「…何?」


聞いてみる。

ついでに、涙の残りを王見のシャツで拭いてやった。


暫しの沈黙を空けてから、俺を抱き寄せたまま、王見が口を開く。


「先程、言いそびれたので」


そこで一旦、言葉が切れた。


「だから、何だよ?」


俺は別に凄く怒っているわけではなく、とは言え怒っていないわけでもなかったが、

はたから聞いたらかなりの不機嫌声でそう発した。


王見は一瞬、躊躇うように息を詰まらせたが、俺の髪を軽く梳いてから言葉を続けた。


「今回の作品も、…期待しています、から」

「…」


いつも、ずるいと思う。こいつは。


俺を半殺しくらいに痛めつけてから、沈みかけたところですかさず救い出しに来るんだ。


反則技だろう。審判、ちゃんと注意しろよ。ペナルティは?


「…腹減った」


俺は王見の胸に顔をうずめたまま、駄々をこねる子供のように言った。

王見はくすっと笑ってから、俺の頭頂部にそっと唇を寄せる。


「何が食べたいですか?」

「フグ刺し」

「わかりました。ファミレスでハンバーグ定食にしましょう」

「…」


俺が顔を上げると、王見の指が俺の目尻を優しく拭った。

俺が舌打ちすると、王見は営業全開の笑みを浮かべた。


俺の担当編集にこいつを指名したヤツは、よくわかっていると思う。


俺はこいつには、簡単にほだされる。

なんてお手軽だろうと、自分で情けなくなるくらいだ。


それでも、いや、それだから今でも俺は、こうやって、ペンを握っていられる。

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